第9話 ダンジョンの意思
地上に戻ってから、三日が経った。
それでも、ユウトの周囲は落ち着かなかった。
掲示板は更新され続け、
噂は尾ひれをつけて広がる。
――レベル測定不能。
――深度マイナス3の異常安定。
――原因不明の探索者。
名前は出ていない。
だが、誰のことかは明白だった。
「しばらく、単独行動は禁止ね」
朝霧ミコトは、はっきりと言った。
作戦室。
チーム全員が揃っている。
「管理局が動いてる。
あなたを“現象”として見始めてるわ」
ユウトは、黙って頷いた。
(……そうなるよな)
数字で説明できないものは、管理できない。
管理できないものは、危険だ。
「でも」
ミコトは、言葉を切った。
「ダンジョン自体が、あなたを拒んでいない」
その言葉に、空気が変わる。
「むしろ……迎え入れている」
迎え入れる。
その表現が、胸に引っかかった。
翌日。
非公開区画。
管理局立ち会いのもと、限定調査が行われた。
対象は、深度マイナス3と4の境界。
通常、立ち入りは封鎖されている。
「灰崎ユウト」
白衣の研究員が、無機質に言う。
「あなたが近づくと、
ダンジョンの反応が変化する」
「……変化?」
「安定する。
本来、崩壊が起きるはずの構造が、保たれる」
ユウトは、ゆっくりと息を吸った。
エレベーターが、境界で止まる。
扉は、半分しか開かない。
その先。
闇とも違う、深い空間。
一歩、踏み出した瞬間だった。
――歓迎。
言葉ではない。
音でもない。
感覚が、直接流れ込んできた。
(……何だ、これ)
胸の奥が、強く脈打つ。
《深度適応》が、今までにない反応を示す。
測定器が、表示を切り替えた。
【環境同期率:上昇】
専門用語だが、意味は直感的だった。
――ここに、合っている。
「反応、急上昇!」
研究員の声が、遠く聞こえる。
ユウトの視界に、奇妙なものが見えた。
壁でも、床でもない。
“流れ”だ。
ダンジョン全体を巡る、見えない循環。
危険が生まれ、均され、また生まれる。
(……生きてる)
そうとしか、思えなかった。
そして、理解する。
(俺は……敵じゃない)
モンスターでも、侵入者でもない。
この場所にとっての――調整役。
「灰崎、聞こえる?」
ミコトの声が、引き戻す。
「……はい」
声が、少し震えた。
境界の奥で、空間が揺れる。
崩壊の兆候。
ユウトは、迷わなかった。
《深度侵蝕》。
今までとは、違う感触。
力を“押し付ける”のではない。
――合わせる。
空間が、静まる。
崩壊が、止まる。
「……安定、完全に」
誰かが、呆然と呟いた。
その瞬間、
ユウトの頭に、はっきりとした理解が落ちてきた。
(ダンジョンは……人を拒んでない)
(拒んでいるのは――耐えられない者だけだ)
レベル。
数値。
それは、安全に“線を引く”ための道具。
だが、自分は違う。
線を越えるために、
ダンジョン側が用意した――適合者。
地上に戻ったあと、
ミコトは静かに言った。
「もう、隠せないわね」
「……はい」
「あなたは、
ダンジョンに選ばれた」
重い言葉だった。
だが、否定できなかった。
夜。
アパートの天井を見上げる。
あの感覚が、まだ残っている。
(……最深部)
そこに、何があるのか。
それは、まだ分からない。
だが、一つだけ確かだった。
ダンジョンは、
自分に“降りてこい”と、
静かに呼びかけている。
それは、終わりではない。
――始まりだった。
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