第44話 黄昏のスーパーマーケットと女帝の素顔

合宿所から徒歩十五分。海沿いの道を抜け、地元の小さなスーパーへ向かう。

夕暮れ時、オレンジ色の光が水面に反射して、僕と冴さんの影を長く引き伸ばしていた。


「……少年。さっきの試合、どう思った?」


「え? あ、すごかったです。バレーボールってあんなに速く動くものだとは思いませんでした」


「そうではないわ。私の動きよ」


冴さんが足を止め、僕を真っ直ぐに見つめる。


「凛のような派手さも、リサのような計算高さもない。ただ、無駄を削ぎ落としただけの私の動きは……貴方の目に、どう映っているのかしら」


「……綺麗でした」


僕は嘘偽りなく答えた。


「冴さんの動きは、なんていうか……隙がなくて、でも冷たいだけじゃなくて。見ていて背筋が伸びるような、そんな美しさがあります」


冴さんは一瞬驚いたように目を見開き、すぐにふいっと顔を背けた。


「……お世辞が上手くなったわね。

三年前の私を知る者は、皆『機械のようだ』と言って離れていったわ」


スーパーに着くと、冴さんは主婦顔負けの鋭い眼光で食材を選び始めた。


「玉ねぎは芯がしっかりしているものを。肉は脂身が多すぎない……少年、カゴを持って。

あら、この洗剤、学園の備品より安くなっているわね。予備で買っておきましょうか」


「冴さん、生活感がすごいです……」


「一人の期間が長かっただけよ。それに、今の私は『生徒会長』である前に、貴方たちの『顧問』……いいえ、ただの『一人の大人』だもの」


買い出しを終え、両手に重いビニール袋を提げて歩く帰り道。街灯がぽつぽつと灯り始め、潮騒の音が昼間よりも大きく聞こえる。


「……ねえ、悠真君」


不意に名前を呼ばれ、僕は心臓が止まりそうになった。


「あ、はい……何ですか?」

「私ね……怖かったのよ。三年前、あの男(零)に負けて、心が凍りついた時。もう二度と、誰かとこうして買い物をして、夕食のことを考えるような『普通の日々』は戻ってこないと思っていた」


冴さんは立ち止まり、僕の提げている袋の持ち手を、そっと一緒に握った。

僕の手に、彼女の少し冷たくて、でも震えている指先が触れる。


「……貴方が、私をあのリングから救い出してくれた。何度お礼をしても返しきれないぐらいに感謝してるの……だから、今のこの時間が、夢のようで……少しだけ、怖いの」


「冴さん……。夢なんかじゃないですよ。

重い荷物も、この後の夕飯作りも、全部現実です。僕が、ずっと証明し続けますから」


冴さんは僕の顔をじっと見つめると、今度は仮面を被らない、年相応の柔らかな笑みを浮かべた。


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