第15話 とっておきのメイド服



――――年末と言えば、メイドあるある。


「みんなはいいなぁ」

「……奥さま?」


「だってヴィオラ。今日から大掃除でしょ?」

「ええ。貴族邸は広いので年末が近付くと新年までにお掃除を終わらせねばなりませんからね」

「そうなのよね。一般庶民は大晦日に間に合わせればいい……って聞くけど」

「ええ。ですわね。しかし羨ましいとは……」

「……私も加わっちゃダメかしら?」

「……」

ヴィオラの沈黙と笑顔が……。


「やっぱり血が騒ぐと言うか……何と言うか」

「そうですわね。本来ならばお止めするべきですが」

「や……やっぱり?」

「ですが……旦那さまは本日年末の打ち合わせで城に行かれるはず」

「……!」

「内緒で……と言うことでしたら」

「わぁい!嬉しい!」

「まぁ人手はあった方がいいですし」

クスクスとヴィオラが微笑む。


※※※


そんなわけで大公邸に保管してあった予備に身を包む。


「んー……久々に着てみたけど気が引き締まるわね」

「ええ。久々に懐かしい気分になりますわ」

「ヴィオラったら」

以前はこのメイド服でお仕事してたもんなぁ。


「それにしても相変わらず。アズール大公邸のメイド服ってかわいい!」

「ふふっ。確かに人気なのですよ」

「そうよね。私も最初大公邸でのお仕事を紹介された時、このメイド服を着られるのが楽しみだったのよ」

「毎年応募や紹介も多いのですが……なかなか空きがないもので」

「大人気ってことね。私はよく入れたなあ」

「まぁゆくゆくは奥さまになられるためでしたから」

「それもあるわね。だけどそれにしても……このメイド服って誰が希望を出しているのかしら」

エプロンドレスの縁にあしらわれたかわいらしい刺繍、エプロンにも細かな刺繍がある。デザインもクラシックからひどく逸脱したものではないのにこの細かな工夫。


「それはそうですわね……私が入った時にはすでにこうだったので。旦那さまでしたらご存じかと」

「もしかしてフェルの希望!?」


「俺の話か?」

その時後ろから響いた声にハッとする。


「フェル……?城に行ったんじゃ……」

「いや、忘れ物に気が付いて戻って来たんだが」

「……」

「その格好は?」

「これはその……着たくて」

「メイド服を?」

「昔の職ですもの!」

「まさかそれで働こうとはしてないよな」

「ギクッ」


「旦那さま」

「ヴィオラ?」

「最初、正面から娶らずにまずはメイドから囲い込んだのは旦那さまですわ」

「それはその……」

「なのですからメイドの楽しさに目覚めてしまわれた奥さまに少しは譲歩なさっては?」

「その前からメイドもしていたが」

「うちの職場環境が更なるメイドの楽しさに目覚められない環境だとでも?」

「それは……カイルがそんな環境になるようにはしていないと思うが」

「でしたら。少しくらいは奥さまの希望を聞いてくださっても良いのでは?」

「うぐ……確かにな」

さすがはヴィオラ。強い。


「分かった。俺が帰ってくるまでだぞ」

「ありがとう、フェル!」

無事に屋敷の主にも認められたところで……やりますか!


大公夫人がメイド業なんて。他のメイドたちはどう反応するだろうと不安だったのだが。


「まあ奥さま」

「その格好、お懐かしいですわ」

「似合っている……と言う表現は正しいのか」


「えへへ、そう?それに似合ってるって表現も正しい正しい!」

「それでしたら……」

『お似合いですわ!』

わぁい。歓迎してもらえたようで何よりである。


「とは言えメイドとして働く以上は……ビシバシといきますわよ」

「は、はい!ヴィオラ!いえ……メイド長!」

久々に昔の感覚が戻ってきた!よーし、やるぞ!


※※※


拭き掃除に掃き掃除。久々のメイド業、楽しいわね。身体を動かすからやりがいもあるし。


「旦那さまがご帰邸されます。手の空いているものは出迎えを」

カイルが呼びに来たのだ。しかし手の空いているもの……私はどちらだろう。まだ磨き残しがあるのだが。


「リーシェさんは奥さまなので強制です」

にこり。……ビクン。


「あ、はい」

残りを他のメイドに任せフェルの出迎えに向かう。メイド業はもう終わり。楽しい時間ってあっという間ね。


服装はメイド服のまんまだけどいいのかしらね?


『お帰りなさいませ、旦那さま』

「ふぅん?メイドとして出迎えるのか」

ハッとして顔を上げれば。


「いやその、メイド服なもので」

ついついその場の雰囲気に呑まれてしまった。

「まあその、似合ってはいるが。そろそろ俺の妻に戻ってくれ」

そんな切実そうに。


「分かったわ。着替えてくるからサロンで待ち合わせね」

「ああ、そうしよう」


※※※


冬用のワンピースに身を包み、サロンへ向かえば。そこには高級そうな焼き菓子が並んでいる。


「これは……」

「メイドを頑張っていたのだと思ってな。たまにはいいだろう?ご褒美だ」

「ありがとう!」

「けど……」

「うん?」

「今度はリーシェの菓子も食べたい」

「もちろんよ」

今日はお掃除メインのメイド業だったからお菓子作りはしていないけど、年末はまた作るつもりだ。


「ところで大公邸のメイド服のことだけど」

「ああ」


「ほかのお屋敷のメイド服と比べてもかわいいじゃない?」

「そういやうちのメイドたちが話しているのはよく聞くよ」


「ほかの屋敷のメイドたちの間でも人気なのよ」

「そこまでは知らなかった」


「メイド界隈って割りと情報が回るのよ」

「そうなのか」

「ええ。だからこそ気になっているのだけど……このデザインって一体誰の考案なの?」

「……それはその、母上だ」

まさかの王太后さま!?


「城のメイド服はおいそれと変えられないからな。母上がこちらならいいだろうとデザインを押し付けてきた」

「押し付けてきたって……言い方」


「ふふっ。でも当のメイドたちには評判だったから今もそのデザインなんだ」

「そう言う面では王太后さまってすごいわね。もしかしてあしらわれている刺繍は……」


「母上の故郷のものだ」

「へぇ……知れば知るほど奥深いわね」


「ああ。俺は領地もちではないから、今度休暇に行ってみるのもありだな。母上も歓迎してくれるはずだ」

「ええ。その時は私も挨拶するわね」

「そうしようか」

また楽しみが増えてしまったわ。


「それと年末のことなんだが……俺は近衛騎士団の忘年会に出なきゃならん」

「それなら私はお留守番してるわ」

「すまないな」

「いいのよ。付き合いってあるじゃない?」


「ああ。だがディーノのやつは妻がいるからといつも早退しやがる」

「あ……愛妻家だものね」

ローズ伯爵夫妻の夫婦仲を見れば反対などできようはずもない。


「しかし……!」

「どうしたの?」

「俺も今は妻がいるから早退できる」

「ちょっとフェルったら」


「それは半分冗談だが」

半分は本気なのね。


「実は特務部隊はうちでも忘年会をやるんだ。近衛騎士団の忘年会には少しだけ顔を出して後はこちらでになるから騒がしくなるかもしれないな」

「年末だもの。構わないわよ」


「それは良かった」

「でも……2ヵ所でやるのね。普通なの?」

「いや、普通は本部だけだが。うちは女騎士も多いからな」

「そう言えば……」

「酔っ払いのおっさんどもと飲むよりは女子会がしたいと言い出して」

言い出せる特務部隊もフェルが隊長だからこそか。


「それならば俺たちも本部にちらっと顔を見せてあとは部隊でやろうかと」

「それってその……帰る口実?」


「もちろん。年末のあそこは修羅場だからな。女子には全く人気がないし。そして俺は部隊長としての監督責任を兼ねてこちらに加わるんだ」

「ローズ伯爵はともかくジャンたちは?」


「うむ。不満が出たら困るから部隊での飲み会にした。どっちにしろディーノは帰るけど」

「アリーシャさまが寂しがるものね。それは仕方がないわ」


「ははっ。それもそうだ。なに、俺たちの飲み会は強制じゃないからな。こっちに戻ってきた後は好きにしていい」

飲み会が強制じゃないなんてすてきな職場だわ。


「まぁだいたいが飲んで騒いでそのまま邸で寝るから部屋を出すが」

もしかしたら本部が嫌なだけで飲み会自体は好きな隊風なのかも。


「けど特務部隊がそうするのなら、ほかの部隊もってならない?」

「なるだろうなぁ。その面で団長も渋ったんだが」

団長って……もちろん近衛騎士団のトップのあの団長よね。


「俺たちは討伐や遠征での別行動が多いからな。その団結を深めるため。後は……王弟の威光でごり押した」

「王弟の威光をどこにつかってるのよ……」

リリシアやリカルド殿下のように使わないだけましだが、使いどころが……!


「団長は俺のことを子どもの頃から知っているってのもある」

「思えばそうだわ」

「団長たち上層部のあんなことやこんなことをばらすのではとみな、警戒しているのだろう」

「……よく知ってるのは彼らの方だけじゃなかった!」

「はははっ。そんなわけでうちの隊は邸での飲み会権をもぎ取ったんだ」

「もう……フェルったら」


「だがメイドたち使用人や大公邸の騎士たちも仕事の支障がでない時間なら来ていいとはなっているからな。もちろんリーシェも来ていいぞ」

「それならちょっと覗こうかしら」

女性騎士たちも普段護衛を務めてくれているから労いの意味も込めて。


「年末の忘年会のことはこれくらいかな。あと……」

「何かほかに気になっていることがあるの?」

「ああ。リカルドとリリシアの件だ」

「……!」

今は2人とも王城で謹慎しているはず。王太子の仕事はロレンツォ王子が代理でしていると言う。もはや復帰は厳しいのではないかと裏で囁かれていると聞く。


「年の瀬……忘年会前には裁判でカタをつけるそうだ。王族の恥は年越しさせるわけにはいかないからな」

国王陛下の子女のうち2人も問題を起こしてしまったのだものね。それも無理はないけれど。


「ほかの元聖騎士たちやリカルドに荷担した親衛隊もそれぞれ罰を受け残すはあの2人だけ」

「トリを飾るってことね。褒められたトリではないけれど」


「ああ。それでな。兄上がその裁判に俺とリーシェも来ないかと誘ってきたのだが……どうだろうか」

「そうね……私も関わったひとりではあるもの。目をそらしたままではいけないわ」

陛下ならきっと妥当な判決を下してくださるとは信じているけれど。


「ならリーシェも一緒に行こうか」

「ええ、そうするわ」

あの2人がどうなるのか。その沙汰をちゃんと見届けないと。


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