11 みんなで囲む鍋が一番おいしい
あの不穏なパーティールームから「救出」され、夜の帳が下りた頃。
ボクのワンルームアパートは、およそ一人暮らしの女子大生の部屋とは思えない熱気と、出汁のいい香りに包まれていた。
「……はい、追加の鶏団子。葛葉さん、あんまりがっつくと火傷するよ」
「ふぉふぉふぉ……! 翔様の手作りつくね、これはもはや宝石ですわ! 嗚呼、死ぬ前に食べるべきはベチャベチャの唐揚げではなく、この黄金色のスープですわね!」
ボクはラベンダー色のワンピースの上に、これまたミスマッチなエプロンを締め、キッチンとテーブルを往復していた。
結局、あの後に車で送ってもらったものの、「口直しに何か食べたい」という女子陣の暴走により、ボクの家で鍋パーティーを開催する運びとなったのだ。
テーブルを囲むのは、現妖研のフルメンバー。
ボク、葛葉さん、蓮。そして澪先輩と鬼龍院先輩。
「……ん。この出汁、バグレベルに旨い。……翔、お前やっぱり料理のステータスだけ異常に高いね」
「柔道家時代に、減量と増量のために自炊を極めたからね。……蓮も、そんなにピッチを上げないでゆっくり飲みなよ」
蓮はと言えば、ボクが用意した一升瓶を抱え、まるでチェイサーのように日本酒を煽っている。その飲みっぷりは、もはや「蟒蛇(うわばみ)」という言葉すら生ぬるい。
「鈴木くん、本当に申し訳ない。……本来なら、私が君たちを労わなければならない立場なのだが、図々しくも君の自宅にまで押し入ってしまって」
鬼龍院先輩が、座椅子をミシミシと鳴らしながら、申し訳なさそうにボクを見上げた。
一九〇センチの巨躯が、ボクのワンルームに座っている光景は圧巻だ。まるで小さな箱庭に、本物の大鬼が迷い込んだような非現実感がある。
「いいですよ、会長。今日はボクも、一人でいたくなかったですし。……ほら、会長も飲んでください。これは澪先輩が選んだ、いいお酒だそうですから」
「そうかい? ならば、ありがたく頂こう」
会長は、ボクが注いだおちょこを手に取り、ぐい、と一口。
それが、間違いだった。
トスン。
……え?
あまりにも静かな音だった。
一瞬前まで、威厳と慈愛に満ちた表情で座っていた鬼龍院剛毅という男が、おちょこを一杯空けた瞬間に、糸の切れた人形のようにカクンと首を落としたのだ。
「……か、会長?」
「あはは、言わんこっちゃない。剛毅はね、体は最強なんだけど、アルコール分解能力だけは『一般人以下』なのよ」
澪先輩が溜息をつきながら、倒れ込んできた会長の大きな頭を、自然な動作で自分の膝の上に導いた。
「よっと……。……ほら、おやすみ。剛毅。……今日は、君も疲れたでしょ」
膝の上で、子供のように安らかな寝息を立て始める「最強の鬼」。それを慈しむような目で見つめ、髪を撫でる澪先輩。
……その光景はあまりにも完成されていて、ボクは思わず見惚れてしまった。これが、二人の積み重ねてきた時間なのだろうか。
「……さ、会長も寝たことだし。ボクたちも本気で行こうか」
「賛成ですわ! 翔様、わたくし、愛の熱気で体が火照ってまいりましたわ!」
会長の脱落を合図に、残された三人の宴は一気に加速した。
ボクも、今日一日の緊張と、慣れないフリル地獄のストレスから解放されたせいか、いつも以上に酒が進む。
「……暑い。……この部屋、室温設定がバグってる」
不意に、蓮がスタジャンを脱ぎ捨てた。それだけならまだしも、彼女は「効率重視」と言いながら、Tシャツまでも無造作に脱ぎ始めた。
「ちょ、蓮! 何やって――」
「翔様ぁぁ! わたくしも、貴女の瞳の熱さに耐えられませんわ!」
便乗するように、葛葉さんまでもが服を脱ぎ、さらにはブラウスのボタンに手をかけている。
「待って、二人とも! ここはボクの家だぞ! 男……じゃなかった、会長も寝てるんだから!」
「……お前も、脱ぎなよ。……そのワンピース、絶対暑いでしょ。……ほら、脱がせてあげる」
「ひゃあ! 蓮、手を離せ! 葛葉さんも、ボクの背中のファスナーを狙わないでください!」
酒の力とは恐ろしい。
普段はドライな蓮は、酔うと「他人の装備(服)」を剥ぎ取る剥ぎ取り師に変貌し、葛葉さんはボクという獲物を前にして、もはや理性という名のブレーキが完全に損壊していた。
「……あはは。みんな、若いねぇ」
澪先輩は膝枕を維持したまま、手慣れた様子でスマホを構えている。間違いなく録画している。この人、後で絶対これをネタにボクを弄るつもりだ。
「さあ翔様! 汚れを洗い流し、裸の付き合いをするのですわ! お風呂ですわ! 浴室という名の決戦場へ参りましょう!」
「お前、いい匂いするし、ちょうどいい。……みんなで入れば、水道代の節約。……はい、行こう」
「ちょ、二人とも! 足を引っ張るな! 離せ! 会長ぉ、助けてください!」
一九〇センチの男前は、澪先輩の膝の上で幸せそうな寝言を漏らしている。
ボクは半ば下着に近い姿にされたまま、小柄な、しかし力は異様に強い二人の美少女に両腕を掴まれ、浴室へと引きずられていった。
「いやだぁぁぁ! 誰か助けてぇぇぇ!」
瑞原大学の、あるアパートの一室。
夜の静寂を切り裂くような銀髪美少女の悲鳴が、春の夜風に乗って響き渡るのだった。
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