夜の宴

赤雪トナ

第1話

 年の瀬が迫るある夜のことでございます。

 佐吉という名前の男が夜道を月明りを頼りに歩いていました。

 両親はおらず、嫁もいない長屋に気楽な一人暮らし。仕事帰りには好き勝手に飲み食いする毎日でした。

 今日も酒をたらふく飲んで、顔を赤くしながらご機嫌な様子。

 ふらふらとあやしげな足取りの佐吉の耳に、なにか聞こえてきます。


『もうすぐじゃ、お祝いしなんせお祝いしなんせ』


 ちゃんちゃんばっさばっさという音と一緒に誰かが歌っています。

 なんじゃろかと佐吉は首を傾げます。

 声は少し先の角の向こうから聞こえてくるようです。


「ちょいと覗いてみるか」


 佐吉は酔いに任せた好奇心から声の主を確かめてみます。

 ひょいっと角から顔を出した佐吉が見たのは、茶碗や徳利たちの宴。

 箸で自身を叩いて音を出す茶碗、自身を地面にこつこつと叩く徳利、ときおわりぼわっと小さな火を出す提灯、開いて閉じてを繰り返す傘。

 ほかにも手ぬぐい、ハサミ、鍋といったものが一緒に騒いでいるじゃありませんか。


「こりゃ驚いた。物の怪たちの宴会だ」


 目を丸くして宴を見た佐吉は、三軒隣のおたつさんから聞いたことを思い出しました。

 はるか西、京の都では妖たちが行列をなして騒ぐことがあると。

 これも似たようなものかと佐吉は珍しいものを見たと思いつつも、そっと角の向こうに顔を戻します。


「物の怪なんぞに関わってもいいことありゃせんわ。それに年明けを待ち望む宴を邪魔するのも悪かろう。ここは見てなかったことにするのが吉ってな」


 佐吉は物の怪たちに見つからないように来た道を戻って家まで遠回りで帰っていきました。

 そんな佐吉に気付いたか気付かなかったか、物の怪たちは佐吉を追うようなことはなく、宴は続いていきました。


 宴を見た日からいくらか時間が過ぎて、年も明けたある日。

 佐吉はお寺に行きお坊さんに会う機会がありました。

 そこで話題のついでにと、あの夜に見たことを話してみます。


「物の怪の宴会を見たと?」

「おうさ。酔っぱらった頭がすーっと冷めるくらいにはおっどろいたね」

「酔っ払いの見間違いじゃないのかね」

「そうかもしれんが、そうじゃなければ珍しいものだろ?」

「そりゃそうじゃな。それでお前さんは宴を見てどうしたんだい」

「どうもしねえよ。物の怪なんぞに関わるもんじゃねえ。来た道を引き返して遠回りに帰ったのさ」


 それがよかろうとお坊さんも頷きます。


「しかしあれだね。物の怪にとっても新年はめでてえもんなんだな」

「ふーむ、そうなんじゃろうか」

「違うってのかい?」


 お坊さんは言います。

 人間と物の怪は違うもの。人間にとってはめでたいことでも物の怪にとっては不吉かもしれぬ。


「だがもうすぐだとか言っていたぜ? あの時期なら年明けを待ち望んでいたと思うんだけどねぇ」

「佐吉よ。その宴はどこで見たか覚えておるかね」

「そりゃあそこよ。評判のよくないお武家様の御屋敷の近く」


 佐吉が告げた屋敷の主の名前に、お坊さんは心当たりがありました。


「あそこか……そういえば、あそこの屋敷に空き巣が入ったそうだ」

「そんなことがあったのかい!」


 初耳だと佐吉は驚いてみせます。

 

「いろいろと持ち出されてざまあみろと影で笑う者もいたそうだ」


 そう言ったお坊さんはわかったと手をぽんと叩く。


「なにがわかったってんだい」

「物の怪たちは屋敷から出られることを祝っておったのじゃよ。屋敷の主の悪評の一つに物の扱いが荒いというものがあったのだ」

「へえー、そんな評判がね」

「そんな場所から逃げられることを茶碗たちは喜んでおったのじゃろうな」

「空き巣が入ることを物の怪たちは知ってたのか」

「人間にはない不思議な力を使うのが物の怪だ。知っていても不思議ではなかろうて」


 なるほどなと佐吉は納得して頷いています。


「佐吉よ。もし屋敷の主が物を大切にする人物なら、物の怪たちは夢などで空き巣について知らせたかもしれんな」

「かもしれねえな」

「ところが宴を開かれるくらいには喜ばれた。物の怪にも見放されるような人物なら、お家も先が短いかもしれぬな」


 ちげえねえやと佐吉も同意します。

 お坊さんは自分の持ち物を見てから佐吉を見て言います。

 身の回りのものが壊れ破れるのは仕方ないが、丁寧に扱ってやらねばわしらも同じような目に遭うかもしれぬ。

 そりゃ怖いと佐吉も長屋の部屋を思い返し、真面目に掃除してみるかと思ったのでした。

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