第2章 隔離と対話

白い天井だった。

 無機質な光が、一定のリズムで瞬いている。

 ハヤタは、目を開いた瞬間、自分がまだ生きていることを理解した。


 ――捕らえられた。


 その事実は、恐怖よりも先に、奇妙な安堵を伴って胸に落ちた。

 少なくとも、この惑星の知的生命体は、自分を即座に「排除対象」とは見なさなかったらしい。


 巨大な身体は、専用に拡張された格納区画に横たえられていた。

 床には強化金属の固定具、壁には無数のセンサー。

 銀色の宇宙服の表面を、淡いレーザーがなぞっている。


 ガラス越しに、人影があった。

 いや――小さな人間たちだ。


 数十人。

 軍服を着た者、白衣の科学者、武装兵士。

 全員が、こちらを見上げている。


「……起きているな」


 拡声器越しの声。

 低く、疲労と責任の重さを帯びた男の声だった。


「私は、この基地の指揮官、イデだ。

 君が何者か、聞かせてもらおう」


 ハヤタは、一瞬、言葉を選んだ。

 ここでの一言が、この惑星との関係を決める。


「……私は、侵略者ではありません」


 その声は、宇宙服の変換機構を通して、空間に響いた。

 惑星民の言語体系に自動翻訳されていることを、彼は確認する。


宇宙船スペースM-78の搭乗員。

 開拓と調査を目的とした宇宙飛行士です」


 ざわめきが走る。

 科学者たちが、慌ただしくデータをやり取りしている。


「君は……ずっと、その大きさなのか?」


「ええ。

 この惑星では、私が“巨大”になるのではない。

 あなた方が……小さい」


 沈黙。


 だが、それは敵意の沈黙ではなかった。

 理解しようとする者たちの沈黙だった。


「意思疎通は可能だな」


 イデは、短く息を吐いた。


「なら、聞いてほしい。

 この数年、我々の世界では“巨大災害”が頻発している」


 ホログラムが展開される。

 都市を踏み潰す影。

 山のような生物。

 破壊されたインフラ、逃げ惑う人々。


「原因は不明だ。

 だが、君がこの惑星に現れる前から、確かに起きていた」


 ハヤタの胸が、わずかに締め付けられた。

 自分の到来が原因ではない。

 それでも、彼は知っていた。


 ――生態進化技術。


 自分たちが持ち込んだ“可能性”が、何かを歪めていることを。


「我々は、君を敵とは判断していない」


 イデの声は、はっきりしていた。


「だが、君ほどの力を持つ存在を、このまま野放しにもできない。

 協力してもらいたい」


「……何を、すればいい?」


 その問いに答える前に、基地全体が震えた。


 警報。

 赤色灯が回転し、甲高いサイレンが鳴り響く。


「巨大反応、発生!」


「座標、北部沿岸――移動速度、異常!」


 空気が変わる。

 兵士たちの顔から、迷いが消えた。


 イデは、ハヤタを見上げた。


「これが……君に見せたかった現実だ」


 移送は迅速だった。

 ハヤタは、基地の外へと誘導される。

 小さな戦闘機、戦車、輸送車両が、彼の足元を走り抜けていく。


 そして――。


 霧の向こうから、それは姿を現した。


 巨大な影。

 うねる身体。

 見覚えのある輪郭。


「……そんな……」


 ハヤタの喉から、声が漏れた。


 かつて、宇宙船の中で。

 無重力の檻の中で。

 人懐こく尾を振っていた存在。


「ベムラー……」


 だが、そこにいたのは、もはや“ペット”ではなかった。

 理性を失い、破壊衝動に突き動かされる怪獣。


 砲火が放たれる。

 だが、効かない。


 ハヤタは、一歩、前に出た。


 惑星民たちの、期待と恐怖が、同時に背中に突き刺さる。


 ――守れるのか。

 ――止められるのか。


 彼は、銀色の拳を、静かに握りしめた。


 かつての友に、呼びかけるように。


「……思い出せ。

 お前は――」


 だが、ベムラーは咆哮で答えた。


 対話は、もう届かない。


 この惑星での“戦い”が、今、始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る