第4話:篠原ホノカはサキュバスである <2>

さて、もうひとつの能力のことね。

それは、男と契約して「しもべ」にすることができるというもの。


――やっぱり男を狂わせるんだろうって? 違うってば!

しもべにするといっても、自由に操れるようになるわけじゃないのよ。

人格が失われることもなく、しもべの意志で自由に行動できるわ。

それに、しもべになると私と同じくらいに体が丈夫になるっていうメリットもあるんだからね。


その代わりデメリットもあるけど――72時間以上、私から離れていると死んでしまうっていう。


……あっ、お願いだから引かないで! 最後まで話しを聞いてよ。

72時間以内に一度、主人であるサキュバスの肌に触れればいいの。だから、精を吸収しないといけないサキュバスよりは楽でしょ?


私がユキトと24時間以上、離れないのはこの制約が理由。

私はユキトをしもべにしているの。結婚したときからずっと。


72時間じゃなくて24時間なのは、マージンを取っておかないと、何かトラブルが生じたときに危ないから。

ギリギリになっちゃったら、それこそ落ち着いてようなメンタルじゃないからね。焦って出来なかったせいで、ユキトの目の前で死ぬのなんて絶対に嫌なの。


だからこれは、ふたりが生きていくために、ふたりで決めた私たちの大切なルール。

実際に私とユキトは結婚してからずっと、3日と空けずにベッドを共にしているわ。


……ああ、もう、産婦人科に来たわけでもないのに、なんで夫婦生活について告白しなくちゃいけないのかしら。

まあ、ユキトと一緒になってからは、ユキト一筋だし、隠し立てするようなことは何もないんだけどね。


私たちは、どこかに出かける時も、いつでもルールに則って、ふたりで移動することが多いの。

コンビニとかスーパーにお買い物に行くくらいなら、ひとりで行くこともあるけれど、それだって事務所を構えた今では若い子に頼んじゃうことが多いけどね。


泊まりがけの出張なんかは、必ずふたりで行っているし、宿も同じ部屋をとっている。私とユキトは正真正銘の夫婦だから、後ろめたいことなんかないしね。せいぜい、「まだまだ仲が良いのね」とか「ずっとアツアツ」とか、たまに「いつまで新婚気分でいるつもり」なんて言われるくらいよ。


あ、でも、最初の頃は「24時間」じゃなくて「36時間以上は離れない」というルールにしていたの。国内の1泊出張くらいだったら、36時間くらいマージンを取っておけば大丈夫だって思っていたから。


だけど、あるきっかけで、それを24時間にしたの。


それは、ユキトが熊本に1泊の出張をした時のことだったわ。元の予定では、お昼頃に東京を出て、翌日の夕方に戻って来ることになっていたの。それが帰りの飛行機が機材トラブルでキャンセルになって、翌日の同じ時間の便に振り替えられることになったの。


それがわかると、ユキトは電話をしてきた。


「帰りの便が欠航になって、振替便が明日の夕方なんだ」


「最後にのって、一昨日だったわよね」


「日付が変わる前だったな。明日の夕方に帰宅すると70時間近くも空くことになるぞ」


「……ギリギリだわね」


「トラブルがさらにひとつでも起きればアウトだ。だから今すぐ鉄道で帰ることにした。今日中に東京に着けるぞ」


振替便で帰ると、ふたりが離れていた時間が60時間を越えてしまい、下手すると70時間になる。制約の猶予は72時間だから、かなりギリギリだわ。


ユキトが懸念するように、長距離移動には交通トラブルが起きがちだから、仮に飛行機の離陸が遅れただけで、即座に詰みね。だから、想定で6時間というのは、十分なマージンとは言えないわね。


仮に、6時間を残して帰宅できたとしても、時間に追われながらなんて私は嫌よ。

生きるためとは言え、そのものを義務的にしたくはないの。


それに、あせっていると男の人は、になりにくいって言うし、私だって集中できないし、その……やっぱり、気持ち良くないし……。ね?


だからユキトは、できるだけ早く帰ることができる陸路を選んだわ。熊本から九州新幹線で博多まで行き、そこから山陽新幹線で帰京という、およそ7時間の旅程。


結局、家に着いたのは午後10時ごろ。最初の飛行機での予定から、6時間遅れだったわ。

九州新幹線が開通していてホントに良かった。


「すまないけど、7時間も新幹線に座りっぱなしで、さすがに疲れた……。今晩は勘弁してくれないか」

「そうね。賛成よ。私も義務みたいにのは嫌だわ」

「代わりに明日の午前は半休にするから」

「一晩寝て、落ち着いてからの方がいいわね」

「ありがとう、ホノカ」

「愛してるわ、ユキト」


夫婦かつサキュバスとしもべという関係だとはいえ、さすがにこのときはユキトに申し訳なく思ったわ。


あ、念のため言っておくけど、しもべだからと言って私がユキトを奴隷のようにこき使ってるわけじゃないからねよ!

そりゃ、仕事の上では厳しいことも言うこともあるけれど、それはユキトに限らず事務所の他のスタッフにも同じ。もちろん、パワハラにはならないように気を付けているけど。


ユキトと私はいつだって対等なんだから。夫と妻として、彼氏彼女として、建築家コンビの片割れとして。


この後、ユキトと相談して、36時間ルールを24時間ルールに変えたの。これによって、泊まりがけの出張は、ふたり一緒に行くことが実質的にルールになったというわけよ。


1泊出張ってことは、大抵は地方の案件絡みとか、学会が地方都市で開催されるとかだったりするわけだから、基本的にはご褒美みたいなものね。



そして、今日の午前からは、非常に残念なことに私はひとりで出張する。広島へ日帰り。毎年秋になると開かれる大学の工学部での特別講義で講師を務めるの。


講義は、外部から専門家を招き、それぞれの分野における実務と学問との関連について話すというもので、私が講師をするのも今回で3年目。午前中の飛行機で広島入りして、午後に講義。夕方から呼んでくれた先生や学生と食事をしたら、最終便で帰京するという旅程だわ。


羽田空港を使う時は、いつもユキトが車で送ってくれる。彼も忙しいけれど、ふたりが離れている時間をできるだけ少なくするためでもあるわ。車内では仕事の話しだったけど、着いてから出発ロビーまでは歩きながら他愛もない話しをする。


「私がいない間、存分に羽根を伸ばせるわね」

「たった1日だ。どこにいたって君を感じるんだ。どちらかが死ぬまで、俺が心から休まる時は来ないぞ」

「どこにいたって私の安全がわかるんだから、最高の見守りサービスね。安心できていいわね?」

「君の方こそ、俺がそばにいないと不安で仕方がないんだろう」

「たかが国内の出張、いざとなればどうとでも帰れるわ。あなたがあの時にしたみたいに」

「飛行機どころか新幹線だって止まることはあるぞ。その時、君ひとりで対応できるのかい」

「人を頼ればいいわ。それに鉄分が多め鉄道オタクのあなたが、喜んで対応策を考えてくれそうだし」

「うぐ……」


またも私の優勢勝ちを収めてから、広島に向かって飛び立つ。夜の食事は、牡蠣かな、お好み焼きかしら、穴子飯もいいわね。ユキトと一緒じゃないのだから、せめてこのくらいの楽しみは欲しいわ。

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2026年1月3日 18:00
2026年1月4日 18:00
2026年1月5日 16:00

平凡男子はサキュバス女子から一生離れられない 水守喰介(みずもりくろすけ) @bmf

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