第3話

 週休2日ということは5日は仕事だ。

 そんな中、なんだか瀬田は自分が惰性でやっているような仕事であっても切実に欲している誰かはいるということで、誰かのためになるために仕事をやっているんだというようなふうのことを思い始めた。

 身体がなんだか軽い。

 心の軽さだろうか……。

 なんとなくそんな晴れ晴れとした気分で仕事を終えた後、職場の近くの『酒のやのや』に寄ると、なんと珍しくフロムザバレールという四角いボトルのウイスキーが売っていた。

 ここ最近はなかなか店売りで見ない銘柄なので、値段を確認しつつそれがプレ値でなく定価であることに神に感謝を捧げながら買い物かごに入れる。

 炭酸の在庫もなくなったので、箱買いする。

 店を出て車に乗る前にマジックポーチに入れた。

 そして改めて、この、身軽さこそは心の軽さそのものだと思った。

 酒のやのやを出て近くのお肉屋さんの矢部食肉に行く。

 夕方になると2割引や4割引を繰り出してくる。

 ただでさえ地元のブランド牛や豚をスーパーとかよりもずっと安い値段で出してくれる優良店。

 瀬田は仙台牛の切り下ろしの4割引シールを付いているものを手に取った。

 そうだ。

 お祝いしよう。

 別に、時には何にもなくたって、すき焼き食べてハイボールを飲む日があったって良いんじゃないの。

 めちゃくちゃ美味しいピリ辛のホルモンは量り売りなので少しだけ買おう。

 旨い酒が飲めそうだ。


 ーーー


 探索者活動ではリモートのEラーニングを終えた。

 まだ、実地での探索者講座が待っている。

 仙台の第三ダンジョンは八木山の遊園地ブギーランドの一角に出現。

 ブギーランドは遊園地としての営業を行っており、入園料を払って入園し、アトラクションの一つに発生したダンジョンのその中に探索受付があるとのことだ。

 新幹線を使えば仙台までは15分、地下鉄に乗り換えて12分と別に遠くもない瀬田のアパートからの距離だが、そうちょくちょくと行くわけにも行かない程度の距離感。

 でも、ストロングの特典だしやっぱり怖いのでガイドが同行してくれる機会は望むべくもないもの。

 第三ダンジョンに入場するためにブギーランドの入場券を購入していると、後ろから声。

「あのーーー。瀬田さまでしょうか?」

 振り返ると20代前半くらいの女性だったが、格好がなんだ。

 冒険者なんだろうけど、スポーツブランドのジャージアーマーはありふれたものだったが、着る人が着ればなんともはや。

 綺麗だっていうのもセクハラだよな……と思うばかり。

「あ、はい…」

 まともに顔を見たらキョドりそうだからと営業のスキルでよくあるように口元に目を落としたら、形の良い唇に目を奪われた。

 何考えてんだ。

 社会的な死を迎えるよりは、無関心であるべきだ。

「入場券も特典の中に入っておりますので、半年間は無料で利用できますよ。」

 若い頃の田中律子みたいな美人に何を言われても。

「あ、もう買っちゃいました。はは。」

 ドジな中年そのものだから、笑われてなんぼというところだ。

「クラン伊達武将隊EX所属の準2級ダンジョン体験講師の渡 瑞穂(わたり みずほ)です。よろしくお願いいたします。時間より少し早いですが入場しましょうか?」

 伊達武将隊だというから、例えば伊達政宗(役)が出てくるとは思っていなかったけれども、これは有りよりのアリだ。

 美人講師に文句なんてあるわけない。

 券売機だから受付で返金できるといわれたが、何だかケチの本性を当てられたような気がして「それくらい大丈夫です」と言ってリストバンドを受け取り入場した。(このシステムは遊園地そのものだ)

 ゆったりとした坂道をコースターの絶叫を聞きながら進むと、元はお化け屋敷だった場所に階段ができていた。

 いや、何を言っているんだ?しかし、これは地下鉄の入口みたいに唐突に下り階段がそこにあった。

「管理ダンジョンとなっていますので、比較的に安全ですから緊張しなくても大丈夫ですよ。1〜3階の構造は安定していますから」

 想像していたような、ダンジョンブレイクをもししてしまった際の最終防衛ライン的な物々しいバリケードのようなものだったり、ここから先へ行くことを制限するような関所などはまったくなく、ただ古い神社やお寺にあるような質感の苔むした石の階段が真っ直ぐ下に続いていた。

 やや衝撃を受けた様子の瀬田に渡が、「第三ダンジョンのゲートチェックはダンジョン1階の階段部屋にありますので、そのままお進みください。」と、事務的に促す。

 石の階段を降りていく。

 幅は田舎道の車道程もあり、大勢が行き交うことも苦にならないだろう。

 平日だからか人気が無いのか入口周りには誰もおらず瀬田は渡の背を見ながら階段を降りていく。

 薄暗いかと思ったが、やはり薄暗い夕方の地下鉄の入口みたいだと瀬田は思う。

 まっすぐの階段なので、転んだらどうしようと心配になるくらいの長さがあった。

「見えにくくなっているので足元に気をつけてください。もうすぐで地下1階のロビーです。」

 渡の言葉に瀬田は小さく、はい、と答えた。

 実際、手すりもなく薄暗い。

 しかし、マジックポーチを腰につけただけでまだなんの装備もしていない瀬田は、注意しながらも軽快に降りることができている。

 普通のビルとかだったら、3階分も降りただろう。

 やっと階段が終わった。

 ホテルのロビーとしか思えない空間だった。

 だが、まだ驚く時間ではない。

 瀬田は、協会のホームページで確認していたからだが。

「思ったより、広いですか?」

 渡が振り返って瀬田を見て言う。

 瀬田は、微笑む渡に自分はなんだか変だったかと少し挙動不審になる。

 確かに想像上では地下なのだから精々が教室一個分くらいだろ、という思いがあったが、実際に蓋を開けてみれば東京ドームぐらいはありそうだった。

 見あげると天井ははるか上方にあり、やはり球場ぐらいはあるのだろうと思った。

「一階の入口付近はセーフティエリアになっているので、少ない魔力でマジックポーチが使えますよ。右側カウンターで受付をしたあとに、左手奥のロッカールームで着替えてください。」

 受付に協会のホームページに載っていたダンジョンメイズ柄の赤字に黒い模様が描かれた派手なジャケットの制服を着た女性職員が小さいベレー帽の頭を傾げて入場者に気づいた。

「土日の朝の時間帯はここのダンジョンは空いていることが多いですね。逆に平日だと学生の利用が多くて多少は混雑することもあるんですよ。」

 この分だと昨今のダンジョン離れってやつが進んでいるのかな。

 渡の微妙な言い方に瀬田はぞんざいに頷きながら、受付に向かう。

 だんだんと楽しくなってきた。

 降り口から正面。

 ずっと、向こう側にパルテノン神殿遺跡みたいな巨大な石造りの門柱があり、明らかにその向こう側が本当の意味でのダンジョン一階なのだろう。

 瀬田は、受付でスマホのギルドアプリの説明を受けその場で登録し、皮装備と安全靴そのものの探索靴に着替えたあとにセーフティエリアの門柱の左手にあるスペースで基本的な動作とはじめに気をつけるべきことなどの説明を受けたが、上の空でよく覚えていない。

 皮装備はストロング缶のイメージの色合いで、やっぱり少し派手なような気がする。

 シルバーと黒と黄色だもの。

 今、ストロング装備のフル装備状態を渡に見られていることがなんだかすごく恥ずかしい……。

 なんでここまで来てるんだろ。

 よく考えたら、マジックポーチの使用登録したいだけだったのに……。

「……一階では訓練された冒険者であれば命の危険を考える必要はありませんが、瀬田さんの動きを確認してみましょう。」

 ショートソードを鞘走らせる……ということもなく、引き抜こうして思いの外引き抜きの抵抗が強くて手間取り、しかしてどうにかこうにか構えて見る。

 渡の言う通りに身体を動かしているつもりだが、なんともぎこちなくてしかもなんだか腰に違和感が……。

 そのあたりで渡りがパンと手を叩き「解りました。それでは、かんたんに基本をなぞってみましょうか」と見切りをつけた発言で、居た堪れない。

 それでも、指示されたとおりに切り下ろし、足を捌き、身体を動かした。

 途中、高校生と見られるグループが通りかかり、そんな瀬田を見てあからさまに馬鹿にしたように笑った。

「気にすることはありません。誰にでも初心者だった頃はあったのですから」という渡の慰めは、追い打ちにしかならない。

 やがて、「では、私のあとについてきてください。安全地帯を出てみましょう。」と、歩き始める。

 とことん厭世的になった瀬田は足元を見てトボトボと歩いてついていったが、途中で目の先に渡の尻が歩くたびに大きく揺れている事に気づき、じっと凝視しているうちになんだか前向きな気分が戻ってきた。

「せっかく剣の立ち回りをやっていただいたのですが、剣は慣れが必要な武器なのでいきなり実践は難しいということと、遭遇するモンスターの殆どがスライムとコボルトやゴブリンの幼体なのでこちらの棍棒を使っていただきます。」

 渡が収納から取り出したのは瀬田の身長よりも30センチメートルほど長い棍棒というか、棒だった。

 時代劇で物売りが持ってあるっている天秤棒のように見える。

「本当は身長くらいの長さにするのですが、これは私の私物なのですが、少し長めを使っています。こちらを使ってみてください。」

 手渡された棒を垂直に持ち見上げる。

 少し重たく感じたが、渡講師がおすすめするのだから、そうなのだろう。

 曖昧に頷くと「それでは行ってみましょう!」と元気よく渡は歩き出した。

 瀬田も慌ててその背中を追う。

「本日は一階モンスターの討伐と、ジョブカードの入手が目的です。ドロップ率は低くはありませんので、入手したら、装備スロットへの装着と能力の確認までやっていきますよ!初めにアクティベートするカードによってジョブが決まりますので、複数の中から選んでいきましょう」

 スライムを数匹叩くと、カードドロップのエフェクトで光の粉粒がふわっと上がった。

 い、いきなりなのか!

「落ちました!」渡が、声を上げ瀬田は先程までスライムがのたくっていたあたりに目を向ける。

 地味なカーキ色の縁取りのされた紙片が落ちていた。

 近寄り、指でつまんで持ち上げる。

 触ってみると薄い金属のような感触だった。

 後ろから覗き込んでいた渡がおめでとうございますと声を上げた。

「ファーストドロップですね。裏返してみてください。」

 ひっくり返すと小さい女の子みたいな植物?のイラストが書いてあった。

 文字は明らかに読んだことのないものなので、これはいわゆるダンジョン文字なのだろうと思った。

「……フェアリー系のカードでしょうか。おめでとうございます。」

 可愛い女の子のイラストはいいが、渡の態度にあんまり良い物でないようだとは思った、が瀬田はイラストをまじまじと眺めてみた。

 緑色の髪の褐色の小さな女の子だった。

 髪は長く足元まで伸びているみたいで、小さな顔なのだが恐ろしく整っていて大きくキラキラしている碧眼が印象的だ。

 まるで昔のギリシャのキトンとかのような無地の布を身体に巻き付けていて、瑞々しい葉の草冠を頭に乗せていた。

 小学校5年生になるかならないかくらいの年頃かな、と瀬田は思った。

 きっと、春風とか初夏の精霊なんだろうと、よくわからないながらに考えた。

「カードは装備のカードスロットに差し込むことでアクティベートされます。フェアリー系カードは属性追加の効果がつくことが多いですね。」

 やっぱり、渡の口ぶりでは大したものではないのだろう。

 でも、瀬田はイラストの女の子がとても気に入ってしまった。

 褐色なのが少し違うが顔立ちがなんだか小学生の当時に再放送していて凄く好きだったけど、恥ずかしくて誰にも言えなかったような魔法少女アニメの主人公に似てると思った。

「もう少し狙って見ましょう。地属性のフェアリー系カードでジョブセットされるのは、鍛冶師か錬金術師が多いですね……。やはりファーストジョブは戦闘系がお勧めですから」

 カードを見ながらどんな名前だったっけかな、と瀬田は深く考えた。

 なんて言ったっけ……魔法少女。

 たしか、『ミル』ちゃん。

 渡が次の魔物をサーチする瞬間にダンジョンでは珍しい旋風が吹き、眼をすがめて身体を小さくした瀬田の指からカードを巻き上げ、「あっ」と声を上げて手を伸ばした瞬間にくるくると旋回して吹き戻ったカードが鎧の首元からスポッと内側に入ってしまった。

 緑色のエフェクト。

 渡がぱっと振り返り緑色の光に包まれた瀬田を見た。

「えーーーーーーーー!!瀬田さんアクティベートしちゃったんですか!」

 渡が声を上げるが、瀬田は何がどうだかもわからない。

 突如巻き起こった旋風は消え去り、今は瀬田の装備が緑色の蔦で装飾されている。

「ステータスはコンビニなどの多機能プリンターで確認できますが……」

「あ、はい。」

 呆気に取られるばかりであったが、まあ、無事?ジョブがセットされたというのであれば否やはない。

 そもそも瀬田に取り、ダンジョンはどうでもいいのである。

「初めにセットしたカードはファーストジョブの取得のアクティベートにもなっているとの説明は、詳しくはしませんでしたか……。」

 渡が申し訳なさそうに話すと、いやいやいやと瀬田は手を振った。

 「ネットで確認して理解しています。……それに、別にどんなジョブでも構わないんですよ。もともとダンジョンガチ勢でもないですから。」

 はは、と軽く笑うような瀬田に、渡は頷いた。

「そうでしたか、鎧は見事に属性に染まりましたね。それでは、もう何種類かモンスターカードを集めて見ましょう。」

 二時間ほど瀬田は渡の指示の下、フロアを進み、モンスターをどうにか討伐した。

 しかし、その間カードの出現は無かった。

 渡は、「こんなことはあまりないんですが……」と気の毒そうな顔をしていたが、別に瀬田は気にしていなかった。

 実地訓練が完了したことの方が重要だった。

 特典だったはずなのに、とてつもない義務感がのしかかってきていたので、本当に気楽になったので、瀬田は笑って、気にしていないと話す。

「私は、探索者活動はするつもりがあんまりないんですよ。だから、大丈夫です。」

 かなり後ろ向きな行動を前向きに行っているような気にもなっていたが、朗らかな様子に渡は微笑んで頷いた。

 ダンジョンのセーフティエリアまで危なげなく戻ると、渡が一礼した。

「それでは、初心者講習は以上で終了とさせていただきます。現地解散ですので、私の業務はここまでですが、今日一日体験したことで何か気になった点やわからなかったことはありませんでしたか?」

「そうですね……これから、例えばのことです何が俺が探索者稼業?っていうんですかね。そういうのを始めるとして、忘れてはならないこととかこれをやっていたほうが良い、なんていうのがあれば教えて頂けたらと」

「忘れてはならないこと、ですか……そうですね、例えばステータスの確認に関してでしょうか。現在のシステムではステータスの確認はダンジョン協会の端末やコンビニの多機能プリンターでしかできないんですよね。でも、自分が今どのくらいのジョブレベルがあって、どんなスキルが増えているのか、どのくらいの熟練度なのか、こまめに確認して長所を伸ばすようにしていくのが良いと思います。

 つまり、ステータスの確認をこまめに行い方向性を確認していくことが強くなるためにも忘れてはならない事になると思います。」

 瀬田は、なるほど、と言ったが宮城では今の所探索者センター宮城支部にしかなく、それは仙台駅から徒歩で10分はかかるEAR仙台アネックス館にある。

 コンビニで確認するには手数料がかかる仕様だ。

 簡単には行えないし、ましてや頻繁に行うことはそもそもやるはずがない。

「なるほど」と瀬田はしたり顔で言った。

「機会があれば行うようにします。」

 微妙な言い回しに渡は苦笑すると、それでは、とスッパリとした感じでダンジョンをあとにした。

 瀬田は遠ざかっていく渡の背中と、やはり大きく揺れている尻を見つめた。

 そして、ロッカールームに向かったのだった。

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おっさんジャンボリー オレシカ @gotomasi2010

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