第16話『遺言の代筆』



***


**小説『サスティナブルEmotion』 遺言の代筆**


先生は、開いていたノートをパタンと閉じた。

その乾いた音が、静寂に響く。

先生はすぐには答えず、サイドテーブルに置かれたコーヒーカップを手に取り、一口だけ口にした。そして、静かに問いかけた。


「それで? どうしたいの?」


先生の瞳が、冷徹な光を帯びて私たちを見据える。


「君たちがしたいことは何? あの社長令嬢への仕返し?それとも 復讐なの?」


社会的に抹殺したいのか、それとも法で裁きたいのか。先生は私たちの心の奥底にある闇を覗き込もうとしていた。

けれど、私たちは迷わず首を横に振った。


「いえ……違います」


私は真っ直ぐに先生を見返した。


「復讐しても、ハルカは帰ってきません。私たちが望むのは、そんなことじゃないんです」


「じゃあ、何のために?」


「彼女が歩んだ道のりを、消したくはないんです」


ハルカがどれだけ努力していたか。どれだけ夢に向かって輝いていたのか。

その事実が、理不尽な悪意によって「無かったこと」にされて闇に葬られるのだけは、どうしても耐えられなかった。


「彼女が存在した証を、先生の文章で、永遠に残してほしいんです」


先生の表情が、わずかに和らぐ。

しかし、詩織が続けた言葉で、その空気は一瞬にして凍りついた。


「それから、もう一つ理由があります」


詩織は膝の上で拳を握りしめ、震える声で告げた。


「この本を……もし、私たちに何かあった場合の『遺書』代わりにしてほしいんです」


ガシャン!!


陶器がぶつかる激しい音が、部屋を切り裂いた。

先生の手から滑り落ちたわけではない。ソーサーの上に、カップを叩きつけるように置いた音だった。

中のコーヒーが跳ねて、テーブルクロスに黒い染みを作る。


「……君たち、本気で言ってるの?」


先生の声が、怒りと恐怖でわずかに震えていた。


(続く)


***


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