第12話 眠らぬ剣



――――薄暗がりの中、せっせとポーションをこしらえる。


「この葉……傷んでいるわね」

新鮮なものにこだわったのだろうか。その鮮度も落ち萎びている。その前に乾燥させていれば完全な形で作れたであろう。


「本当なら……」

今すぐヴィオラに飲ませてあげたいのに。


「……これで終わり……と」

タイミングよく現れたのは再びのリリシアと聖騎士だ。


「ふぅん?あんたみたいなのが本当にポーションを……役立たずのくせに」

「……っ」

私は役立たずなんかじゃない……っ。お菓子作りや保存食、ポーションでもみんなの役に、フェルさまの役に立てるって知ったんだから!


「約束通り作ったんだから、私たちを解放してよ」

「はぁ?するはずないでしょ。作るポーションはまだまだあるのよ」

「そんな……っ」

「あんたは一生ここでわたくしのためにポーションを作るのよ」

私の作ったポーションを自分が作ったものとするつもりってこと!?


「そんなこと神殿は……」

許すのだろうか?

「神殿も大賛成よ!ただでポーションを作らせられるのだから!」

最低すぎる!そのために人質にとって作らせるだなんて。神殿は何を考えているのか。


「その上聖女のわたくしの作品として売り出せば箔もつくと言うものよ」

さらにはお金儲けにも使うなんて信じられない!


「だとしてもヴィオラは関係ないでしょ!?私にポーションを作らせたいのなら私だけ拘束すればいいじゃない!」

「はぁ?アンタばかぁ?」

「え……っ」

「そんなことしてアンタがポーション作りを放棄したら本末転倒じゃない。そのために……」

リリシアが合図すれば後ろの聖騎士が動く。


「ちょっと、やめなさいよ!ヴィオラに手を出さないで!」

「ほうら、やる気になったでしょ?」

このためにヴィオラまで人質に取ったのだ。


「分かったのなら素直にポーションを作っていればいいのよ!メイドが……そーんなに大切……なんでしょう?」

「く……っ」

非道すぎる。なんて女だ。

けれど余計なことを言えば、今度こそ聖騎士がヴィオラに何をするか分からない。


「立場が分かったのならいいわ。早速これを私が作ったものとして王宮に納めるの。お父さまもこれで満足して私を自由にしてくださるわ!」

「……」

何となく状況が見えてきたわね。

リリシアは神殿での聖女のお務めを命じられた。そのお務めの証拠としてポーションを要求された。だが自分で作る気などさらさらない。


「それじゃ。追加よ」

小窓から差し入れられたのはまたポーションの素材である。

「それにしてもいいところに便利なものが見つかったわ。他の聖女たちに作らせようとしたらみーんな手が空いてないとか」

それで私を拐って作らせたのだ。


「ま、せいぜい役に立つことね。そうしたら……お仕置きは軽くしてあげる」

これ以上ヴィオラを傷付けさせたくない。ここは彼女の言うとおりにするしかないと言うことか。


※※※


――――夜が来れば、神殿の召し使いが食事を運んできた。


「食事は水とパンひとつ……か」

楽しんでポーションを作っていた時は気が付かなかったが、今は目に見えて疲労が押し寄せてくる。

この環境と精神の消耗。その上この食事だ。


「夜になってもただポーションを作らされるだけ……」

ヴィオラの容態も心配だし。私はどうすればいいの……?


その時、暗がりに気配を察知する。


「……誰?」

「ご無事ですか、奥さま」

黒ずくめの影が牢に近寄ればほの暗い明かりの中に目元が見える。


「……サーガさん」

「目元だけでお分かりになりましたか」

「ええと、うん、名前は出さなかった方がいいかしら?」

「いえ、ここには我々以外おりませんので。ですがさすがですね」

「あ……ありがとう。だけどどうして?それに……ヴィオラは」

「お怪我をされておいでです。すぐにでも治して差し上げたいところですが、治せばこの接触がバレてしまいます」

「そうよね……」

ここは苦渋を飲むしかない。


「強引にでも牢屋から逃がす……としても屈強な聖騎士たちを前にすれば多勢に無勢」

「あなたたちにもそんな無理はさせられないわ」

「……奥さま。取り敢えず、こちらを」

サーガさんがくれたのはドライフルーツだ。


「少しでも栄養を取ってください」

「ありがとう。でもヴィオラにも……」

「では柔らかいものを彼女に」

もしかして口元にも怪我を……?


「少しですが口に含めたようです」

「良かったわ」

「ええ。それと外の状況もお伝えしておきます」

「外はどうなっているの?」


「奥さまたちとはぐれた護衛騎士たちが屋敷に戻り窮状をカイルに伝えてくれました」

「彼女たちは怪我は?」

「怪我は負っておりましたが奥さまのポーションがございましたので」

「良かった……っ!」

大公家でも瓶を仕入れたから、それを保管してもらったのが功を奏したようだ。


「ええ。そして交戦した際に護衛騎士たちが気が付いたようです。相手が聖騎士だと」

「どうして気が付いたの……?」


「剣ですよ。不法者に変装していても剣はそのままだったそうです」

「悪事の際も愛用の剣は手放せなかったってことか」


「彼らは大義を掲げておりますがね」

「大義?」

誘拐に大義なんてあるとは思えないが。


「優れた治癒魔法使いは神殿が抱えるべきであると言う大義です」

「だからと言って強引に誘拐していいわけじゃないわ」

これはれっきとした犯罪である。


「その通りです。現在カイルがヴィオラの実家に掛け合い、共同でロレンツォ王子に協力を仰いでおります」

「ヴィオラの実家……確かホーリーナイト公爵家ね!」


「ええ。さらには神殿とも関わりが深いのです」

「優秀な治癒魔法使いを多く輩出しているのだっけ」

ヴィオラは治癒魔法使いではないから大公邸でメイド長をやっているのだ。

しかし一族は治癒魔法使いとして神殿なり近衛騎士団なりで活躍している。


「そうです。しかしながら救出は難航しております」

「何があったの?」

事実が明るみに出ればすぐにでも動き出しそうなのに。


「奥さまとヴィオラさんが誘拐されたと言う事実を神殿は何も知らないとシラを切っているのです」

「そんな……っ。護衛騎士たちの証言もあるのに」


「ええ。表沙汰にはまだできませんが私たちも事実を確認しております。しかし神殿は誘拐など知らないと」

「酷い話だわ」

白昼堂々騒ぎを起こしておいて知らぬ存ぜぬで通せる訳がない。


「全くです。さらにはそこまで言うのなら神殿内の捜索をと公爵とロレンツォ王子が申し出たところ、神殿への可干渉だと抗議を受けています」

普通に考えたらそうだが、今は状況が状況だ。


「公爵家筋の治癒魔法使いや聖騎士も不当に謹慎を言い付けられているようすです」

少なくとも公爵家筋の治癒魔法使い使いたちはこちら側と言うことか。それだけが救いだが。


「堂々と誘拐しておいて酷いわね」

「ええ。まさに。さらには皇国の大神殿に通報するとまで」

「それって……神殿の総本山じゃない」

「その通り。皇国の大神殿を敵に回せば世界中の神殿を敵に回します」

それでは強引に突入なんてできやしない。


「旦那さまにも魔法通信を出しましたが……旦那さまが加わったとしても突破口がない。現在何か手がないか方々を当たっているところです」

「苦労をかけるわね」

「苦労だなんてとんでもない。我々はただ奥さまとヴィオラさんの無事の救出を望むだけです」

「ええ。ありがとう。サーガさん」

「いいえ。奥さまもどうかご無事で」

私たちを助けるためにみんなが動いてくれている。その事実だけで励まされる。


救出を信じて、私はヴィオラを守るためにポーションを作らなきゃ。


牢の向こうに再び闇が下り、薄暗がりの中再びポーション瓶を手に取る。


※※※


――――side:フェル


「大変です!隊長!」

討伐を指揮していれば若い騎士が大慌てでやって来る。


「どうした!」

「こちらを!」

「これは……っ」

ローレンからの急ぎの魔法通信を見て目を疑う。リーシェとヴィオラが神殿に誘拐された……!?


「隊長」

ディーノが心配そうに顔を覗いてくる。


「今夜中にカタをつける」

「確かに奥さまたちは心配だが」


「安心しろ。部下たちを酷使するつもりはない。俺がやる。ジャン、お前もだ」

「俺も部下じゃないの?」

「バカ。お前は俺の左腕だろ?右はまだまだ譲れんが」

「いいよ。副隊長には頭が上がらないし……リーシェとヴィオラさんのためだ」

「決まりだな。今夜は暴れるぞ」

そう告げれば部下たちが集まってくる。


「自分たちもやります!」

「奥さまとヴィオラさんの危機なんです!」

「やらせてください!」


「お前ら……」

「隊長、実は奥さまのお手製のMPポーション、送ってもらったものが届いていますよ」

治癒魔法使いが俺とジャンに渡してくる。


「よし……これでたっぷり暴れられるな」

「ええ。我々としても奥さまたちの救出を一刻も早く願っていますから」

「ああ。ありがとうな」

MPポーションを飲み干せば魔力が漲ってくる。

「……リーシェ」

初めて出会ったあの時からまるで運命のように忘れたことなどない。


それからローズ伯爵夫人に菓子を勧められ再会した時と同じような、ひどく満たされる感覚。


「待ってろ、リーシェ。ヴィオラ。必ず救い出す!」

俺は眠らぬ剣を携え、同志たちと夜の合戦へと繰り出した。


※※※


――――side:リーシェ


ほぼ不眠でポーションを仕上げ、納める。この地獄はいつ終わるのか。


「ううん、悲観してはダメよ」

サーガさんやホーリーナイト公爵家、カイルやロレンツォ王子も動いてくれているのだから!


「ちょっと、どう言うことよ!」

そんな折り、リリシアのキンキン声にハッとする。


「ポーションの品質が落ちているじゃない!」

「そんなことを言われたって……」

こちらだってヴィオラのために必死で作っているのだ。


原因は素材のせい?いや、最初はリリシアのお眼鏡にかなったはず。


「全く使えないわね!」

そう言われたって……考えられるのは栄養不足や睡眠不足。しかしそう強要しているのは他ならぬリリシアではないか。


「やっぱりあんたみたいな使えない女はフェリックスさまに相応しくないのよ!」

結局行き着く先はそれか。リリシアはずっとフェルさまに横恋慕しようとしてきたのだ。


「なのに何であなたの!?」

彼女が上手く行っていると思っていた策は頓挫した。


「わたくしがフェリックスさまにエスコートしていただいていたのにっ」

フェルさまは単なる義務として応じていただけ。私のために陛下に掛け合いリリシアのエスコートをすることはなくなった。


「そうね……そうだわ。まずは罰を受けてもらわないとね」

ま……まさか。


「やりなさい」

リリシアが連れてきた聖騎士が隣の牢の鍵を開ける。

「やめて!ヴィオラに手を出さないで!」

「うっさいわね!わたくしの名誉を傷付けておいて今さら命乞い?」

「そう思うのなら私にして!ヴィオラに手を出さないで!」

「あっははははっ」

何がおかしいの……?


「何のためにメイドも一緒に拐ってきたと思ってるの?」

まさか最初からそのつもりで……。


「あんたのその顔が見たいからよ!あっはっはっはっはっ!」

この女は悪魔か。私の大切なヴィオラを傷付けることで私腹を肥やそうとしているのだ。


「さぁ、やりなさい!」

鈍い音が響く。

『う……っ、ああぅっ』

「ヴィオラ!やめて!ヴィオラに酷いことをしないで!」

「あっはっはっはっはっ!嫌よ!これが傑作なのに?やめるはずないじゃない!」

そんな……!しかし気が付いた。視界の端に何かが……。


「あはーっはっはっ……」

「へぶっ」

ヴィオラを痛め付けていた聖騎士が吹っ飛び姿を見せた顔に驚く。


「フェルさま!?」

「フェリックスさま!?どうして……わたくしに会いに来てくださったの?」

この女は何を言っている。


「そんなわけあるか!ふざけるな!」

フェルさまの怒号が飛べば、雪崩れ込んできた近衛騎士に聖騎士と共にリリシアが拘束される。

女性騎士たちに混ざってジャンも来てくれた!


「きゃあぁっ!?わたくしは王女よ!このわたくしにこんなことをしてただで済むと……」

「父上から許可は得ているよ、リリシア」

ロレンツォ王子まで!?


「そんな……お父さまがどうしてっ!でもわたくしは聖女よ!わたくしに手を出せば皇国の大神殿が……っ」

そうよね……?強引に踏み込めば皇国の大神殿を敵に回すかもしれないのに大丈夫なのだろうか?


「その辺は既に解決済みだ。神殿内を改めるも何をするも問題ない」

どう言うこと?リリシアも訳が分からないと呆然としている。


「さぁて、どう落とし前をつけてもらおうか!?」

フェルさまがリリシアに剣を突き付けた。


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