第39話 鎖国の完成

寛永十五年(一六三八年)春。

 原城の煙が消えぬ中、九州の地で、戦後処理という名の粛清の嵐が吹き荒れていた。

 総大将・松平忠親の前に、縄で縛られた島原藩主・松倉勝家が引き立てられた。

「……伏見殿! お助けくだされ! 切腹は覚悟しておりますゆえ、せめて武士の情けを!」

 松倉の懇願を、忠親は冷たい瞳で見下ろした。

「切腹など許さぬ。……私欲のために民を搾り取り、天下を乱した貴様は、もはや武士ではない」

 忠親は処刑人に命じた。

「**斬首(ざんしゅ)**に処せ。その首を晒し、天下への戒めとせよ」

 大名が斬首されるという、徳川幕府始まって以来の極刑。忠親の名は「鬼の総大将」として、諸大名の骨髄まで恐怖を刻み込んだ。

***

 さらに忠親は、長崎奉行所にて鎖国を断行した。

 「南蛮船(ポルトガル船)の来航を禁ずる。オランダ人は出島へ閉じ込めよ」

 外からの毒を断ち、内なる膿を出し切る。それは、父・秀親が望んだ「絶対的な泰平」の完成形であった。

***

 同年秋。

 忠親は、全軍を引き連れて江戸へ凱旋した。

 その足で、忠親は西の丸の左大臣・松平秀親のもとへ向かった。

 父が望んだ通り、手を血に染め、修羅となって戻った。もはや父に教わることは何もないはずだ。

 忠親は、秀親の前に座り、深く平伏した。

「……父上。島原の乱、鎮圧いたしました。……国内の憂いは全て断ち切りました」

 秀親は、書類から目を離さず、短く答えた。

「ご苦労。……下がってよい」

 忠親は顔を上げた。その目には、強い意志が宿っていた。

「下がりません。……父上。貴方の望み通り、私は鬼になりました。もう、貴方が壁となって汚れ役を背負う必要はありません」

 忠親は、言葉を重ねた。

「左大臣の職を辞し、伏見へ隠居なされませ。……後は、家光様と私にお任せを」

 部屋に沈黙が流れた。

 秀親はゆっくりと筆を置き、忠親を見据えた。そして、鼻で笑った。

「……隠居? 私にか?」

 秀親の瞳に、軽蔑の色が浮かんだ。

「思い上がるな、若造が。……私の命令通りに人を斬り、私の敷いた路(レール)の上で鎖国をしただけで、私を超えたつもりか?」

「なっ……!」

「お前はまだ、私の操り人形に過ぎぬ。……人形に天下は任せられぬな」

 秀親は立ち上がり、忠親を見下ろした。その威圧感は、老いてなお巨大であった。

「私は左大臣の座を降りぬ。……死ぬまでこの権力を手放しはせぬ」

 忠親は拳を握りしめ、睨みつけた。

「……あくまで、居座るおつもりか。老害と誹(そし)られても」

「誹りなど痛くもない。……忠親、そして家光様によく伝えよ」

 秀親は、凶悪な笑みを浮かべた。

「私が邪魔なら、力ずくで引きずり下ろしてみせよ。……情けや禅譲(ぜんじょう)など待つな。お前たちの政治、お前たちの力で、この私を完全なる『敗者』として葬り去ってみせろ!」

 それは、最愛の息子と主君に対する、究極の宣戦布告であった。

 自ら退くのではなく、倒されることでしか、次代に真の強さは宿らないと信じるがゆえの、狂気じみた親心。

 忠親は、歯が砕けるほど食いしばり、平伏した。

「……承知いたしました。……ならば、情けは無用。必ずや貴方を、その玉座から蹴落としてみせます」

 忠親は部屋を出た。

 残された秀親は、再び筆を取り、独りごちた。

 (……そうだ。それでいい。……牙を研げ。私を食い殺せるほどの牙を)

 島原の乱は終わった。

 だが、江戸城内における「親子」の、そして「新旧」の最終戦争は、ここから本当の始まりを迎える。

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