第7章 開拓者の名を持つ災厄
その揺れは、前触れなく始まった。
最初は微震だった。
床の上に置かれた器が、かすかに鳴る程度の、ごく弱い揺れ。
だがそれは、数時間おきに、確実に強度を増していった。
大地が、息をしている。
そう錯覚させるほど、規則的で、意志を感じさせる振動だった。
街では、人々が家の外へ飛び出していた。
子どもは泣き、老人は地面に膝をつき、祈るように空を見上げている。
「まただ……」
「今月に入って、何度目だ……」
誰も原因を知らない。
だが、皆が本能的に理解していた。
——これは、自然災害ではない。
ハヤタは、街の外縁に立ち、地面に手を当てていた。
銀色の巨体越しにも、はっきりと伝わってくる。
地殻深部で、何かが動いている。
掘り進め、組み替え、準備を整えている。
それは、惑星を“住みやすくする”ための作業だった。
——人類にとって。
ハヤタの脳裏に、船内AIの声がよみがえる。
-Z.E.T.T.O.N.-
Zoning & Ecosystem Terraforming Tactical Operation Network
【惑星区画化・生態系調整・テラフォーミングを統合管理する戦略オペレーションAI】
「……ゼットン……」
その名を口にした瞬間、揺れは一段階、強くなった。
地平線の彼方。
黒い影が、ゆっくりと姿を現す。
それは生物ではなかった。
だが、完全な機械とも言い切れない。
無機質な装甲に覆われた巨体。
六角形と円環を組み合わせたような構造体が、重力を無視して浮遊している。
装甲の隙間からは、脈打つような光が周期的に明滅していた。
——まるで、惑星そのものの鼓動と同期するかのように。
ゼットンは、周囲を一瞥することもなく、淡々と行動を開始した。
大地に向けて、不可視の波動が放たれる。
次の瞬間、山脈の一部が崩れ、地表が沈下し、地形そのものが書き換えられていく。
破壊ではない。
整理だ。
この星を「区画化」し、「調整」し、「最適化」するための——準備。
惑星民にとっては、世界の終わりそのものだった。
「止めてくれ……」
「巨人よ……」
街の方角から、か細い声が届く。
祈りに近い、叫び。
ハヤタは、拳を握りしめた。
——これが、人類の未来のための装置。
——開拓の名を冠した、合理の化身。
だが、この星に生きる者たちにとって、それはただの災厄だ。
「ゼットン……停止しろ!」
返答はない。
代わりに、ゼットンの正面装甲が展開し、内部構造が露わになった。
空間が歪み、熱量が急激に上昇する。
ハヤタは、即座に高エネルギー状態へ移行した。
赤いラインが全身に浮かび上がり、マスクが展開される。
「——やるしかない……!」
突進。
だが、距離を詰める前に、見えない壁に弾かれた。
衝撃が、内臓を揺さぶる。
巨体が空中で制御を失い、地面へ叩きつけられた。
ゼットンは、動じない。
その周囲では、重力が歪み、時間の流れすら乱されている。
ハヤタの動きが、明らかに鈍くなっていく。
——違う。
——遅いのは、俺じゃない。
この空間そのものが、ゼットンに有利な条件へと再構築されている。
ハヤタは立ち上がり、腕を掲げた。
スペシウム光線のチャージ。
だが、放たれた光は——途中で、消えた。
吸収されたのだ。
ゼットンの装甲表面が淡く輝き、エネルギーを取り込むように収束していく。
「……そんな……」
次の瞬間、反射された光が、ハヤタを直撃した。
銀色の巨体が、後方へ吹き飛ぶ。
大地に叩きつけられ、深いクレーターが生まれる。
赤いラインが、不規則に明滅を始めた。
限界が近い。
それでも、ハヤタは立ち上がろうとした。
——守ると決めた。
——責任から、逃げないと。
だが、ゼットンはそれを許さない。
無言のまま、重力制御フィールドを最大出力へ引き上げる。
ハヤタの身体が、地面に縫い止められた。
一歩も、動けない。
「……くそ……!」
視界の端で、街が見える。
逃げ惑う、小さな人影。
守れない。
その現実が、胸を抉った。
ゼットンは、作業を再開する。
ハヤタを“排除すべき障害物”として認識しつつも、優先度は低い。
——人類の未来には、不要な存在。
その判断が、何より残酷だった。
赤いラインが、完全に消える。
銀色の身体が、重く地面に沈んだ。
ハヤタは、敗北した。
空には、冷たい光が浮かんでいた。
それは星ではない。
開拓者の名を持つ、災厄の目だった。
この世界は今、
人類の未来と引き換えに、
静かに終わりへと向かっている。
——そして、まだ誰も知らない。
この敗北が、
惑星民自身の手で未来を選ばせる、
最初の引き金になることを。
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