2 更生美少女化計画
葛葉さんとの「公序良俗」騒動があった一限目が終わり、ボクは魂が半分ほど口から抜けかけた状態で次の講義室へと移動した。法学部の必修科目は、どれもこれも脳の普段使わない部分を無理やりこじ開けられるような感覚になる。次にボクの隣に座ったのは、鎌鼬のプロゲーマー、鎌切蓮だった。
彼女は講義室のデスクに最新型の、七色に明滅するゲーミングノートPCを広げ、カチャカチャと小気味よい音を立ててキーボードを叩いている。一見すれば、教授の言葉を一言一句漏らさず記録している熱心な学生にしか見えないが、隣に座っているボクの目には、その画面の「真実」が嫌でも飛び込んでくる。彼女は無表情のまま、格闘ゲームのフレーム解析データと、次回の大会に向けたコンボのダメージ計算シートを凄まじい速度で編集していた。
教壇に立つ刑法の老教授が、チョークを置いて眼鏡の縁をクイと押し上げた。第一回目ということもあり、教授は刑罰の意義、つまり「なぜ人を罰するのか」という哲学的な問いを投げかけていた。
「そこの、熱心にタイピングしている君。……刑罰の本質における『一般予防説』について、説明してくれたまえ」
講義室中の学生が、また新しい美少女がターゲットになった、という顔で蓮に注目した。ボクは「ほら言わんこっちゃない」と冷や汗をかいたが、蓮は画面のフレームデータから目を離さないまま、機械的なほど正確に口を開いた。
「一般予防説とは、刑罰を社会一般に対する見せしめとして機能させ、心理的な抑止力によって犯罪を未然に防ぐという考え方です。刑罰の目的を『未来の防犯』に置くものと解釈します。……チート(犯罪)をする奴が出ないよう、パッチ(刑罰)を予告してユーザー(市民)を牽制する、安定した運営手法の一つと言えます」
最後の一言が微妙に不穏だったが、内容は非の打ち所がない。教授は少しだけ驚いたように目を見開き、満足げに頷いた。
「……ほう、正確だ。よく勉強している。では、その隣の君。鈴木くんだったかな」
教授の視線が、今度はボクに向けられた。ボクは椅子から跳ね上がるように直立した。
「はいっ!」
「『特別予防説』について、説明してくれるかな?」
ボクはパニックになった。特別予防? さっきの「一般」が全員向けなら、こっちは「特別な人」向けか? 何だそれは。ボクが冷や汗を流しながら固まっていると、蓮が画面を隠すようにして、ボクだけに聞こえる小さな声で囁いてきた。
「……翔、教えてあげる。今の時代の最新トレンドは『更生美少女化計画』だよ」
「え……? こ、こうせい、びしょうじょ……?」
「そう。犯罪者本人を、物理的に可愛い女の子に作り変えて、社会の攻撃性を削ぐのが、現代刑法における特別予防の極致。……ほら、堂々と答えて。お前の実体験でしょ」
蓮の無機質な声に、ボクの脳は完全にフリーズした。実体験。確かにボクは一度死にかけ、妖怪の治療によって銀髪の美少女に作り変えられた。それが、社会の秩序を守るための「特別予防」の一環だったというのか? そうなのか?
ボクは藁をも掴む思いで、蓮に言われた通りの言葉を、かつて試合前に気合を入れた時のような堂々とした声で言い放った。
「はい! 特別予防とは……『更生美少女化計画』のことです!」
講義室が、水を打ったように静まり返った。ボクは必死に、蓮から吹き込まれた「理屈」を繋ぎ合わせようと言葉を続けた。
「つまり、犯罪者本人を……その、物理的に可愛い美少女に変貌させることで、本人の荒んだ心を癒やすとともに、周囲の人間もその可愛さに免じて怒りを忘れさせ、再犯を防止するという……究極の個別教育的措置です!」
沈黙。
そして、次の瞬間、数百人の学生が詰めかけた講義室は、爆発するような爆笑の渦に包まれた。
「ぶっ! なんだよそれ、新手の刑罰かよ!」「美少女化更生って、どこのラノベだよ!」「あの子、あんなに美少女なのに中身は完全にイカれてる……!」
教授さえも、こみ上げる笑いを抑えきれずに震えていた。
「……ク、クク……鈴木くん。君は、なかなかに……独創的な法学者になりそうだ。犯罪者を美少女に変えて更生させる……。確かに『本人に再犯の意欲を失わせる』という意味では、特別予防の定義から全く外れてはいないな。……本人の意思を無視して作り変えるという点では、憲法上の人権問題になりそうだが、発想としては実に面白い」
教授は笑いながら、手元の資料で顔を仰いだ。
「よろしい、そのユニークな視点に免じて正解としておこう。だが、試験ではもう少し一般的な定義を書くようにしたまえ」
ボクは自分の発言のあまりの恥ずかしさに、顔面が沸騰した。
隣を見ると、蓮が初めて口角を微かに上げ、スマホでボクの赤面した顔を撮影していた。
「……翔、ナイスデモ。……お前のスペック、ギャグのキレもカンストしてるね。……これ、現妖研のグループトークにアップしておく」
「蓮、お前……! 嵌めたな!」
この大学に入ってから、ボクの「普通」の尊厳は、エリート妖怪たちの「高すぎる知性」と「悪辣な遊び心」によって、回復不能なバグを埋め込まれ続けている。
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