第7話 歪む評価
深度マイナス2からの帰還は、静かだった。
エレベーターの中で誰も口を開かない。
金属が擦れる低い音だけが、やけに長く響いていた。
ユウトは壁にもたれ、目を閉じていた。
身体は重い。だが、意識ははっきりしている。
下にいた時の熱が、少しずつ引いていくのが分かった。
(……戻ってきた)
地上に近づくほど、自分が“普通”に戻っていく感覚。
それが、少しだけ寂しかった。
医療ブースでの検査は、またしても同じ結論だった。
「極度の疲労。外傷は軽度」
医師は端末を閉じ、首をかしげる。
「本当に、深度マイナス2に行ったの?」
「……はい」
「数値が合わないのよね」
それは、もう何度も聞いた言葉だった。
数日後。
ミナトシロ・ダンジョンの待機区画。
ユウトは、はっきりと視線を感じていた。
好奇心。
警戒。
そして――敵意。
「おい、あれが」
「レベルゼロのまま、深層に入ったって?」
「嘘だろ……」
囁きが、隠されていない。
ユウトは俯き、装備を確認するふりをした。
(俺は、何も変わってない)
そう思いたかった。
だが、周囲はもう、そう見ていない。
ミコトが近づいてくる。
「気にする必要はない」
「……難しいです」
正直な答えだった。
「評価が歪むのは、異常が出た証拠よ」
淡々とした声。
だが、守るような立ち位置。
その時、通路の向こうから拍手が聞こえた。
「いやあ、話題の新人って君?」
軽い声。
振り向くと、整った装備の青年が立っていた。
神原レン。
人気探索者。
実績も、レベルも、申し分ない。
「君が、レベルゼロで深層を荒らしてるって?」
言葉は柔らかい。
だが、目は笑っていない。
「荒らしてはいません」
ユウトは、短く答えた。
「へえ。じゃあ、偶然か」
レンは肩をすくめる。
「運がいいだけなら、深層じゃ死ぬ」
ミコトが一歩前に出る。
「うちの管理下よ。問題はない」
「それが問題だ」
レンは視線をユウトに戻した。
「数字が出ない奴は、信用できない」
周囲が静まり返る。
「探索は、レベルで管理されてる。
それを無視する存在は――秩序を壊す」
秩序。
その言葉が、胸に刺さった。
「俺は……」
ユウトは、言葉を探した。
「壊すつもりは、ありません」
「意思の問題じゃない」
レンは、きっぱりと言った。
「結果だよ」
そのまま、踵を返す。
「忠告だ。深層で目立つな。
君みたいなのは、長く持たない」
去っていく背中を、誰も止めなかった。
その日の探索は、浅層だった。
だが、ユウトの感覚は鈍い。
(……合わない)
違和感は感じるが、判断が遅れる。
《深度適応》の効果が、弱い。
小規模な戦闘で、判断が一瞬遅れた。
「っ……!」
爪が、脇腹を掠める。
すぐにミコトがフォローに入る。
事なきを得たが、空気が張り詰めた。
「大丈夫?」
「……はい」
だが、はっきりしていた。
(浅いと……俺は、弱い)
探索後。
待機室で、ユウトは一人、腰掛けていた。
レベル表示は、相変わらず。
【レベル:0】
数字は、何も語らない。
「……数字が正しいなら」
自分は、弱いままだ。
それでも――
深層では、確かに生きている感覚がある。
ミコトが、隣に座った。
「レンの言葉、気にしてる?」
「……少し」
「彼は、正しいわ」
ユウトは驚いて、顔を上げた。
「数字は、秩序よ。
それを否定する存在は、嫌われる」
「じゃあ……俺は」
「だから、選びなさい」
ミコトは、まっすぐ言った。
「評価を取るか。
それとも、深層を取るか」
ユウトは、答えなかった。
いや――もう、決まっていた。
(俺は……下で、生きてる)
数字が歪む。
評価が歪む。
それでも。
その歪みの先にしか、
自分の居場所は、ない気がしていた。
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