第2話:おしどり建築家は今日もじゃれ合う <2>

うっかりとエリが口を滑らし、余計な燃料を投下してしまった。すぐさま第2ラウンドが始まる。


「君の方が、同業者に嫌われてるからひとりじゃ独立できない、といって泣きついてきたんだぞ」


「考えてみれば、散々コンテストに入選しまくってたんだから、実力でねじ伏せて独立してしまうことだってできたわね」


「ふーん、そんなんじゃ依頼が継続するわけないぞ。そもそも、結婚だって君が言い出したんだからな」


「女ひとりだと何かと面倒ごとが多いから、あくまでも虫除け替わりだわ。そんなことも分かってなかったの?」


「君はいろんな男から言い寄られていたけど、君の本性を知ったらみんな逃げ出してたじゃないか。虫除けなんか必要なかったぞ」


「目の前に逃げ出さなかった男がいるのに? 他にもそんな人がいないとは限らないわね」


「わかった、わかった。ほら、後ろでスタッフが行列して待ってる。仕事するぞ」


「わかってるならいいわ」


第1ラウンドは少なくとも仕事につながる議論だったが、第2ラウンドはただの痴話げんかであった。

これこそ本当に、夫婦のじゃれ合いに過ぎない。


――今日のところはホノカの判定勝ちかな。

エリが勝手に心の中で勝敗を付けていると、オープンデスクとして入ってきたばかりの若いコ達が小さな声で尋ねてきた。


――あの、この事務所って大丈夫なんですか?

――おふたりって本当に仲が良いんですよね?


まあ、慣れないと、そう聞きたくなる気持ちはよくわかる、とエリは思った。

そして、そう聞かれたときの答えはいつも同じ――あんなのいつものことだから。あなたたちもすぐに慣れるわよ。


実際のところ、その通りなのだ。これがこの事務所にとって日常風景であり、これもホノカとユキトにとっては当たり前のコミュニケーションの一環なのだ。


とはいえ、おとなふたりが人前で喧々囂々と口論をする様子は、今どきそうは見られない。しかも、美男美女のカップルであり、世間からはおしどり夫婦の建築家ユニットとして認知されているふたり。


それが、あんなにも激しく言い合っているのだから、不安になるのも仕方がない。

だから、エリは、ふたりのことについて心配する人に、いつも言っていることがある。


――あのふたり、少なくとも結婚してからは、ただの一度も1日以上、離れていたことがないのよ。



† † † †



ホノカとユキトは、20代で共同事務所を開いてから、建築家ユニットとして国内でも有数の実績を重ねてきた。


ふたりは独立まで、それぞれ別の設計事務所に務めていたが、それを退職し、独立に合わせて結婚。それから十数年に渡って走り続け、アラサーを通り越しもはやアラフォーとなっていた。


この間に、国内外で多くの案件を手がけ、大規模な国際コンペに勝ったこともある。

次のブリツカー賞は、このふたりじゃないかとまで言われている。


しかも、ふたりともその容姿は見映えが良く、並ぶと絵に描いたような美男美女のカップル。だから、建築関係のイベントだったり、手がけた施設の竣工式だったりに、夫婦揃って呼ばれることも多い。


そんな時は、ふたりとも心得たもので、セット売りの客寄せパンダとしての役割をきちんと演じる。実績のある若き建築家にして、仲睦まじい夫婦で、お互いに信頼する仕事仲間として。


もちろん、マイクが向けられていない時は、いつも通りだけれど。


「さっきの挨拶、手を抜き過ぎじゃない。先週の時と同じネタだったわよ」


「お呼ばれした時ですら、君はおとなしくできないのかい? お里が知れるぞ」


「口が悪いのはカメラに写らないわ。なんの問題もないじゃない」


「カメラには写らなくても、人の耳には入るぞ」


「聞かれたところで、何の問題あるのかしら? お呼ばれが減ったら、まじめに仕事をしてコンペに勝てばいいだけだわ。違って?」


「君のその姿に憧れている学生だっている。ショックを受けたらかわいそうだぞ」


「夢見る乙女じゃあるまいし。目が覚めるなら早いに越したことはないわ」


「俺まで目が覚めてしまいそうだぞ。そしたらどうするつもりだい?」


「大丈夫よ。目が覚める度に私が何度でも魔法を掛けなおすわ」


「君、そんな能力を持っていたっけ? 俺、知らないぞ」


「昔から持っているわ。なぜか、あなたにしか効かないけど」


こんな丁々発止のやり取りも、ふたりをよく知るエリだったならば、いつも通りのイチャイチャにしか見えないだろう。だけど、初めて見る人ならば面食らうし、ふたりが本当に仲が良いといわれても、にわかには信じられないのも仕方がない。


ひとつだけ確かなのは、ホノカとユキトがどれだけケンカをしているように見えても、この十数年、ふたりはずっと一緒にい続けてるということ。


夫婦だから、共同経営者だから、ユニットだから一緒にいる、というだけでは事足りないほど、24時間365日、ほぼ常に一緒にいる。


エリ曰く、ふたりが1日より長く離れていたことはない、と。

そして、それは限りなく真実に近いが、厳密には間違っていた。


例えば、ある日の午前中に、どちらかが泊まりがけの出張に出かけ、翌日の午後に帰って来く。つまり、1日半くらい離れていたことならば、何度かあるのだ。


では、2日ならばどうだろうか。

ふたりが2日より長く離れていたこと――それはなのだ。


仕事での打ち合わせも、クライアントとの会議も、日々の買い物も、日帰りでの出張といったタスクも、それぞれがひとりで行うことはある。


ただし、2泊以上の出張だったり、海外だったりへの出張は、必ずふたりで向かう――それはふたりの間で「24時間ルール」として決まり事になっている。


つまり一昼夜よりも長く、ふたりが離れることはない。それを越えることが想定される場合は、その予定にふたりで参加するように調整するか、無理ならば予定自体を辞することもやむを得ない。


そのくらい、このルールを守ることに対して、ふたりは徹底している。


だから、業界でのふたりの評判も、単なる建築家ユニットとか二人三脚なんて表現では不十分とばかりに、「おしどり建築家」、「夫婦柱めおとばしら」、「パーフェクト・ストラクチャー=完璧な構造体」なんてキャッチフレーズが付けられるほどだ。


そのルールが徹底されている理由については、エリですら「本当に仲が良いから」だと強く信じている。


――だって、あれだけいつもケンカしじゃれ合ってるのに、それでもずっと一緒にいるなんて、よほどの秘密でもない限りはあり得ないのよ。


だから、他人にふたりの不仲説の真偽を聞かれても、心の底から否定する。


だが、実際のところ、この夫婦には特別な秘密があったのだ。

長年の付き合いであるエリですら知らない秘密――ホノカがサキュバスだという。






――――――――――――――――――――



というわけで、新作の公開を始めました。


タイトルを見て「あれ?」と思った方も多いかと思いますが、一応社会人ラブコメですw


プロットはできているものの、たぶんに見切り発車な部分も多いので、どうなるやら……。


それでは、応援よろしくお願いします。。

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