第1章 小さき者たちの世界

ハヤタが意識を取り戻した時、まず感じたのは、重さだった。

 自分の身体が、惑星そのものに押し潰されているような錯覚。だが、痛みはない。宇宙服――銀色の装甲が、彼の全身を包み込み、重力と衝撃を分散させていた。


 ゆっくりと、視界が明瞭になる。


 空は青かった。

 雲の流れ、太陽光の角度、風に舞う塵。どれも、地球と酷似している。だが――


「……小さい」


 ハヤタは、思わず呟いた。


 彼の視界の下方、足元一帯に、街があった。

 いや、街に見える“もの”が、あった。


 ビル群。道路。橋。

 だがそれらは、彼の膝下にも満たない高さで、精巧な模型のように整然と並んでいる。


 次の瞬間、騒音が耳に届いた。


 回転音。爆音。警告音。


 ハヤタの周囲を、無数の飛行物体が取り囲んでいた。

 ヘリコプターだ。――いや、正確には「ヘリコプターに似た兵器」。回転翼の形状、機体のフォルムは地球のそれとほぼ同じだが、細部の構造や塗装が微妙に異なる。


 さらに地上では、クレーン車が何台も展開され、巨大なワイヤーが彼の脚へと伸びていた。

 戦車――それも、数え切れないほど。砲塔が一斉に、彼を見上げている。


「……威嚇、か」


 ハヤタは動かなかった。

 ほんの僅かでも身じろぎすれば、この小さき世界は壊れてしまう。


 通信回線を開く。


「こちら、スペースM-78所属、宇宙飛行士ハヤタ。意図的な侵略行為は――」


 言葉は、途中で途切れた。


 彼の声は、届いていない。

 宇宙服の自動翻訳・通信機構は作動している。だが、彼の存在そのものが、彼らにとっては「災害」なのだ。


 ヘリの一機が、彼の顔の高さまで上昇した。

 透明なキャノピー越しに、小さな人影が見える。

 怯えた目。だが同時に、怒りと決意も宿している。


 次の瞬間。


 ――閃光。


 閃光弾のようなものが、彼の胸部装甲に弾けた。衝撃はない。だが、合図だった。


 戦車砲が、次々と火を噴く。


 ハヤタは、反射的に腕を上げた。

 砲弾は、彼の前腕装甲に当たり、火花を散らして弾かれる。都市の端で、爆風が巻き起こる。小さな建造物が、紙細工のように崩れ落ちた。


「やめろ……!」


 彼は、叫んだ。

 だが、それは彼自身に向けた叫びでもあった。


 ――俺が、ここに立っているだけで。


 ――この世界は、壊れていく。


 その時、視界の端に動きがあった。


 瓦礫の隙間から、数人の惑星民が現れた。

 武器を持たない。布のような衣服を纏い、互いに支え合いながら、必死に何かを叫んでいる。


 ハヤタは、ゆっくりと膝をついた。


 大地が、揺れる。

 だが彼は、全ての制御をナノマシンに委ね、衝撃を最小限に抑えた。


 そして――

 人差し指ほどの大きさの人影に向けて、そっと、手のひらを差し出す。


 その瞬間、戦場は静まり返った。


 ヘリの回転音も、砲塔の動きも、止まる。


 小さき者たちは、目の前の“巨人”を見上げていた。

 破壊者でも、神でもない。

 ただ、困惑し、戸惑う一人の存在として。


 ハヤタは、理解した。


 この惑星では、

 巨大であること自体が、罪なのだ。


 そして――

 彼は、もう二度と「観測者」には戻れない。


 この世界は、彼を災害として迎え入れたのだから。

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