第5話 朝霧ミコト
医療ブースの白い天井は、もう見慣れてしまった。
ユウトは簡易ベッドに横たわり、ゆっくりと呼吸を整えていた。
全身が鉛のように重い。
それでも、致命的な異常はない――いつも通りだ。
「……回復、早すぎる」
端末を覗き込む医療スタッフが、ぼそりと呟いた。
聞こえないふりをする。
カーテンが開いた。
入ってきたのは、作業服ではなかった。
黒を基調とした軽装。
無駄のない装備。
立ち姿だけで、場慣れしていると分かる。
「あなたが、灰崎ユウト?」
落ち着いた女性の声。
低すぎず、高すぎず。感情が前に出ない。
「……はい」
「私は朝霧ミコト。探索者チーム《レイライン》のリーダーよ」
名前を聞いた瞬間、周囲の空気が変わった。
中堅以上なら誰でも知っている。
無謀な損失を出さない、堅実なチーム。
「単刀直入に聞くわ」
ミコトはベッド脇に立ち、ユウトをまっすぐ見た。
「どうして、あの動きができたの?」
言い訳は、思いつかなかった。
「……分かりません」
「正直ね」
それだけ言って、彼女は頷いた。
「数値は?」
「レベル、ゼロです」
「確認した。三回」
淡々とした口調。
だが、目だけは逸らさない。
「あなた、数字を見てないで戦ってるでしょう」
ユウトは、少し考えてから答えた。
「……見えないんです。先に」
「先に?」
「危ないって、分かるんです。理由は、後から」
ミコトは、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「勘?」
「たぶん……違います」
自分でも、はっきりしない。
それでも、否定だけはできた。
「身体が、知ってる感じです」
沈黙。
ミコトは腕を組み、数秒考えた。
「明日、うちのチームで下りる」
唐突だった。
「深度は?」
「ゼロより下。浅層」
ユウトの心臓が跳ねる。
「初心者は禁止の?」
「正式には、立入制限付き」
「……俺が行っても」
「あなたが来るから、行くの」
言い切りだった。
「見たいの。あなたが“壊れてない”かどうか」
厳しい言葉。
だが、敵意はない。
「一つだけ約束して」
ミコトは、低く言った。
「無理だと思ったら、必ず退く。ヒーローはいらない」
ユウトは、短く頷いた。
翌日。
探索者専用の待機室。
五人編成のチーム《レイライン》。
全員が、ユウトを観察している。
「……本当にレベルゼロ?」
小柄な女性が囁く。
「信じられないよな」
誰も、馬鹿にする笑い方はしなかった。
代わりに、距離を測る視線。
エレベーターが、深度を示す数字を下げていく。
――マイナス1。
空気が、明確に変わった。
重さが増し、音が遠のく。
ユウトの胸が、静かに熱を持つ。
(……こっちだ)
《深度適応》が、はっきりと働く。
ミコトは、その変化を見逃さなかった。
「……今、楽になった?」
「はい」
即答。
「普通は、逆よ」
彼女の口元が、わずかに緩む。
通路に出る。
浅層とはいえ、壁はひび割れ、視界が悪い。
索敵役が足を止めた。
「反応、二。いや、三」
ユウトの背中が、ぞくりとする。
(左奥。高低差あり)
言う前に、ミコトが手を上げた。
「左。段差に注意」
視線が集まる。
ユウトと、同じ判断。
戦闘は短かった。
チームの連携は的確で、無駄がない。
それでも――
ユウトが一歩踏み出すたび、状況が安定する。
「……不思議ね」
戦闘後、ミコトが呟いた。
「あなたが前にいると、事故が起きない」
ユウトは、何も言えなかった。
エレベーターへ戻る途中、ミコトが言った。
「灰崎ユウト」
「はい」
「正式に、うちの臨時メンバーにならない?」
深度マイナス1。
初めての層。
そこでユウトは、
初めて“居場所”と呼べるものを提示された。
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