第17話 鉄拳メイドの休息(ティータイム)は、嵐の前の静けさ
「……ふん、あんな金髪の派手な蹴りなど、私の『愛の特訓』に比べれば、そよ風のようなものだ。気にするな、佐藤君」
リサが去った後。凛先輩はメイド服のスカートを乱暴に整えながら、鼻を鳴らした。だが、その指先がわずかに震えているのを僕は見逃さなかった。
かつての宿敵、しかもボクシングの天敵とも言える『蹴り』を使いこなすキックボクサーの登場。動揺しないはずがない。
「先輩……。本当は、すごく強い相手なんですよね、リサさん」
「……ああ。中等部の決勝で戦った時も、判定までもつれ込んだ。私の左目のカット(傷)は、彼女のハイキックによるものだ」
先輩は自分の目尻をそっと指でなぞる。
「だが、今の私には君がいる。恋愛教本第70章によれば、『守るべき者が傍にいる格闘家は、通常の1.5倍の火力を発揮する』とある。実証済みだ」
「はい、合宿で冴さんに立ち向かった時、確かにそんな気がしました」
僕が笑って答えると、先輩は「む……」と顔を赤くして視線を逸らした。そんな僕たちの『世界観』をぶち壊すように、冴さんがパチンと指を鳴らした。
「おしゃべりはそこまでよ。トーナメントは明日の午後。それまで、このメイド喫茶を黒字にしてみせなさい。それが、リングに上がるための最低条件よ」
文化祭の初日。
マッスル・メイド喫茶『リングサイド』は、予想外の大盛況だった。
「お帰りなさいませ、ご主人様! ……おい貴様、そこはストレートの軌道で座れと言っているだろう! 接客マニュアル第3条、『お客様は対戦相手だと思って敬意を払え』だ!」
「先輩、マニュアルが格闘技に寄りすぎてます!」
メイド服姿でテキパキと、しかし威圧感たっぷりに接客する先輩。
そのギャップが逆に踏まれたい男子生徒たちの心に刺さったのか、行列は途切れることがない。
一方、金髪のリサは、客席の隅で優雅に紅茶を啜りながら、僕たちの働きぶりを冷徹に観察していた。
「……凛さん。そんなに愛想を振りまいて、拳が鈍ったのではありませんか?」
リサがふらりと立ち上がり、僕の横を通り過ぎる。その際、彼女の長い金髪が僕の肩に触れた。
「……ねえ、佐藤君といったかしら。凛さんのどこがいいの? あんな無骨で、恋愛偏差値が底辺の筋肉女の。私なら、もっと『優雅な勝ち方』を教えてあげられるわよ」
リサが僕の耳元で囁く。
甘い香水の香りと、冷たい挑戦的な視線。
その瞬間、部室内の温度が急速に低下した。
「――リサ。私のパートナーに無駄なフェイントをかけるな」
気づくと、先輩が僕とリサの間に割り込んでいた。手に持ったトレイが、みしりと音を立てて歪んでいる。
「彼は私の弟子であり、スパーリングパートナーだ。そして、私が唯一、背中を預けると決めた男だ。手出しは、私が許さない」
先輩の瞳には、接客用の作り笑いではない、本物の『女帝』の光が宿っていた。
「……ふふ、いい顔。そうでなくては、明日のマットが冷たくて可哀想ですもの」
リサは不敵な笑みを残して、喧騒の中へ消えていった。静まり返った店内で、先輩は僕の手をギュッと握りしめる。メイド服のレース越しに伝わる、熱い、熱い温度。
「佐藤君。明日は絶対に負けられない。
部のためでも、姉さんのためでもない。
……私自身の『プライド』のために」
「はい、先輩。最高のセコンドになってみせます」
文化祭の喧騒は、夜の静寂へと溶けていく。
明日の午後。
メイド服を脱ぎ捨てた二人の少女が、そして僕が、それぞれの想いを拳に乗せて激突する。
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