第38話 女帝たちの放課後、そして戦慄のランチタイム
合同練習会から一週間。ボクシング部の部室は、これまでにない熱気(と殺気)に包まれていた。
部の存続が決まったことで、部員募集のチラシを見てやってきた生徒たちが数人、部室のドアを開けようとしていたが――彼らは中からの異様な雰囲気を感じ取り、音もなく立ち去っていった。
「佐藤君。今日は私が、君のために『特製パワー・プロテイン・おにぎり』を作ってきたんだ。恋愛教本第550章『男の胃袋を掴む者は、リングの勝者をも凌駕する』! さあ、遠慮せずに食べてくれ!」
凛先輩が、自信満々に巨大なおにぎりを差し出してくる。見た目は黒光りする手榴弾のようだが、先輩の真っ直ぐな瞳には一切の迷いがない。
「ちょ、ちょっと待ちなさい凛さん。佐藤君は今、激戦の疲れを癒やすための『デトックス』が必要なのよ。私がフランスから取り寄せた最高級のハーブと、科学的根拠に基づいた低GIの特製サラダ、これこそが今の彼に相応しいわ」
リサが銀色のランチボックスを広げる。
そこには、宝石のように飾り付けられた(けれど、明らかに量が少なそうな)サラダが鎮座していた。
「……二人とも、そこまでになさい」
部室の奥、上座のパイプ椅子に座った冴さんが、静かに、けれど絶対的な威圧感を持って声を上げた。退院したばかりとは思えない凛とした佇まい。
しかし、その首元には僕がプレゼントした安物のストールが大切そうに巻かれている。
「少年。私のリハビリに付き合うという約束、忘れていないわね? 今日は放課後、私の『食事管理(デート)』に同行してもらうわ。異論はないわね?」
「「……っ!! 姉さん(冴さん)、それは職権乱用です!!」」
凛先輩とリサの叫びが狭い部室にこだまする。
挟まれた僕は、もはや逃げ場のないリングの中央に立たされている気分だった。
「あ、あの……三人とも。せっかく練習を再開したんですから、まずはシャドーボクシングから始めませんか?」
「「「そんなことより、どれを食べる(選ぶ)の!!?」」」
三人の女帝が一斉に僕に詰め寄る。
一週間前、あれほど感動的な結束を見せた彼女たちはどこへ行ったのだろう。
今の彼女たちの瞳にあるのは、北門工業の刺客よりも恐ろしい『独占欲』の炎だった。
「……わ、わかりました! じゃあ、全部……全部少しずつ食べますから!」
「そうか。なら、まずは私のおにぎりからだな。さあ、あーんしてくれ!」
「待ちなさい、消化に良い私のサラダが先よ! はい、あーん!」
「……少年。私の『指導』を優先しなさい。ほら、口を開けて」
僕は、三方向から差し出される箸やスプーンを前に、戦慄した。
……これ、もしかして、あの零(ゼロ)と戦うより体力が削られるんじゃないだろうか。
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