第14話 冬の休息日



――――冬の休息日。つまりは祝日である。この日は家族でご馳走などを食べて、今年一年を労いこれから一年の安寧を願う。

まぁ働いてる人もいるからその場合は交替でになるが。


「フェルはお休みをもらえたみたい」

「お誕生日と言うのもありますからね」

「そうなのよ、ヴィオラ」

討伐が被ったりもしていないので例年通りフェルのお誕生日を祝えるのだ。


「因みに去年はどうだったの?」

私がまだ屋敷にいない頃の話だ。


「カイルの見繕ったディナーでささやかなお祝いを」

「フェルらしいわね。私は私で特別なお菓子を作りたいのだけど」

「甘いものは全般お好きだと思いますわ。奥さまのお作りになられたものならば喜んで召し上がられるかと」

「確かにそれは想像できるけど。できれば特別なものが作りたいわね」

「ではカイルに聞いてみましょうか。旦那さまの王城時代からお仕えしておりますから」

「へぇ……そんなに?どおりで何でも知ってるわけだ」

この前なんてフェルが昔から好きだと言う蜂蜜を紹介してもらったのだ。


「早速聞きに行ってみましょ!」

「ええ。奥さま」


※※※


「旦那さまのお好みですか」

「ええ。できればお菓子でお願いしたいのだけど」

私たちは家令の書斎を訪れていた。


「お菓子なら昔からひょいひょい何でもつまんでおられましたが」

「……昔からなんだ、それ」

今でも厨房に顔を見せたと思えばひょいひょいつまんでいくから。


「ええ。ですがそうですね。せっかくの旦那さまのお誕生日ですからケーキはいかがでしょうか?」

「ケーキ!いいわね」

「はい。王城時代はお誕生日にはよく外に食べに行かれておりました」

「そうだったの。でも今は……?」

「お誕生日当日は屋敷でゆっくり過ごされることが多いので、ケーキを作って差し上げれば喜ぶかと」

「それはいいわね。でもどんなケーキが好みなのかしら」

「そうですねぇ。それでしたらローズ伯爵に聞いてみるのがよろしいかと」

「ローズ伯爵?」

「ええ。彼は旦那さまの幼い頃からお仕えし、外にも同行しておりますから」

「そうだったのね」

ローズ伯爵は古参中の古参だったわけだ。どおりでフェルが大人しく言うことを聞くわけよね。

改めてローズ伯爵には頭が下がる。


※※※


いつものようにアリーシャさまへのお菓子を携えてローズ伯爵の元へと向かう。今ではMPポーションを定期的に卸しているもののお菓子の差し入れも喜んでくれている。


ルシルさん曰くお菓子は食べ過ぎなければ効果は飽和しないそう。魔力の相性が良いからこその特典のようだ。


「ローズ伯爵、今よろしいでしょうか」

「これはこれは奥さま、ようこそ」

アズール大公家の騎士たちが詰める区画には特務部隊の副隊長の部屋もある。今では養父と娘の関係なのだが、職場ではきっちり分けているところはさすがである。

だから私もちゃんとしなきゃと思うのよ。まさに親の背中を見て育つようなものね。


「これ、いつものお菓子よ。アリーシャさまに」

「ありがとうございます。妻も喜びますよ。最近はMPポーションのお陰で体調もいいのです」

「それは良かった!」

ルシルさんのアドバイスのお陰ね。


「それで本日は……」

「ああ、そうなの!聞きたいことがあったの!」

「ふむ……どうやら今回は隊長だけお菓子なし……と言う様子ではないようですね」

「あはは……その節は心配をかけたわね」

今では苦い思い出である。


「今日のはもちろん用意してるけど、本題は冬の休息日のことなの」

「おや……冬の休息日と言えば隊長のお誕生日では?」

「そうそう。鋭いわね。その件でローズ伯爵に聞きたいことがあって」

「私にお答えできることでしたら何でもお尋ねください」

「実はね、フェルの誕生日にケーキを作りたいのよ」

「それは喜ばれるでしょうね」

「ええ。それでどんなケーキが好きなのかリサーチしたくて」

「そうでしたか……隊長はよくチョコレートのケーキを好んでおりました。ガトーショコラやザッハトルテなどですね」

「チョコレートか……。ビターとスイートどちらがいいのかしら」

「それならジャンにお聞きくだされば分かるでしょう」

「え……ジャンに?」

お菓子の差し入れはもちろん甘いものはよく食べるけど……。

「ええ。よく試食に付き合わされていましたから」

付き合わされてって……フェルったら。でも2人の仲の良さゆえかしらね。


「ありがとう。早速ジャンを探しに行くわ」

「ええ。鍛練かいつもの場所かどちらかかと思いますよ」

「そうね。早速あたってみるわ」


※※※


「うーん……いつもの場所にいないとなると……」

騎士たちの元気な鍛練の声が聞こえてくる。その中に……珍しくいるわね。


「はぁっ!」

勢いよく斬りかかる女性騎士をひらりと躱し剣を弾くジャン。


「よっと。はい、終わり」

「く……っ。男騎士相手に10連勝目前だったのに」

悔しげな女性騎士。やはりこの前のことがよほど悔しかったのだろうか。しかし9連勝でもすごいわね。


「あれ、リーシェ?」

「奥さま!」

ジャンたちがこちらに気が付く。


「どうしたの?」

「差し入れ。あなたもどうぞ」

女性騎士にも9連勝を労うお菓子の贈呈だ。


「ありがとうございます、奥さま」

「それはいいとして、隊長はおあずけじゃないよね?」

「大丈夫よ、後でフェルにもあげるわ」

みんな警戒しすぎだってば。

「ならもらおっと」

そしてケラケラと苦笑しながらジャンがお菓子に手を伸ばす。


「だけど……リーシェはどうしてここに?剣の稽古が目的ではないんだろう?」

「そうだった。実はね、ジャンに聞きたいことがあったのよ」

「何?隊長のこと?」

「そうなの。フェルの誕生日にチョコレートケーキを作りたいんだけど、どんな味がこのみか聞きたくて」

「味ねぇ。味見の件は副隊長あたりに聞いたのかな?まぁ色々と食べさせられたけどね」

「アタリよ。本当に仲がいいんだから」

「……と言うよりも肥えた貴族の舌よりも庶民の舌を知りたかったみたいでね」

「どう言うこと?」

「街の視察も兼ねていたからね。どんなものが好まれるか、市場捜査も含んでたわけ」

「誕生日なのに」

「いやいや、ケーキを食べに行く口実だよ」

ドテッ。そっちだっか。


「それで……どうかしら?」

「うーん……甘いのも苦いのもあったけど。そうだ、何だっけあれ。口の中で蕩けるような何とかチョコ。あれが特に気に入っていたかも」

口の中で蕩けるような……?


「ひょっとして生チョコでは?今でも女性たちの間で人気のケーキですよ」

「ああ、多分それ」

さすがは女性騎士!彼女もいてくれて助かったわ!

「ありがとう!早速生チョコのケーキレシピを準備するわね!」

「うん、応援してるよ」

「きっと隊長も喜びますよ」

「ええ!」


※※※


――――そして、休息日当日がやって来た。


「よーし!今日は厨房にはフェルは出禁よ!」

『お任せください奥さま!』

シェフも調理担当のメイドも張り切っている。厨房は別名戦場というのは本当のようね。


「何たってサプライズだもの」

早速生チョコケーキの製作に取り掛かる。取り掛かって数分、もう一種のピンチが訪れる。


「奥さま、大変ですわ!」

「ヴィオラ!?どうしたの!?」


「旦那さまが……つまみ食いに厨房に入られようとなされて……」

どうやら食い止めてくれたようだがつまみ食い癖は相変わらずである。


「冷蔵庫にプリンを冷やしてあるわ。それで足止めしてちょうだい」

「奥さまお手製のプリンであれば!お任せください、必ずや!」

「ありがとう、ヴィオラ!」

いいメイド長を持てて私は幸せだ。


こうして何とか生チョコケーキを完成させたのだった。


「どんな反応をしてくれるのか……今からでも楽しみだわ」

プリンでおあずけにしちゃっったし。


※※※


――――夕刻。


「お待たせ、フェル」

「リーシェ……!」

何かしら……待たせ過ぎたのかフェルが久々に飼い主に再会して喜ぶわんちゃんのように映る……。


「ええっとその……プリン、美味しかった?」

「まぁな」

「それは良かったわ。ディナーが楽しみね」

何とか誤魔化せているかしら?


「ああ。毎年この日はシェフが腕によりをかけてくれるからな」

ケーキを作りつつも隣から美味しそうな仕込みの匂いがしたもんなぁ。


「リーシェとこの日を過ごせて嬉しいよ」

「わ、私の方こそ!」

フェルのお誕生日だもの。


「今日は楽しもう」

「ええ」

「ならまずは……ワインか」

「私はソーダだけどね。早く飲めるようになりたいわ」

「ふふっ。楽しみにしている」

「うん」

けれど色を合わせてくれたのでまるで同じワインで乾杯するような形となる。


「乾杯」

「乾杯。それから……お誕生日おめでとう」

「ああ、ありがとう。リーシェ」

そしてアミューズから始まったディナーはそこからも特別。

薔薇の花びらを象ったアートのようなパリパリからポテサラの揚げ物。さらには……。


「こちらは皇国の伝統料理をイメージして作ったものです」


「わぁ……ひょっとしてルシルさんをご招待したから?」

「ええ。今年一年の旦那さまを取り巻いた風景を取り入れております」

「まさに誕生日にふさわしいコースディナーね」


「だろう?しかしシェフは一体どこから情報を……」

「分かりますよ。毎日旦那さまを見ておりますから」

「討伐で空ける日もあるのに」

「それでもいつお帰りになられても良いように献立を考えております」


「ありがとうな。それに俺が留守の間でも今はリーシェがいるからな。留守の間はリーシェに作ってやってくれ」

「もちろんでございます」

シェフが嬉しそうに微笑んでくれる。

やっぱりアズール大公邸って使用人のみんなも温かくて優しいのよね。

あの時から変わらない。いや変わったのは……フェルとの新密度かしら?だからこそもっともっと温かくて優しい場所に思えるのだ。


「んんっ、それにしてもどれも美味しいわ」

「ああ、すばらしいな」


「そう仰っていただけて何よりです」

シェフが朗らかに笑む。シェフの解説付きで楽しめるディナーと言うのも食事をより楽しめるエッセンスね。


そして遂に……やって来る。詳しい献立は私にもサプライズと言うことで伏せられていたのだが。

段取りは聞いている。次は……待ちに待ったデザートだわ!


「フェル、ちょっと目を閉じていて」

「目を?」

「いいから。閉じてくれたらすてきなことが起こるわよ」

「……そう言うことなら」

フェルがゆっくりと目を閉じれば、給仕が例のものを運んできてくれる。そしてテーブルにセッティングしてくれたところで。


「フェル、目を開けて」

「……ん、これは、ケーキ?」

「そうよ。私の手作り」

「そうか……厨房に立て籠っていると思えばこれを用意していたのか」

「たてこも……っ」

言い方が物騒なのは誕生日だし多めに見てあげよう。


「ふふっ。そうよ。フェルが気に入ってくれるといいのだけど」

給仕がケーキを切り分けてくれて私たちの前に出してくれる。


「こちらの解説は奥さまが一番ですね」


「分かったわ、シェフ」

にこりとシェフに笑いかけ、ケーキに視線を戻す。


「スポンジに生チョコを挟んで外側も生チョコでコーティングしたチョコ好きにはたまらないケーキよ」

「確かに。見た目だけでもとても美味しそうだ」

「でしょう?早速召し上がれ」

「ああ。いただきます」

フェルがケーキにフォークをそっと差し込む。

普段お菓子をご馳走する時とは違う。改めてドキドキするわね。ちらりとフェルの様子を窺えば、あっと驚くような表情を浮かべる。


「旨い。昔同じような生チョコケーキを食べて旨かったんだが、それの倍以上だな」

「嬉しいわ!」

そこまで褒めてもらえるだなんて作った甲斐がある。


「それからもうひとつ」

はいっと差し出したラッピング小箱。


「これは……」

「遅くなっちゃったけど……開けてみて」

「ああ。……これって」

フェルがハッとする。


「御守り」

「そうよ。今日に間に合わせようと刺繍したの」

「そうか……何だか2倍嬉しいな。ケーキから、それに御守りまで」

「えへへ、喜んでほしくて」

「もちろんだよ」

その笑顔にホッとする。頑張って用意して本当に良かった。


「これは礼だ」

フェルはケーキをフォークによそうとそっと差し出してくる。


「……!」

「ほら、リーシェも」

「う……うん!」

それじゃぁ……私もひとくち。


「んんっ、美味しい!」

自分で作っておいて何だが、想像以上に美味しい!


「ふふっ。リーシェが作ってくれたからすげぇ旨い。また食べたいな」

「また来年も作るわよ。特別な日があれば、その時も」

「なら……結婚記念日はどうだ」

「……!」

「討伐が重なっていた時期の婚姻だった。たいした式も挙げてやれなかったからな」

それは契約結婚だからだと当時は思っていたけれど、思い返せばフェルは度々屋敷を留守にしていたもの。


「でも討伐の合間にって大変じゃない?」

「だからこそ、たまにはご褒美も必要だ」

「それもそうだわ」

「遠征のスケジュールによっては前後してしまうかもしれないが」

「ちょっとくらいサバを読んだって平気よ」

「そう言うことにしておこう」

クスクスと2人で笑い合う。そんな日々がこれからも続くように。

冬の休息日に思いを込めるのだった。


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