第2話


 プライベートなはずなのにナース服を着ている女性だ。

 ちなみに、医者である彼とは顔見知りですらなかった。


 犯人である、と指摘されたのに、彼女はくすくす、と笑うだけだった。

 動揺することもなかった。否定もしない。


 彼女は「どうしてあたしだと思ったの?」と興味津々だった。


「聞かせてくれる? 探偵ちゃんの推理を」


「……ええ、では。数珠理さんが彼女の死亡確認をしました。もちろんナースですから、私たちはその判断を鵜呑みにしてしまったんですよ。まあ、医者なら他にもいますけど……あれはヤブ医者ですからね。数珠理さんしか頼れませんでした」


「誰がヤブだコラ」

「おっと、藪蛇だった?」

「否定をしろ」


 そんな夫婦漫才に、周りの大人たちがくすくすと笑った。

 久しぶりに空気が少しだけ緩んだが、こほん、と探偵が仕切り直す。


「数珠理さんが、倒れた嬉々さんの脈を確認し、死亡していると断定したわけですが――その時点ではまだ、彼女は生きていたんです。

 でも……数珠理さん、あなたが指先に仕込んだ見えにくい毒針を、彼女の首元に刺した……そして、毒殺。これが真相です」


 ナースの手際で死亡確認と同時に殺した。

 つまり、診断はギリギリ、滑り込みで嘘ではなかったのだ。


 外から見ているだけでは、ナースが確認しているだけにしか見えなかった。

 まさか、目の前で殺人がおこなわれているとは誰も思わなかったのだ。


 全員が、彼女が犯行をおこなったとは思わなかった。

 だってナースだから。それ以前にアリバイだってあるのだし……。


 しかし、アリバイがある、と言っても、あり過ぎたのも違和感だった。


 本当に全員に不可能だった。不可能過ぎた。しかし、死体発見時であれば、唯一アリバイを崩せるタイミングでもあった。


 いずれは違和感を持たれるシーンではあっただろう。


「間違いないですか、数珠理さん」


「ええ、正解。合格よ、探偵ちゃん。その通り、あたしが殺したのよー」


 と、力が抜けるような犯人の言葉だった。


「……どうして……!」

「え、人を殺すことに理由がいるの?」


「当然です! いえ、あっても殺したらいけませんけど!」


「でしょ。ほおら、どっちにしても許されないことでしょう? なら、理由なく人を殺しても同じく許されないことになる――だったらいいじゃない」


 彼女には、殺してはならない、という常識がなかった。

 彼女は快楽殺人者なのか?


 そんな人間が……社会に溶け込みナースとして働いていた……?

 だったらもう、怖くて病院にいけないではないか。


「理由、理由ねえ……ついつい魔が差して?」


 ――刺したのは毒針だけど、と彼女が微笑する。


「……動機が、ないんですか……?」


「ないわよ。いや、ないわけじゃないのだけど……うーん、こんなこともあろうかと、と仕込んでいた毒針を使う機会があったからねえ……だから使っただけ。

 うん、嬉々ちゃんを殺したのはたまたま、運が悪かったのね。彼女に恨みはないの。ただただ、この毒針を使いたかっただけ……それが動機かな?」


 誰でもよかったのだ。


 つまり、あの子でなくとも――


「嬉々を……――そんな理由で殺したのか!!」


「死ぬ方が悪いのよ。この世は弱肉強食なのよ? たまたま人間社会で法律があるからいけないことになっているけど、自然界では当たり前の捕食でしょう? なにか問題でもあるの? あるならあたしを殺せば? さあっ、早く」


 ナースは満面の笑みだった。


 じっと見つめられたスーツの男は、怒りが冷めるほどに引いていた。


 ……彼女は……。

 ――悪魔みたいなナースだった。


「数珠理さん……あなたは裁かれます。誰も助けてくれませんよ」


「助かりたいと願う人間が人殺しなんてしないわよ。それに……あたしはいつだって野に放たれる。強者ってのはそういう運命で生きているからね」



 ――その後、港に戻った船に警察が乗り込んできた。


 殺人犯――笑谷数珠理が逮捕される。


 彼女は最後まで反省の色を見せなかった。たまたま人間社会であり、法律があって、絶対悪として彼女は認識されているけど、元を辿れば弱者が搾取されるのが当然の弱肉強食の世界だ。

 彼女の言う通り、殺される方が悪いのだ。


 ……自衛ができない人間はあっさりと死ぬ。


 社会という世界が浸透し、自分は守られるはず、と信じることが当然となった世の中を、横からぶん殴ったような暴論だ。


 しかし、その言葉は切って捨てられない、胸にずしんとくる意見でもある。


 ――自衛をしろ、か。

 探偵は考え直す機会を与えられた。


「明日も当たり前に生きていられるなんて、当然じゃないのかもね……いつだって、誰にだって殺されるかもしれないと考えておかないといけない……動物は、だって毎日がそうなのだし」


 パトカーに押し込まれた殺人犯を見つめながら。

 探偵は、いっちょまえに物思いにふけっていた。


 そんな彼女の隣に、白衣の男が近づいた。


「だが、俺たちは人間だぞ。野生の動物とは違う。あの女の頭がおかしいだけだ」


「でもさ、数珠理さんみたいな考え方の人がまだ世の中に紛れていたら……見分け方なんて分からないと思うんだけど……。その人たちから身を守るためにも、自衛は考えておかないといけないと思う――」


「かもな」


 なんの励ましにもなっていなかった。

 する気もないのかもしれない。


 彼のテキトーな相槌は今に始まったことでもなかった。

 探偵は溜息を吐く。聞くだけ無駄だった……。



 ――船の上で起こった殺人事件はこれで解決した……したのだが……。


 快楽殺人者――笑谷数珠理とは、まだ何度も何度も、会う気がしたのだ。



「んじゃ、俺は帰るぞ。今日もご苦労さん、走馬灯探偵」


「なんだか嫌な予感がするのだけど。……今後も走馬灯を見るとして、振り返れば振り返るほどに数珠理さんが出てきそうで……」



 彼女ぜったいあくとは長い付き合いになることを、探偵はこの時に予感していたのだった。





 … おわり

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走馬灯探偵 渡貫とゐち @josho

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