第16話 二条城の会見

慶長十六年(一六一一年)三月。

 京都、二条城。

 この日、天下の耳目は京の街に注がれていた。大御所・家康と、豊臣家当主・秀頼による対面が執り行われるからである。

 この会見の警護と差配を一切任されたのが、伏見城から乗り込んできた松平秀親であった。秀親は伏見100万石の軍勢を京の街の要所に配し、鼠一匹通さぬ厳戒態勢を敷いた。

「福島殿、加藤殿。……本日は『徳川の城』での会見にございます。豊臣の流儀は持ち込まぬよう、お願いいたす」

 秀親は、秀頼の供として参内した豊臣恩顧の大名たちに、冷徹に言い放った。かつての主君の遺児を守ろうと肩をそびやかす彼らに対し、100万石の太守となった秀親の威圧感は、もはや無視できない壁となっていた。

***

 会見が始まった。

 秀親は家康の背後に控え、入城してきた豊臣秀頼を注視した。

 かつて千姫の輿入れの際に見かけた少年は、十九歳の堂々たる青年へと成長していた。その体躯は家康を遥かに凌ぎ、色白で気品に満ちた容貌は、父・秀吉というよりは母・淀殿の美しさと、天下人の風格を完璧に受け継いでいた。

 (……これほどか。これほどまでに美しく、輝いているのか)

 秀親は、隣に座る家康の拳が、微かに震えているのを見逃さなかった。

 家康は、秀頼の中に「徳川を脅かす真の怪物」を見たのだ。秀頼がただの暗愚であれば、生かしておく道もあった。だが、目の前の若君は、諸大名が思わず平伏したくなるような強烈なカリスマを放っていた。

「秀頼公。……息災であったか」

「はい。家康殿も、お元気そうで何よりにございます」

 言葉は穏やかだが、火花が散るような緊張感。

 秀頼は家康を「祖父」として敬いつつも、決して臣下としての礼は取らなかった。その凛とした佇まいに、列座していた大名たちの多くが、かつての豊臣への忠義を呼び起こされているのが分かった。

***

 会見が終わり、秀頼が大坂へ帰還した後。

 二条城の奥御殿で、家康は独り、薬を調合しながら秀親に語りかけた。

「……秀親。見たか、あの若君を」

「はい。……恐るべき光にございました」

「左様。あやつは、生かしておいてはならぬ男よ」

 家康は調合した薬を床に叩きつけるように置いた。その顔には、死の淵にある老人の焦燥と、徳川の行く末を案じる執念が入り混じっていた。

「わしが死ねば、あやつを担いで徳川を覆そうとする者が必ず現れる。……江戸の秀忠では、あの光には勝てぬ。秀親、お前に百万石を与えた意味を忘れるな」

 家康は秀親の胸ぐらを掴んだ。

「大坂を、**『逆賊』**に仕立て上げろ。いかなる汚名を着せても構わぬ。わしが生きているうちに、あの光を消すのじゃ」

***

 伏見に戻った秀親は、その夜、ひとり書状を書いた。

 江戸にいる嫡男・万千代への、遺言にも似た文であった。

『万千代。今日、私は太陽を見た。しかし、徳川の世に太陽は二ついらぬ。父はこれから、その光を闇に葬る役目を引き受ける。お前が竹千代様と共に歩む道に、一片の影も残さぬために』

 慶長十八年、十九年。家康の病状が悪化するのと並行するように、秀親による豊臣家への「詰め」は加速していった。

 方広寺の鐘銘事件。それは、秀親が家康の冷徹な意志を形にした、最初で最後の巨大な「罠」であった。

 ついに大坂が浪人を集め始めたという報が伏見に届いた。

 秀親は、秀康から受け継いだ脇差を握りしめ、静かに立ち上がった。

「全軍、出陣の支度をせよ。……大坂の陣、私が幕を引く」

 松平秀親。伏見100万石の力を以て、彼は自ら「悪名」の道へと踏み出した

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