第23話 秘密の夜練(ミッドナイト・ワーク)は、月明かりの下で

冴さんから突きつけられた『全勝しなければ廃部&パートナー剥奪』という無理難題。

部室での凛先輩とリサの指導合戦は日に日に激しさを増し、僕の体はもはや悲鳴を上げる寸前だった。


「佐藤君、今日もリサに理論を詰め込まれたようだな。顔色が悪いぞ」


放課後の部活動が終わり、ヘトヘトになって帰路につこうとした時。校門の影から現れた凛先輩が僕の袖をぐいと引いた。


「せ、先輩? まだ何か練習が……?」

「……シーッ! 声が大きい。リサに聞かれたらどうする。……ついてこい。場所はいつもの、公園だ」


午後十時。人影のない街灯の下。

先輩は制服の上からパーカーを羽織り、手にボクシンググローブを二組ぶら下げていた。


「いいか、佐藤君。リサの教える『科学的アプローチ』は確かに合理的だ。だが、実戦で最後の一押しを決めるのは、そんな数値化できるものではない。……それは、相手の『心』を折る一撃だ」


先輩が月明かりの下で、ゆっくりと構えをとる。


「恋愛教本第112章『二人だけの秘密を共有する男女は、戦場(リング)においても一蓮托生となる』。リサには内緒の秘密の特訓だ」


先輩が教えようとしているのは、氷川流の極意――死角からのアッパーカットだった。


「いいか、相手の懐に潜り込んだ瞬間、あえて視線を下げる。そして、相手が『終わった』と確信してガードを緩めたその一瞬に、真下から突き上げる。リサのような理論派ほど、この非論理的な軌道には対応できない」


先輩の指導は、部室の時とは違って驚くほど丁寧だった。僕の腰に手を回して回転の仕方を教え、僕の腕を掴んで軌道を修正する。


「……あ」


修正の途中、先輩の体が僕の背中に密着した。

夜の冷たい空気の中で、先輩の体温と微かに香るシャンプーの匂いが鼻をくすぐる。

先輩も自分の行動に気づいたのか、急に動きを止めて顔を真っ赤にした。


「……っ! こ、これはあくまで技術指導だ! 変な意味はない! 密着することで筋肉の連動をその、確認しているだけで……」

「わ、わかってます。先輩、ありがとうございます」

「ふん。わかればいい。……佐藤君。絶対に負けるなよ。君をあの金髪に譲るなんて、私は死んでも嫌だからな」


先輩は僕の手をギュッと握りしめ、そのまま僕の肩に頭を預けた。月明かりに照らされた先輩の横顔は、いつもの『女帝』ではなく、ただ僕を必要としてくれている一人の女の子の表情だった。


だが、その時。

背後の植え込みから、パキリ、と小枝の折れる音がした。


「――あら。随分と熱心な『特別指導』ですこと。凛さん」


影からゆっくりと現れたのは、冷たい笑みを浮かべたリサだった。

その手には、ボイスレコーダーが握られている。


「抜け駆けは禁止と言ったはずよね?

さて、このルール違反、冴さんに報告されたくなければ……どう責任を取ってくれるのかしら?」


夜の公園に新たな修羅場のゴングが鳴り響いた。

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