第6話 指し手(プレイヤー)・エントリー
【独白:
もし、盤上の駒に「意識」が芽生えたとしたら。その駒は、決して自分が「操られるだけの存在」だとは気づかないだろう。
マス目の上での進退も、命を削るような殺し合いも、すべて自身の魂の奥底から湧き上がる自由意志によるものだと信じて疑わないはずだ。
そして、見えざる王のために誇らしげに胸を張り、喜んで死んでいく。
なんて幸せで、なんて悲しいことだろう。
けれど、真の「
空を覆い尽くすほど巨大な手が、高次元の領域から降臨し、己の頭蓋を掴み、地面から摘み上げたその時。
駒は初めて理解するのだ。「あぁ、私の運命は、最初から他人の掌の上にあったのだ」と。
普通の人にとっては、自我が崩壊するほどのホラーストーリーかもしれない。
だが私にとっては、それは至高の――「愛」だ。
私は運命に抗いたくなんかない。
ただ、私に首輪をはめるのではなく、手を握ってくれる「
そのためなら、残り少ない理性だって喜んで生贄に捧げよう。
***
鏡の中の少女は今日、シフォンブラウスとロングスカートに着替えていた。
白くほっそりとした腕を上げれば、袖口には可愛らしい
花乃千春は鏡に向かってリップグロスを塗り、最後に淡いホワイトティーの香水を
これが私の認識における、最も「女の子らしい」格好だ。
お洒落なんてとうに飽き飽きしているはずなのに、玄関から半歩踏み出し、リビングの時計が午後一時を指しているのを見た瞬間、興奮と吐き気が入り混じったような緊張感が込み上げ、また魔鏡の前へと引き戻される。
「鏡よ、鏡。世界で一番可愛い女の子はだあれ?」
「……わぁ、冗談だよ」
自分で言ってて気持ち悪い。まるでナルシストだ。
重要なのは、この装いが「私を理解してくれる人」のために準備された、
一週間という時間の質量は軽かった。
けれど今、千春が初めてそのベンチに腰を下ろした時、手の中にある手紙は蝉の羽のように薄いのに、驚くほどずっしりと重く感じられた。
目の前に
【千春へ:】
【貴女の想い、確かに受け取ったよ。】
【土曜日、午後三時。旧駅舎の時計塔前で、待ってる。】
この手紙は、千春が自宅のポストから取り出したものだ。封筒に消印はなく、まるで幽霊が配達したかのようだった。
小学生だってわかる。あまりにも怪しすぎる。
自分の書いた設定が、幽霊か何かの超常的な存在になって、「千春のことが大好きだよ」なんて言ってデートに誘ってくるなんて話を、馬鹿正直に信じる人間はいない。
私が一番好きな小説『ホーンテッド!』でさえ、死後に幽霊となって現れるには、生前に実在した「自分のことが大好きで大好きでたまらない」恋人の存在が必要だった。
それは生きている、現実の恋心から引き継がれた想いであって、私のような死んだ、仮想の恋心ではない。
理性が告げている。あれは偽物だと。
十中八九、
きっと廃墟の物陰に隠れてスマホを構え、私が虚空に向かって話しかける滑稽な姿を撮影し、嘲笑うようなBGMをつけてTikTokにアップするつもりなのだ。
理性的であるならば、この誘いに乗るべきではない。
でも――。
万が一、ということもある。
私の理性は、あの雨の中で傘を投げ捨てた瞬間に、完全に焼き切れてしまったのだ。
それは自暴自棄のような心理であり、あるいは胴元のイカサマを知りつつも、パチンコ台の前で同色図柄が揃うのを待ち続けるギャンブル中毒者(ジャンキー)のようでもある。
こんなことをするのは初めてだが、今の私にはその心境が痛いほど理解できた。
もう、うんざりなんだ。
「わざわざ花を摘んで私の目の前に差し出してくれる」ような施しは、もうたくさんだ。
「家庭という名の蜂の巣箱に閉じ込められる」ような冷淡さも、もうたくさんだ。
私が欲しいのは、一方的に餌付けされることでも、飼い主から長年の努力を無視されることでもない。たとえ不器用でも、互いの体温を確かめ合えるような「共犯関係」だ。
私が捏造したあの「
もし彼女なら……すべての人間の長所を集め、すべての悪意を取り除いた彼女なら……。
赤錆びたレールと、背丈ほどもある雑草が、街道沿いの廃屋と共にどこまでも続いている。現代生活から一時的に切り離されたこの瞬間は、まるでドラ〇もんの「どこでもドア」をくぐり抜け、世界の果てに来てしまったかのような錯覚を千春に抱かせた。
静寂の中で、聴覚が異常なほど鋭敏になる。視覚、触覚、その他の実感が次第に希薄になっていく。
私がまだこの世界に生きて存在していると感じさせてくれるのは、風が草を揺らす「カサカサ」という音と、そして――。
足元を這う一匹のダンゴムシ。
じめじめとした暗い環境でも平気で生き抜き、誰に媚びることもなく、特別な人間関係も必要とせず、ただ自身の存在を感じている。
私は膝の上に手を置き、その生き物を観察した。
彼らは時折、視界の死角から這い出してきては、また唐突に土の色と同化して消える。その繰り返しだ。
そんな自然現象を眺めていると、胸の中に言葉にできない奇妙な帰属感が生まれ、ざわついていた過敏な心が一時的に鎮まった。
奇跡を祈らなければ、神への不信仰とみなされ、奇跡は往々にして訪れない。
祈ったとしても、奇跡はそう安っぽいものではなく、願いが神に聞き届けられなければ、訪れるのは絶望だけだ。
だから私は、このダンゴムシのように、ただ此処に存在し、
千春は意識的にスマホの画面を点灯させないようにし、時間という概念が近くの干上がった河川敷を流れていくに任せた。
午後三時の鐘の音は、時計のないこの廃墟において、私の脳内だけで鳴り響いたようだった。
「……嘘つき」
私は無人のプラットホームに立ち、西に傾きかけた太陽を見つめながら、自嘲気味に笑った。
やっぱりね。
奇跡なんてものは、ラノベの中でしか起こらない。現実にあるのは、蚊と
私が
「千春……ちゃん?」
声はどこかぎこちなく、まるで長い間口を利いていなかった人間が、一生懸命に発音を模倣しているかのようだった。
私は弾かれたように振り返る。
頭が「カッ」と熱くなった。
血液が逆流し、脳髄を直撃する感覚。
――
断言できる。私は彼女に会ったことがない。
夕陽の逆光を背に、素朴で軽やかなロングワンピースを纏った人影が、改札口の向こうで私に手招きをしていた。
彼女は、私の設定と寸分違わぬ
その笑顔は、この世のどんな言葉を用いても形容しがたいものだった。
春の西日に照らされ、駅舎に絡みついた
何らかの超自然的な力の触媒によって、それらは太く、長く成長し、私の足首に絡みつき、脚を伝って這い上がり、私の全身を束縛していく。
横隔膜の隙間にまで入り込み、満たし、苦しいほどの膨張感が私を襲う。
私はその場から一歩も動けなかった。
あれは……。
***
※あとがき
連載を始めたばかりですが、本作を読みに来てくださり本当にありがとうございます!
第1話でも書きましたが、私はGemini翻訳と自分のチェックで執筆しています。
読みづらい部分もあるかと思いますが、それでも読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。
さて、連載開始早々で大変申し訳ないのですが、期末テスト期間に入るため、これまでのような「1日2話更新」を維持するのが難しくなってしまいました。
せっかく読み始めてくださった皆様にはご迷惑をおかけしますが、テストが終わるまでは更新ペースが落ちることをお許しください。
テスト明けにはまた頑張って更新しますので、引き続きよろしくお願いいたします!
次の更新予定
毎日 18:05 予定は変更される可能性があります
陰キャな私が捏造した『架空の恋人』、なぜかクラスの頂点ギャル(と義妹)に受肉する。 サクサク @Imb8
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