破『想像してた天国と違う!』

「………………」



あれ?私なにして……。

ここドコだっけ……。



“目覚めたか”


「!?」



足元から声が聞こえ私はとっさに起き上がった。



「だ、誰ですか?!」


「…………」



聞き逃しようのない声にも関わらず目の前に立つハゲた頭に長い白髭を蓄えた着物姿のお爺ちゃんは何も答えなかった。



「……ッ……」



自分で状況を確認するもサッパリどこにいるのか分からない……。

何もない床で横になっていたのは分かったけど、周囲は真っ白な空間がず~~っと続いていて距離間すら掴めない。



「……あのッ……何処なんですかココッ…」


「…………」


「……あ…の………聞こえてます……?」


「…………」



なぜか全然答えてくれないし、それどころか目も合わせてくれない……一体どこを見て……。



「ッ…!?きゃッ…!!」



私は慌てて太股を隠した。

お爺ちゃんがビックリするほど真剣な表情で見ていたのは、はだけた着物から丸見えになっていた私の下着だった。



「ドコなんですかッ…? あと誰ですかッ…?」


「お…?いかんいかん、また目を開けて寝てしまってたか……」


(……嘘つきッ……)



私がキッと睨むと、鼻の下を伸ばしていたお爺ちゃんはやっと話し始めた。



「まず。ここまでご苦労じゃったな」


「……ご苦…労……?私何かしましたっけ…?」


「すぐに思い出せんのは仕方無い。ここに来ると生前の記憶は徐々に消え去るようになっとるからの。お前さんはもう四十九日前に死んでおる」


「死ん…………!」



一瞬何を言われたのか分からなかったけど、死というものを意識した私は少しだけ思い出せた。

今いる場所や、ここまでの流れは全然思い出せないけど、言われれば確かに自分が死んだという事実を受け入れた記憶があった……。


だとしても理解出来ないことはある。


仮にここが天国なら、なぜ目の前にいるのがこんなお爺ちゃんなんだろ……天国だったら天使とかもっと西洋風であっても良いはず。ずっとそう願って生きて来たわけだし……なんで着物を着た日本人顔のお爺ちゃんなんだろ……。



「不服そうじゃな」


「!」


「隠さんでも分かるわ。儂を誰だと思うておる」



え?誰!?

そんな『ご存知!』みたいな顔で言われても…!



「ほれ。言うてみい」



え!?本当に誰なの!?

そんな『今頭に浮かんでるその名前!その名前だから!』みたいな顔で言われても!あ〜〜もう!ジャギかよ!ミッチーかよ!


考え抜いた末、私はお爺ちゃんにお爺ちゃん自身の名前を教えてあげた。



「元始天尊」


……パァン!!


言った瞬間、私はお爺ちゃんに頭を叩かれた。

音のわりには全然痛くない、まるで芸人のツッコミみたいな巧みな技術だ。

お爺ちゃんは声を荒らげる。



「誰が三大仙人じゃ!重力操ったろうか!」



すぐに封神演義ネタに対応出来る優れたお爺ちゃんだということは分かった。



「ッ……じゃ誰なんですか……?」


「儂はアミターバ。日本人のお前さんにも分か…」


……パァン!!


私はお爺ちゃんのツルツルの頭を叩いた。

音のわりには全然痛くない、まるで芸人のツッコミみたいな巧みな技術は無いから、思いっきり。



「こんな阿弥陀如来いるか!亀仙人じゃねーか!」


「何じゃと小娘!高貴な儂の頭を叩くとは何事じゃ!阿弥陀如来を当てたことは誉めてやろうと思ったが、今のでチャラじゃぞ!」


「正解でチャラって軽いな!その高貴な頭!」



あまりにもテンポの良いお爺ちゃんの反応に、私もついつい合わせてしまった。

そんな自分が少し恥ずかしくもなったが、もう猫を被らないで素のままの自分で行こうとも思った。

ひと息ついて改めて確認する。



「 阿弥陀如来ですか…?何で阿弥陀如来なんですか?天使は?阿弥陀如来じゃなきゃダメだったんですか?」


「なんじゃ。儂が阿弥陀如来なのがそんなに不満か?」


「だって私、ずっと西洋に憧れてたんですよ?北欧神話とかローマ神話とか」


「ほほッ。そんなものは関係ないわい。お前さんの家はおおかた浄土宗か浄土真宗のどっちかじゃろ?儂は『南無阿弥陀仏』に呼ばれてお前さんを拾ってやったんじゃ」


「え〜〜ッ!?私に万が一の事があったら絶対キリスト教式でやってってお母さんとお父さんに頼んでたのに〜〜!」


「ほほッ!残念じゃったの!お前さんの両親は涙を流しながら必死で儂に頼んでおったぞ」


「……ッ………!」



元始天…阿弥陀如……言いづらいからアミさんで。

アミさんに言われて私はまたぼんやりと思い出せた。

私はあの日ハローワー……冒険者ギルドでクエストを見た帰り道、逆走して来た車に追突されて命を落としたんだ……。

病室で泣き崩れる両親と妹、葬儀では家族だけでなく数少ない友達まで泣かせてしまった……。

確かに……私はもう死んでいるのだ……。

今の自分の姿もちゃんと見てみると経帷子きょうかたびらに手甲、白足袋、数珠、笠と紛れもなく死に装束だ……。



「思い出したかの?」


「…………ちょっとだけ……」


「ほほッ。結構結構。ここに来るまでのことはもう思い出せんじゃろうがな。閻魔の審判は四十九日。今日がその日じゃ」


「じゃここは……極楽浄土…になるんですか…?…でもわざわざアミさんが迎えに来るなんてヒマなんですか?阿弥陀如来って」


「誰がアミさんじゃ。そんなもんは下っ端菩薩の仕事じゃ。儂はここで一番偉いんじゃぞ」


「それじゃ女の子のパンツを覗きに来ただけなんですね」


……パァン!!


私はまたアミさんに頭を叩かれた。

しかし本当に音のわりに全然痛くない。

凄いな、阿弥陀如来。



「失礼な事を言うな!そんな煩悩を持っては如来は勤まらん!だいたい31にもなって何が女の子…」


…… パァン!!


すかさず私はまたアミさんの頭をひっぱたいた。

2度も思いっきり叩かれた頭は流石に少し赤くなったがゴメンよ、阿弥陀如来。アンタが悪い。



「女子の年齢を大声で言わないで下さい!怒りますよ!」


「殴っといて何言っとるんじゃ!高貴な儂の頭に2度も手を出すとはけしからん!パンツ見せて貰った礼はこれでチャラじゃぞ!」


「見てんじゃねーか!」



本当にこのお爺ちゃんは如来なんだろうか…?

ノリの良いエッチなお爺ちゃんなんじゃ……。

なんて事を思い始めていると、アミさんは何やら真面目な雰囲気を醸し出した。



「儂が来たのは、お前さんを儂の西方極楽浄土に入れるわけにはいかぬからじゃ」


「え?」



予想外の言葉が飛び出した。

不運な事故に会って命を落としたのに私は天国に行けない?

動揺せずにはいられない。



「えッ?何でですかッ?私、地獄に落とされるような事なんてやってな…」


「いや。そうでは無…」


「あッ!あれですかッ?男のフリしてデリヘル呼んだのがマズかっ…」


「いや。そうでは無…」


「いやッ?あっちかッ!?元カレと付き合いながらその妹とも関係を持ったのがバレ…」


……パァン!!


出ました。伝家の宝刀、無痛ドツキ。

アミさんはまた声を荒らげる。



「答えを言わせろ!どんだけブッ込むんじゃ!」


「だったら早く教えて下さい……ッ」


「だ〜か〜ら〜!儂はさっきから言おうとしてました!それなのに次から次へとセンシティブなカミングアウトしおって!ドキドキするわ!」


「……むぅ……ッ」



おでこを撫でながら静かにする私。

するとアミさんは予想外の言葉を言い出した。



「お前さんは異世界に行ってもらう」


「……異世界……?」


「そうじゃ」


「……良い世界……?」


「異世界じゃ。何で言い直した」



異世界……異世界…………異世界!?

それってアレじゃないですか?

冒険者が活躍するあの世界じゃないですか!?

魔法が使えて、エルフとかドワーフとかピクシーとかミンクとか人間種と亜人種が普通に共存したりしてる、あの異世界じゃないですか!?

夢のような話に私は興奮してアミさんに抱きついた。



「本当ですか!?あの異世界に転生出来るんですか!?アミさん!嘘じゃないですよね!?」


「ど、どの世界のことを言うておるのかは分からんが、異なる世界ということは合っておる……」



身長差が以外と大きく、Eカップのおっぱいを下半身に押し当てられたアミさんはニヤけたが、私にはそんなの関係無かった。

両手を天高く上げ、思わずあの名言が口から出る。



「地球に生まれて、よかったーーぁ!!」



今なら100mを9秒98で走れそうな気がした。

もし生まれ変わったら行きたいなぁと思っていた異世界。

もしハローワークに求人があったら行きたいなぁと思っていた異世界。

何の因果か、そのチャンスが私のところに回って来た。



「………あれ………でも………」



ちょっとだけ気になる事があった。

何で私が行けるんだろう?

やっぱり不慮の事故……?

確認してみる。



「ねぇ、アミさん。なんで私なんです?」


「そりゃ不慮の事故死だからじゃ」


「あ、やっぱりそうなんですね」


「そういう決まり事なんじゃよ。日本どころか世界中の神仏間の取り決めでな」


「……はい……?」



不慮の事故で異世界転生はまぁまぁ耳にするが、そのあとの話は初耳だ。

アミさんは真面目に語る。



「この世界中に山ほどおる神仏は、地球の魂の管理者なんじゃよ。生命が埋もれることなく輪廻転生出来るようにな。じゃが、どうしても上手くいかない事は起こる。元々持っていた魂を使いきることなく途中で尽き果てる者とかの」


「…………」


「天寿をまっとうした仏教徒なら浄土で儂らの門下に入れるんじゃが、不慮の際は特別処置として転移許可を出しとる。与えられていた魂が尽きるまでの期間だけだがの」


「転移……ですか…?転生じゃなくて…?」


「転移じゃ。異世界に転生させたら魂が地球に戻って来れなくなってしまって宇宙の均衡が崩れてしまう。その星々の魂の数は決まっておるんじゃ」


「……そうなんですかぁ……ってことは私だけじゃないんですね」


「そうじゃ!自死した者を除いてもそんな人間は山ほどおる!儂の浄土だけでも毎日途切れなくのぉ!だから儂は忙しいんじゃ!早よ選べ!」


「!」



そういうとアミさんはイライラした様子でカタログを私に渡してきた。

映画のパンフレットみたいなカタログで表紙には『阿弥陀三尊が選ぶ!おすすめ転移世界50選!』とだけ書かれている。


あぁ……センスが残念過ぎる……いかにもな仏教です感がヤだなぁ……。


パラパラとめくって見ると旅行雑誌並みに詳細に紹介されていて、1つ1つ読むには時間が掛かりそうだ……。

令和に慣れきった私はカタログを閉じた。



「アミさん、タブレットとかないんですか?」


「あるぞ」


「あるの!?」


「じゃがお前さんには使えん。浄土にある家電製品は儂らの法力でしか動かん」


(凄いな法力……というか極楽浄土って家電とかあるんだ……意外……)


「なにか希望があれば、それに沿った世界を選んでやるぞ」


「……希望……」



希望の世界と言ったら、やっぱりこれは外せないよね。



「魔法が使える世界!」


「んなもんあるかい」


「ええぇ~~?!!」



何で!?

普通、異世界って言ったら魔法は鉄板でしょ!?

納得の出来ない私にアミさんは言う。



「最近の日本人は口を揃えて魔法魔法言うが、そもそもお前さんらが思う『魔法』って何じゃ?」


「え……自分の中に眠る……魔力的なエネルギーでこう……超自然現象を起こしたり……」


「今まで生きてきた世界にそんなものあったか?」


「……無いですけど」


「なら、どうして異世界ならそれがあると思う?」


「だって………だって異世界ですよぉ…?」


「その考えがサッパリ理解出来ん。それに近い力が使えるのは儂ら神仏だけじゃというのに」


「……あぅッ……!」



私は膝から崩れ落ちた。

確かに……アミさんの言う事は正しいのかも……。

何で異世界なら魔法があると思ってたんだろ……。

あぁ……私の中のメガネ隊長が嘲笑う……。


『一体いつから――――異世界になら魔法があると錯覚していた?』


でも大丈夫……。

私の異世界のイメージは何も魔法だけじゃない!

立ち上がりアミさんに聞く。



「冒険者的な職業がある世界ならどうです?ありませんッ?」


「それならあるが………当然の事じゃが、そんな職業が成り立つということは文明もそれなりに劣るぞ?」


「……電気なんて無いですよね……?」


「当たり前じゃ。日本史で言うなら縄文時代から江戸時代までの科学力じゃの」


「う〜〜~ん………まぁ……ギリかぁ……」


「お前さんは話しやすいからこの際聞くが、何で最近の連中はあえて低文明の世界に行きたがるんじゃ?異世界クチコミランキング1位はこの地球だというのに」


「ランキングなんてあるんだ!?しかもクチコミで!?地球が1位!?」



確かに他の世界から見たら地球も異世界なんだろうけど、何でこんな世界線が人気なんだろう……。

聞いてみるとアミさんは言う。



「異世界と言っても同じ宇宙のなか。星の数ほどある世界で一番文明が進んでるのがこの地球なんじゃ。だからこそどんどん転移者がやって来て、どんどん文明が進歩していったんじゃ」


「そんなに多いんですか…ッ?」


「去年は前年比の12%増じゃ」


「決算感覚!?」


「本当にジョブズには感謝しとる」


「Appleの!?」


「あとベゾスもな」


「Amazonの!?」


「日本だと平畠啓史もな」


「平……DonDokoDonの!?ここで!?逆に転移に失敗してるじゃん!ぐっさんの『じゃないほう芸人』じゃん!私は好きだったけど!」



平畠啓史を除いた2人は現代社会で革新を起こした実業家だ……そんな事実を知ると私は少しだけ彼らを妬んだ(平畠啓史以外)

盛大に異世界転移を成功させた彼らに対し、今の私は職を失って死んだ人間だ……。


私も異世界転移を成功させたい!

やっぱり期待すべきはチート能力でしょ!



「ねぇ、アミさん!定番の転移特典くらいはありますよねッ?」


「定番…?まぁ、転移処置は神仏側の帳尻あわせじゃからな。向こうで苦労させんよう、3つまでなら何でも付与できるぞ。ちなみに言語対応能力は標準装備じゃ」



3つまでなら何でもOK。

それを聞いた私は考えた。


やっぱり冒険者から始まることを考えるとステータスのカンストは必須でしょ……あとは……魔法が無いんじゃ、どんなスキルでも使えるっていうのは意味が無さそうだし…………どうしよう……。


悩み込む私に気付いたのか、アミさんはポツリと予想外の事を口にした。



「ちなみに最強ステータスとか、莫大な資産は無理じゃからな」


「!?」



え…?え?えッ?え!?



「ええぇ~~ッ?!!!!」



何で?何で!?何で~!?

それじゃ異世界で無双なんて出来ないじゃん!

最強なのに最弱を装って、パーティーから外されたあと得意気にザコ共を見返すってあのシチュエーション出来ないじゃん!



「何でですかッ??」


「何でってお前さん、そんな特典が得られるほど生前に功績残しておらんじゃろ?」


「はいッ?!」


「本当に最近の連中は平然と自分のことを棚に上げて要望だけは一人前じゃな。生前、善行を続ければ天国に行けるって話を聞いたことないのか?」


「……あります……けど……」


「生きると言うことはその繰り返しじゃ。一生懸命働き、他人と自分の為に生き、そして周囲を幸せにする。そういう行いをするから天国にも行けて、より豊かに転生出来るんじゃ。転移も同様、働きもしなかった人間にそんな特典を与えては地獄なんてもんはいらんじゃろうに。神仏は全ての生物に等しく平等なのじゃ」


「………ッ………」



ぐぅの音も出なかった……。

ごもっともです……アミさん……。

いや阿弥陀如来様……。



「……それじゃ………私クラスだと、どこまでならOKなんですかぁ…?」


「お前さんの場合、まぁ多少の虫の殺生はあるが特段悪い所業は無い。人間の範囲内なら何でも付けてやれるじゃろ」


「……撃たれても平気な身体」


「そんな人間おらん」


「目では追えない超脚力」


「そんな人間おらん」


「他人の視界を覗くスキル」


「そんな人間おらん」



つまり実在する人間と同程度までという事なのだろうか……私は考える。


どうしよう……最強ステータスに近い生身の人間ってどれくらいなんだろ……パッキャオと井上尚弥ってどっちが強いかな…?全盛期のヒョードルは…?堀口恭司は…?……あ……でもみんな銃で撃たれたら死ぬか……なんだ……みんな意外と弱いな………どうしよう……実際にありえる要素……。


悩みに悩んだ末、私は3つの特典を決めた。

だいぶ予定は狂ったけどせっかくの異世界だ、この3つの特典で夢の異世界を無双しよう。

ベースとなる世界はカタログを全部読むのは大変だからアミさんに見繕ってもらおう。



「アミさん。異世界の方なんですけど」


「特典は決まったのか?」


「はい」


「あ。言い忘れたけど、儂を一緒に連れていくってのは無理じ…」


……パァン!!


私は久しぶりにアミさんの頭を叩いた。



「そんな素晴らしくもない世界なんてごめんです!来ないで下さい!」


「小娘!この儂の頭を3度も叩くとはもう我慢ならん!寝てる時におっぱい揉ませて貰ったからちょっとは特典を融通しようかな~~なんて思っとったが、これでチャラだぞ!」


「最低だな阿弥陀如来!」



このお爺ちゃんは本当に阿弥陀如来なのか?

いよいよ真剣にそんな思いを抱いた私だったが、今ではそんなやり取りも少しだけ心地良くなってきている。



「……して。どんな世界がいいんじゃ?」



タブレットを片手に真面目に言うアミさんの額は赤い……ごめんよ、阿弥陀如来。でも最低だぞ。



「やっぱり人間以外の種族っていたりするんですか?」


「お前さんのとこで言う『亜人』というやつか?」


「はい。エルフとかピクシーとかミンクとかそういう人達ですけど」


「それならおるぞ。元々そういう種族の存在を地球に広めたのは転移者じゃからな」


「……それじゃ………色んな人種が居て、文明が古すぎず、西洋っぽさの無い世界でお願いします。ドラゴンとか大型の猛獣は無しで」


「なんじゃ。西洋とか北欧神話に憧れとったと言うわりに、そういう世界には行かんのか?」


「ええ……まぁ……白人社会に日本人が行ったら人種差別されそうじゃないですか…?」


「……そういうところは現実的なんじゃな……」



そう言うとアミさんは真剣に私の要望に合う異世界を探し始めた。やっぱり本物の阿弥陀如来らしい。

私のこれまでの人生と性格を参考にしながら、1つ1つ吟味してくれてるようだった。

老眼なのか顔を近付けたり離したりしながらタブレットを操作する姿はちょっとシュールだけど……。



「ここが最適じゃな」


「!」



数分後、アミさんが見せる画面を確認する。


世界名:アイクス・ルシード

総人口:19億人

国家数:27ヶ国

1年の日数:308日

年間平均気温:15℃

過去最高気温:52℃

過去最低気温:-59℃

【検索条件】

文明(中) 人型種族◯ 大型種族✕ 西洋✕


掲載された写真を見ると、海も山もあって雰囲気も地球とあまり変わらなそうだった。

やはり生物が誕生できる世界はどこも同じような進化を辿るのだろうか。


大型種族✕って……アパート探してるみたい……。



「残すはお前さんじゃ。さぁ特典を教えてくれ。転移させる前にこの場で付与しよう」



いよいよ私の異世界無双への扉が開くときだ。

まずは肝心の一歩。



「私を男にして下さい」


「性転換か。造作も無いことじゃが男になどなってどうするんじゃ?最強ステータスなど求めるところからすると、幅を利かせたり、威張り倒したいとかそういう系か?」


「なにを言ってるんですかアミさん。私は異世界に夢を抱いてるんですよ?そんな泥臭い面倒事はごめんですよ。強さを求めたのはあくまでも手段であって目的ではないのですよ」


「一体異世界になにを求めとるんじゃ?」


「決まってるじゃないですか〜!美少女を3人くらい囲った欲望まみれの生活ですよ〜!」


「えぇ~ッ!?」



自分の理想を語った私の心は清々しかった!

夢の異世界生活がもう目前に迫っている!



「その心意気は男としても惚れ惚れするが……お前さんはまだ女だから分からんじゃろうが男なんてロクでもないぞ……?」


「知ってますよ〜。男のロクでも無さなんて。いいですか?ファンタジーと現実の区別もつかない男はFANZAで見たまま平気で公衆トイレで私にしゃ…」


……パァン!!


アミさんの伝家宝刀が私を叩いた。

音のわりには全然痛くない、まるで芸人のツッコミのような匠な技術。

アミさんは顔を真っ赤にして声を荒らげる。



「分かった!みなまで言うな!」


「本当に分かってます?大体、男っていうのは基本ロリコンで私をパイパ…」


……パァン!!


アミさんの伝家宝刀、2連続。

その音のわりには全然痛くない、まるで芸人のツッコミのような匠な技術。

どこで習得したんだろう……。

アミさんは顔を更に真っ赤にさせる。



「もう何も言うな小娘!お前の発言は風紀を乱す!ささっと終わらせるぞ!」



そう言いながらタブレットを操作するアミさん。

特典付与も出来るなんて一体どんなアプリが入ってるんだろう……。



「モデルは必要か?」


「モデルなんて選べるんですか?」


「まぁの。なければ今をベースにするが」


「えっ、じゃぁせっかくなら若かりし頃の三國連太郎似でお願いします」


「みくに?じゃな……み……み…………」



名前をブツブツ言いながらタブレットを検索するアミさんは完全にお爺ちゃんそのものだ。

亡くなった私のお爺ちゃんもそうだった。



「あったあった、これか。よし、決定と」


「そんな感じなの?」



決定された途端、全身の骨がうねりをあげて軋み、大きかった胸は空気が抜けた風船のようにゆっくりしぼみ、両手のか細い指はゴツゴツとした変化を見せ始めた。

すぐに嫌な予感がしたが、どうすることも出来ない私はもう覚悟を決めるしかなかった。



「ウぅ〜〜ッ!!!気持ち悪っ!!!なんでこんな物理的な変身なの〜!!!」


「すぐ終わる。5分くらいじゃ」


「5分!?え!?結構長くない!?5分!?5分かけて男になるの!?長いって!それ絶対長いって〜〜!!」


「うるさいのう!痛みはないから我慢せい!」


「だって…!!こういうのってピカ〜ッて光に包まれて一瞬で変身するん…………いたい……え…?ちょっと痛いんですけど〜!??」


「……性転換なんて久しぶりだったから設定確認してなかったな……」



体内に少しの鈍痛を感じながら31年連れ添った私の身体は5分かけて男へと生まれ変わった。

アミさんを見上げていた視線は高くなり、白く細かった両手はたくましい男のそれへと変化した。

そして……。



「うわ~〜〜なんか変な感じ〜〜」



元カレに田中みな実に似てると言われた声はすっかり玉木宏のような響く低音ボイスとなった。



「どうじゃ?新しい自分は?」


「全然慣れないですね。身体もちょっと重い気がするし、目線も高いし、声も低いし……でも……良い感じです」


「ほほッ。なにより。じきに心身共に馴染む」



身長が伸びたせいで死装束が寸足らずになってしまったが、それでもこうして対面するアミさんはまだ私よりも高かった。

2メートルくらいあるんじゃなかろうか……。



「さて。特典は残り2つじゃ」



その後、私は2つめの特典として『堀口恭司並みの身体能力』を付与してもらった。

人智を越えた能力は無理だとしてもやはり一定の強さは備えておきたいし、なにより堀口恭司は強い。

そしていよいよ最後の特典……。



「日本史に残るくらいの魅力を下さい」


「魅力…?ここにきて随分と抽象的じゃな」


「女の私には分かるんです。一見冴えない男でもビビビッとくることがあったんです。タイプでもないのにビビビッですよ?何でかなぁって考えたらそれって魅了されたんだと思うんです。外見には現れないフェロン的な魅了する力に!つまり視覚とらわれない力というのは…」


「分かった!もう分かった!」



興奮するといつまでも喋り続ける私をさえぎるアミさんは呆れ顔だ。



「魅力値を高めてやることは出来るが……最初も言ったように特典は人間の領域を超えない範囲までじゃ。特にこういった抽象的なもんは誰か参考にせんといかんのぉ」


「魅力のモデルですか…?それって難しくないですか?」


「そうじゃ!難しいに決まっとる!最後の最後に面倒なもん選びおってからに……」


「え〜〜……誰が魅力値一番高いんだろ……」


「今のお前さんのベースになった三國連太郎とかはどうなんじゃ?」


「三國連太郎……どうなんだろ……リアルタイムでは知らないから分かんないなぁ…………誰かベストな人材を選んで下さいよアミさん」


「何でもかんでも儂に頼りおって……忘れとるようだからもう1回言うが、儂は阿弥陀如来じゃぞ!この西方極楽浄土の教主じゃぞ!」


「知ってますよぉ~アミさ〜ん」



人まかせ、もとい仏まかせで座り込む私を咎めもせずにアミさんはちゃんと調べてくれる。

この器量の大きさ、まさに阿弥陀如来様か。



「キム・スヒョンとかどうじゃ?」


「カッコいいけど何か違う」


「チャン・グンソクとか?」


「カッコいいけどオジさんだから限定的」


「チョン・ヘイン」


「若いけどちょっと違う」


「イ・ジュンギ」


「なんか違う」


「ナム・ジュヒョク」


「違う」


「チャ・ウヌ」


「違う」


「カン・ミンヒョク」


「違う……って何でさっきから韓流スター縛りなんですか!?」



あまりピンとこない参考が続いた私はアミさんに歩み寄り、タブレットを覗き込んだ。

画面には『日本を魅了する韓流スター30人』という明らかに何かの特集記事が見える。



「ほら、なんじゃ……異国人でありながら日本人女性を魅了する韓流スターならその数値も高いと思うてな……なぁ?」


「大半の日本人は韓国人の名前を羅列されてもピンときませんよ!」


「お前さんはきとるじゃろ」


「私はいいんです!ちょっとそれ貸して下さい!」


「たわけ!これは儂ら仏の法力でしか…」


「もう!貸して!」


「なにをするか小娘!ちょっ!おい!」



タブレットの取り合いで揉み始めるお爺ちゃんと小娘、改め三國連太郎似の31歳。

身長差でアミさんが優勢な中、ムキになった私の中でなにかが弾けた。



「貸して!!」


「あたッ…!アタタタたッ…!!」


「……え…!?」



気付くと私はタブレット奪取しながらアミさんに関節技を極めていた。

多分、ヒールホールドという技だと思うけど私に格闘技経験は全くない。

にも関わらず無意識に身体が動き、おのずとそれがヒールホールドであるとさえ認識出来た。



「なにこれ…!?」



自分の変化に困惑していると苦悶の声をあげながらアミさんが言う。



「さっき…!堀口なんたらの身体能力を付与したじゃろ…!それじゃ…!」


「え?どういうこと!?」


「くぅッ…!身体能力はそれを使いこなしてこそじゃろ…!だからその者と同等の体感覚も付与されとるはずじゃ…!」


「嘘!?じゃ今の私は堀口恭司そのもの!?ありがとう!堀口恭司!」



関節技を極めながら勝ち取ったタブレットを操作してみると、アミさんの法力のくだりが嘘なのか、それともアミさんと密着している影響か、私でもタブレットを操作することが出来た。

この機を逃すまいと私は直感で検索する。



「えっと……日本……魅了……一覧……」


「くぅぅッ……やめんか…!おい…ッ!」


「あ………い……」


「勝手に検索するな…ッ」


「う………え…………あ〜〜!もう!多すぎ!」


「おい…!小娘!…おい……ッ……」


「お………大瀧……大瀧詠一ならもしか…」



…ズゥウウンッ!!!!



「ッ?!!!」



突然、踏み潰されるよう圧力を全身に受け、私は大の字に倒れた。腕は張り付いたように床から離れず、胸に掛かる圧力で呼吸も急に苦しくなる。



「言うたじゃろ?“重力操ったろうか”とな」


「…ッ…!!!」



この『攻撃』の正体はアミさんらしい。

ほんの一瞬見せた鋭い眼光で私を見下ろすその様相は紛れもなく、人外。

手足から血の気が引くのには十分だった……。



「まったく。返してもらうぞ」


「あ…ッ…ちょっ……と…!ッ」



身動きの取れない私はタブレットを取り上げられてしまった。

すると身体の圧が少し軽くなる。



「なんなんですかコレ!動けないんですけど!」


「ほほッ。当たり前じゃ。これが儂ら仏の法力。人間のお前さんでは抵抗すら出来ん」


「くそ〜!ズルくない!?チート!チートだ!」


「お前さんもいずれ浄土に入って修行を積めばあるいは法力が得られ…」


「!!」



アミさんが法力について語る中、天空から振り注いだ光に当てられた私の身体は宙に浮き始めた。



「……おや?」


「今度はなに!?なんですかアミさん!」



タブレットを確認したアミさんは何か合点がいったようで、頭を掻きながら私に言う。



「どうやら特典付与が完了したようじゃの。異世界転移じゃ」


「うっそ〜!?魅力値は!?私の魅力値はどうなったの〜!?」


「安心せい。ちゃんと付与されとる」


「誰の!?誰の魅力値参考になってんの!?」


「まぁ、誰だろうとプラスにはなっとる」


「こんな終わり方あり〜〜!?」



私の身体はどんどん天空に吸い寄せられ、アミさんの姿も小さく離れていく。

短い時間だったけど無職になってから数カ月、こんなにも誰かと喋ったのは久しぶりだった……。

何度も頭をどついた不信心な私にも微笑みながら優しく手を振るアミさんに、私は出来る限りの声を張り上げた。



「ありがとうございました〜〜!!!阿弥陀如来様〜〜!!!楽しかったで〜〜す!!!」


「気をつけて生きなさい」


「は…ぃ……………」




最後の声が届いたのかは分からない。

こうして俺は異世界に転移した。

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