光の漂流者

小柳こてつ

序章 漂流者たち

-遥か遠い未来-


宇宙船【スペースM-78】は、静かすぎるほど静かだった。


艦内照明は一定の白色を保ち、通路の壁面を流れる航行データが淡々と数値を更新し続けている。

その中央制御区画で、十二名の宇宙飛行士がそれぞれの持ち場にいた。


「――最終航行確認。重力帆、安定」


低く通る声で指示を出したのは、ミッションリーダーのムラマツだった。

白髪交じりの髪と刻まれた皺は、この船が初任務ではないことを雄弁に物語っている。


「生命圏突入まで、あと四十八時間です」


そう報告したのは、操縦席横のハヤタだった。

若いが、声音に無駄な揺れはない。


「相変わらず几帳面ね、ハヤタ」


背後から、軽やかな声が飛んだ。

フジだ。彼女は補助端末を抱えながら、からかうように笑っている。


「仕事ですから」


「それが可愛いって言ってるのよ」


「はいはい、フジ。仕事中に色気を出すなって」


割って入ったのはザラブだった。

椅子にだらしなく腰かけ、端末を指先で回しながらニヤつく。


「任務規定第七条。高度文明惑星に対する私的接触は禁止だぜ?」


「あなたに言われたくないわ」


フジは即座に切り返す。


制御区画の隅では、ダダが黙々とデータを読み込んでいた。

周囲の会話など聞こえていないかのように、惑星サンプルの仮想解析に没頭している。


その隣、隔壁に背を預けて座る男が一人。

彼は電子書籍を静かにめくっていた。


「……悪魔は人の内に住む、か」


小さく呟いた言葉に、ムラマツが視線を向ける。


「メフィラス。まだそれか?」


「ああ。何度読んでも面白い」


彼は微笑む。

皆が半ば冗談でつけたあだ名――メフィラス。

ゲーテの『ファウスト』を好んで読む、その癖からだった。


そして足元では、四足の小型生物が眠っている。

船内ペットのベムラーだ。

爬虫類の様な薄い皮膜を持つ生体は、時折夢を見るように尾を揺らした。


その時だった。


――警告音。


短く、だが致命的な音。


「何だ?」


ムラマツが顔を上げる。


《警告。重力航路に異常振動を検知》


艦内に響いたのは、冷静すぎる声だった。


「Z.E.T.T.O.N.、詳細を」


ハヤタが即座に問いかける。


《未確認重力干渉。原因不明。回避行動を推奨》


「原因不明だと?」

「冗談だろ、ここまで来て」


ザラブが舌打ちする。


次の瞬間、船体が――軋んだ。


「くっ……!」


制御区画全体が激しく揺れる。

照明が赤に切り替わり、警告が重なって鳴り響いた。


《重力帆、制御不能》


《船体構造限界を超過》


「全員、衝撃に備えろ!」


ムラマツの叫びと同時に、爆音が走った。


――爆発。


《スペースM-78》は、内側から引き裂かれるように崩壊した。


ハヤタの視界が白に染まる。


無重力。


そして、放り出される感覚。


破片、光、仲間の叫び。

宇宙飛行士たちが、一人、また一人と宇宙空間へ投げ出されていく。


「フジ!」


伸ばした手は、届かない。


《緊急判断》


Z.E.T.T.O.N.の声が、直接脳裏に響いた。


《生存確率最大化のため、あなたを高重力圏へ射出》


「待て――!」


答える暇はなかった。


強烈な加速。

意識が引き剥がされる。


気づいた時、ハヤタは大気の炎に包まれていた。


落下。


ただ、落ちる。


仲間も、船も、すべてを失ったまま。


「……ここは……」


視界の先に、青と緑が見えた。


未知の惑星。


そして彼は知らなかった。


――自分が、この星にとって“巨人”として現れることを。


世界が、彼を災害と呼ぶ未来を。

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