第3章 失われた理性

警報音が、都市全体を引き裂くように鳴り響いていた。


ハヤタは、軍の誘導に従い、慎重に足を進めていた。

巨大な身体が一歩動くたび、地面は低く唸り、舗装が蜘蛛の巣のようにひび割れる。

自分がこの世界にとって「異物」であることを、嫌というほど思い知らされる。


《――反応確認。目標は生体反応のみ。機械装甲なし》


通信越しに、イデの冷静な声が届く。


瓦礫の向こう。

煙の中から、それは姿を現した。


歪んだ鱗に覆われた巨体。獣のような四肢。

だが、その輪郭にはどこか人工的な違和感があった。


「……ベムラー……」


ハヤタの喉から、震えた声が漏れる。


それはかつて、宇宙船【スペースM-78】で飼われていた存在だった。

フジの後をついて回り、ダダの研究室を荒らし、ザラブにからかわれては威嚇していた、小さな命。


――それが今、都市を覆うほどの巨体となり、無差別に破壊を撒き散らしている。


生態進化技術。

本来は環境適応のために用意されたはずのもの。

それがこの惑星に流出し、制御を失った結果が、この惨状だった。


ベムラーは咆哮した。

そこに理性の欠片はない。ただ破壊だけがあった。


「ベムラー……俺だ。分かるか」


ハヤタは両手を広げ、ゆっくりと近づいた。

かつての癖を思い出させるように、低く語りかける。


一瞬、獣の動きが止まったように見えた。


だが次の瞬間、巨大な尾が振り下ろされ、街区が一つ消し飛んだ。


《退避! 全部隊、退避を――!》


ハヤタは歯を食いしばる。

思い出そうとしたのか。ただの錯覚だったのか。

どちらにせよ、もう戻らない。


――守るべきは、今ここにいる小さき者たちだ。


銀色の宇宙服の内部で、ナノマシンが限界域に突入する。

赤いラインが血管のように全身へ浮かび上がり、顔部のマスクが展開された。


高重力・高エネルギー状態。

惑星民の時間では数分。

だがハヤタの主観では、引き延ばされた戦いが始まる。


ベムラーが突進する。

ハヤタはそれを受け止め、地面に膝をついた。

圧倒的な質量。それでも、押し返す。


「……ごめんな」


腕部にエネルギーが集束する。

空気中の酸素が分解され、変換され、白銀の奔流となる。


「一緒に帰るはずだったんだ……」


返事はない。


ハヤタは腕を突き出した。


眩い閃光。

スペシウム光線がベムラーの胸部を貫き、内部から焼き尽くす。


咆哮は途切れ、巨体はゆっくりと崩れ落ちた。


沈黙が訪れる。


赤いラインが消え、銀色の身体が元へ戻る。

急速なクールダウンが、全身を蝕む。


街の人々は、巨人を見上げていた。

畏怖と感謝、そして拭いきれない恐怖を宿したまなざしで。


――災厄を制した、別の災厄。


その夜、倒れたベムラーの影は壁画として描かれ始めた。

そしてその前に立つ、銀色の巨人の姿も。


同じ頃、軍の研究施設では異変が観測されていた。

封鎖された原子炉跡で、意図的な進化反応が検出されたのだ。


偶然ではない。

誰かが、選別を始めている。


ハヤタは静かに確信する。


――ベムラーは、始まりに過ぎない。


世界は、次の問いを準備していた。

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