第4話 数字が追いつかない


三度目の深度ゼロ。

エレベーターの扉が開いた瞬間、ユウトは微かに息を吸い込んだ。


空気が重い。

昨日より、ほんの少しだけ。


(……慣れてきてる)


それが良いことなのか、分からない。

ただ、胸の奥が落ち着くのを感じていた。


作業区域では、複数の探索者が動いていた。

初心者講習のグループ、中堅の資材回収班。

その視線が、ちらちらとユウトに向く。


「……あれが、例の」


「レベルゼロの?」


囁き声。

無視しようとしても、耳に入る。


測定ゲートを通過する。

表示が浮かび上がる。


 【レベル:0】 


ざわり、と空気が揺れた。


「またかよ……」


「バグじゃないのか?」


監督官が眉をひそめ、端末を操作する。

再測定。

結果は変わらない。


「数値上は、一般作業員以下だな」


淡々とした声。

だが、その目は鋭い。


「だが、記録は残ってる。モンスター討伐二体。単独」


ユウトは何も言えなかった。

反論する材料も、説明する言葉もない。


(俺だって、分からない)


作業が始まる。

ユウトは通路の壁際を進み、資材を回収していく。


違和感が、常にある。

遠くで何かが軋む気配。

床の下の、微かな振動。


《深層感知》が、静かに働いている。


(……左は、危ない)


無意識に進路を変える。

数秒後、先ほどの通路で小規模な崩落が起きた。


「おい、今の……」


後ろから声が上がる。

だが、ユウトは振り返らない。


心臓の鼓動が、落ち着いている。

以前なら、驚いて立ち尽くしていたはずなのに。


(なんで、平気なんだ)


理由はひとつしか思いつかなかった。


――ここだからだ。


突然、警告音が鳴った。

区域内にモンスター反応。


「全員、後退!」


号令。

初心者たちが一斉に下がる。


ユウトの視界に、黒い影が映った。

三体。昨日より多い。


足が、自然と前に出る。


「待て、灰崎!」


監督官の声が飛ぶ。

だが、身体が止まらない。


一体目が跳ぶ。

軌道が見える。

二体目は、少し遅れる。


(挟まれる)


瞬時に判断し、壁を蹴る。

床を滑り、影の間を抜ける。


爪が、肩を掠めた。

痛みが走る。


――その瞬間。


世界が、さらに研ぎ澄まされた。


(……これか)


痛みが、力に変わる感覚。

集中が極限まで高まる。


ユウトは瓦礫を掴み、振り向きざまに投げつけた。

直撃。

一体が吹き飛ぶ。


残り二体。

距離が詰まる。


(短時間だけ……)


分かっていた。

この感覚は、長く続かない。


踏み込み、殴る。

自分の拳が、信じられないほど重い。


二体目が倒れる。

三体目が怯んだ一瞬で、鉄パイプを突き立てた。


静寂。


膝が震える。

一気に疲労が押し寄せ、視界が揺れた。


「……は……」


倒れそうになった身体を、誰かが支えた。


「やりすぎだ、バカ」


聞いたことのない、低い声。

振り返ると、見慣れない探索者が立っていた。


「レベルはいくつだ?」


「……ゼロ、です」


男は、一瞬だけ言葉を失った。


「冗談だろ」


周囲の視線が、完全に変わっていた。

恐れ。

戸惑い。

そして、明確な警戒。


測定器が、また光る。


 【状態異常:極度疲労】 

 【スキルログ更新】 


だが、レベル表示は――変わらない。


 【レベル:0】 


(数字が……追いついてない)


医療ブースへ運ばれながら、ユウトは天井を見つめた。

身体は重い。限界だ。


それでも、確信していた。


この場所では、

数字より先に――

自分自身が、変わっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る