第5章 偽りの巨人

ダダ事件から数日が経過していた。


ハヤタは、再び軍の研究施設へと招かれていた。

巨大な身体を収めるために設計された臨時格納区画。コンクリートと鋼鉄に囲まれた空間は、彼にとって妙に息苦しかった。


正面に立つのは、軍の責任者イデだった。

その背後には科学者たちと、武装した兵士が控えている。

だが、銃口は下げられていた。


「……改めて聞かせてほしい」


イデは、はっきりとした声で言った。


「この星で起きている“巨大化災害”の原因を」


ハヤタは一瞬、沈黙した。

だが、もう迷いはなかった。


「生態進化技術です」


短い言葉が、空間に落ちた。


「俺たちの宇宙船スペースM-78が搭載していた技術。本来は、過酷な惑星環境に生物を適応させるためのものだった」


彼は続けた。


「ナノマシン、エネルギー媒介、進化誘導ウイルス……複数の技術を束ねたものです。制御下では文明の補助になる。ですが――」


拳を、強く握る。


「この惑星に流出し、自然環境や原子炉跡のエネルギーと結びついた。それが、怪獣を生んでいる」


ざわめきが走った。


イデは目を伏せ、静かに問い返す。


「……なぜ、今まで黙っていた」


「混乱を恐れました」


即答だった。


「技術が恐怖の対象になると思った。だが、それは言い訳です。……結果として、あなた方を危険に晒した」


巨大な身体が、わずかに震えた。


「俺たちが、この星に災厄を持ち込んだ。その責任は、俺にあります」


イデは長く息を吐いた。


「なら、なぜ今も戦う?」


ハヤタは顔を上げた。


「この世界を、これ以上壊したくない」


それだけだった。

命令でも、契約でもない。

選択だった。


――その瞬間、警報が鳴り響いた。


「都市上空に巨大反応! 高度、急上昇中!」


モニターに映し出されたのは、銀色の巨人。


赤いラインを浮かび上がらせ、空中に静止している。


ハヤタの、姿だった。


「……俺じゃない」


次の瞬間、偽の巨人が急降下し、ビルを蹴り砕いた。

爆風と瓦礫。逃げ惑う人々。


「第三の巨人……?」


「どっちが本物だ……!」


ハヤタは、理解した。


「ザラブ……!」


模倣と欺瞞を得意とする存在。

信頼を破壊するために、最も効果的な手段を選んだ。


瓦礫の街に、二体の銀色の巨人が向かい合っていた。


赤いラインを浮かべたハヤタと、まったく同じ姿をしたもう一体。

だが、その目だけが――嘲るように歪んでいる。


「どうした? “守護者”」


ザラブはハヤタと同じ声で笑った。


「お前が来てから、被害は増えてる。小さき者たちは、もう分からなくなってるぞ。

 どちらが災害かってな」


ハヤタは答えなかった。


背部装甲が展開し、ナノマシンが再構成される。

翼ではない。

推進ユニットが点火し、白い衝撃波とともに空へと射出される。


重力加速飛行。


二体の巨人が、空中で対峙した。


「見ろよ」


ザラブが、ハヤタと同じ声で嗤う。


「お前が守るって言った世界だ。もう疑ってる」


次の瞬間、激突。


拳と拳がぶつかり、空気が爆ぜる。

高度数百メートル。

落下すれば、街が壊れる。


ハヤタは、攻撃角度を限定し、被害を最小限に抑えながら応戦した。


「甘いんだよ!」


ザラブの蹴りが直撃し、ハヤタは後退する。

だが、背部推進を再点火し、体勢を立て直した。


——ここで終わらせる。


腕部に、エネルギーが集束する。

空気中の酸素が分解され、変換され、白銀の光となる。


ザラブは気づいた時には、遅かった。


「なっ――」


ハヤタは、腕を突き出した。


眩い閃光。


空中で、光が交差し、爆ぜる。


スペシウム光線。


ザラブの身体は悲鳴とともに引き裂かれ、空中で完全に爆散した。


燃え尽きる残骸が、夜空に消えていく。


静寂。


街は、ただその光景を見上げていた。


ハヤタは、ゆっくりと降下し、地面に立った。


——守った。

だが、同時に知っていた。


これは、まだ序章だ。


瓦礫の影、誰にも気づかれぬ場所で、

一人の男が、その一部始終を見つめていた。


黒い宇宙服。

紫色のラインが、脈動するように浮かび上がっている。


手には、一冊の古い書物。


「――人は、選択によってのみ、人となる」


ゲーテの言葉を静かに呟き、男は本を閉じた。


「さあ……次は“証明”の時間だ」


その名を、まだ誰も知らない。


だが彼は、すでに世界の裏側で、

次の災厄を準備していた。


静かに。

確実に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る