第5話 共に暮らすということ

 次の日の朝、ケロッとした顔でセイジは帰ってきた。

 

「縛られて車に詰め込まれたときはどうなるかと思ったけど、いい感じのホテルで泊まらせてもらえたし、ご飯も美味しかった! こうして帰ってこれたし何だったのかわかんないけどラッキー」

 

 と呑気に報告したが、二人の神妙な顔つきが気になり、

 

「昨日何があったの?」

 

 と聞いた。

 

「それは今夜話すわ。だからとりあえずママが帰るまでは気にしないで」

 

 と優しい声色で言った。その様子がかえって怖かったが、そう言うならと気にしないことにした。

 

 二人がそれぞれ仕事と学校へ向かうと、誰もいない家の静けさがより緊張を高めた。

 ソワソワして何も手につかないセイジはとりあえず眠ることにした。

 

 起きるともう夕方だった。

 セイジは急いで与一の部屋からリビングへ向かった。

 リビングにはスマホを見ている与一がいた。家に誰かいることに安心したが、肝心のことが知りたかったセイジは、

 

「ねぇ与一、今夜のことなんだけどさ」

 

 と不安そうな声で切り出した。

 

「悪いけど、母さんが帰って来るまで何も言えない。それに俺も何を聞かれるのか、どうなるかさっぱりだ」

 

 と返した。

 

「そっか」

 

 本来なら不安など拭えない答えだが、与一も同じくらい不安を抱えてると思うと、なんだかセイジは心が落ち着いた。

 

 

 

 

 

「ちょっと、与一。私の部屋まで来なさい」

 

 と母は帰ってくるなり与一に言った。うつむきながら、

 

「わかった」

 

 とだけ与一は言った。

 不安そうに二人を見るセイジに、

 

「セイちゃんはちょっと待ってて」

 

 と優しく母は言うと、二人で母の部屋へ向かった。

 

 

 

 

 部屋に入り扉を閉めると、

 

「カワイイ星人と、本当に一緒に過ごすつもり?」

 

 と母は切り出した。

 

「うん。こうなったからには避けられない」

 

「はぁ。ていうかまさか電話で言ってたのって」

 

「そう。母さんが聞き間違えたんだよ」

 

「急に言われたらそんな言葉わからないでしょ普通」

 

「そうだね」

 

 少しの沈黙。

 

 口を開いたのは母だった。

 

「どうするつもり? 人間かどうかも分からない子を泊めるの? こんなことにもなったし危険だってことは分かるわよね?」

 

「それは、そうだね」

 

「ほんとに分かってる?!」

 

「たぶん、母さんが言うようにまでは理解できてないかも」

 

「じゃあそれは分からなくてもいい。でもあの子をこのまま受け止められないってことは分かって」

 

 そう母に言われると、与一は、

 

「でもあの委員会の二人は?」

 

「ああは言ったけど逃げるなりすれば何とでもなるはずよ。とにかく、与一はどう考えてるの?」

 

 与一はとっさに返せる言葉が思いつかなかった。だが、どうやって説得するかではなく、このまま黙っていたらあいつはどうなるのかと思うだけで、自然と言葉は出てきた。

 

「……逆にさ、母さんは分かる? あいつを見捨てたら」

 

「あの人たちのこと? それは逃げるって言ったじゃない?」

 

「違う。あいつ自身のこと。あいつは俺達しか知らないんだよ。見捨てられたってことはずっと引きずる」

 

「それは!」と言いかけたが、母は言葉を詰まらせた。

 

 与一は少し意地の悪い言い方だったと少し反省すると、

 

「それに、あいつはちゃんと話せる。今はわからなくてもちゃんとわかる時が来るんじゃないかな?」

 

 とおどけた様子で付け加えると、母は大きくわざとらしいため息をついて、

  

「わかった」

 

 とだけ言った。

 

「ありがとう」

 

「まだこの件は認めてないけど、もう与一から聞くことは何もないかな」

 

「俺から? つまりどういうこと?」

 

「このあとセイちゃんも呼んで。そこで決める」

 

 と母が今度はセイジと二人で話したいと言った。

 その途端、部屋のドアにガタッと何かがぶつかる音が聞こえた。

 与一はその音で向こうにセイジがいることを察すると、ドアを指差し、母を見ながら聞き耳を立てるようなジェスチャーで母に伝えた。

 それを見て察した母は悪い笑みを浮かべながら、

 

「すべてセイちゃん次第だけど、嘘ついて正体隠してたからな〜。ちょっとまだ信じられないなぁ」

 

 と、わざと声を少し張り上げて言った。

 母のサディスティックな一面は昔から嫌と言うほど見てきた。だからこそ、セイジも今頃不安でしょうがないだろうと与一は察した。

 

「じゃ、呼んでくる」

 

 与一はそう言って部屋を出ると、目の前には顔が真っ青に染まったセイジがいた。

 与一は親指を立てて背面の母の部屋を指すと、無言で頷いた。セイジは必死に首を横に振ったが、それもお構い無しに与一は彼の後ろに回り、その背中に手を当てると、

 

「ちょっと待って!! 無理だって!! めちゃくちゃ怒られて追い出されちゃうって!!」

 

 というセイジの叫びを聞き入れることなく、押し込むようにして母の部屋に入れた。

 

 その後どんなやりとりをしたか与一は知らない。わざわざ聞き耳を立てる必要もなかったからだ。

 ただ、与一は母を信じていた。

 必ずセイジを迎え入れると確信したか。そうではない。

 自分の話を聞いてくれた母なら、どのような決定でも納得できると思ったからだ。また、母がセイジを黙って放り出すほど悪い人ではないことも知っていた。

 

 詳しい内容はわからなくても、与一の部屋を貫通するほどの声量で「ごべんなざい〜〜!!」と情けなく泣き叫ぶセイジの声が聞こえたので、二人のやり取りの予想はなんとなくついた。

 

 しばらくして目を赤く腫らして鼻をすするセイジと共に母が出てきて、与一の部屋をノックした。

 与一は二人の距離が少し開いているのを見て、あらためてセイジの心中を察した。

 

「慎重なる審査の結果、セイちゃんはうちで預かることにしましたー!」

 

 と母は先ほどとは打って変わった様子で言った。

 セイジは疲れ切った様子だ。

 

「よかったなセイジ!」

 

 そう与一は励ますが、

 

「ボク、もう嘘つかない……」

 

 とセイジは静かにつぶやきながらリビングへとぼとぼ歩いて行った。

 

「ちょっとやりすぎちゃったっ!」

 

 母は少し申し訳なさそうにそういった。

 与一は、可愛いものをいじめたくなる感情は誰しもが持っているといった内容のインターネット記事をふと思い出した。

 確かその感情を指す言葉はキュートアグレッションだったか。

 

 セイジの様子を見ようと与一はリビングへ足を運んだ。

 案の定セイジはリビングの机に突っ伏すようにうなだれていた。

 

「ご苦労様。まああんだけでかい泣き声を聞けば、どうだったかは大体わかるよ」

 と話しかけながら、与一はガラスのコップに注いだお茶を渡した。

 何も言わずに受け取ると、セイジはグイっと飲み干して、

 

「いやーひどい目にあったよホント!」

 

 と元気を取り戻したかのように言った。

 

「母さんズルとか嘘には厳しいからなー。転がり込む家間違えたか?」

 

 セイジは、冗談交じりにそう言う与一の方を向くと、軽く首を振って、

 

「ううん。そんなことないよ」

 

 と言いながら、ぬくもりさえ直に伝わりそうなほどの優しい笑顔で、まっすぐ与一の目を見つめた。

 

 「そ、そっか……」

 

 意外な答えに、なによりもその表情に心の深いところをふいに掴まれ、たじろぐだけの与一だった。

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