第11話 囚われのリーシェ
――――ポーション作りは初めてだ。何をどうやればいいのやら。
「今回は私が手解きします」
手を貸してくれたのは庭師のサーガさんだ。と言うか庭師……身体つきはしっかりしているが身のこなしは軽やか。やっぱりフェルさまが言っていた通り御庭番も兼務しているのだろうか?
「よ、よろしくお願いします!」
しかしながら今は真面目に習わなければ!
やっぱり御庭番でも作っていると聞いたし……手際が軽やかだ。
「なかなか良い素材を仕入れたようですね」
しかし庭師としてもプロなのか植物には詳しい。
「偶然知り合った方が目利きをしてくれたのよ」
「それはそれは。奥さまは良い出会いを招かれますね。ガレットも美味しかったです」
「それは良かったわ」
あの後屋敷のみんなにもお裾分けして、サーガさんたちにもどうぞと配りに行ったのだ。思えばあれも良い出会いのうちよね。
「では早速ですが作って参りましょう」
「はい!」
「用意するのはポーション瓶と」
こちらは近衛騎士団から提供してもらったもの。ラベルに近衛騎士団の印がついており、近衛騎士団に卸す専用のものだ。
「すり鉢すり棒」
「これだけでできるのね」
「ええ。庶民でもこれさえあればポーションを作ることができます。余裕がなかったり自前のもので効かなかったりなどは神殿から買うしかないですが」
「高いものね」
だからまずは手作りか。
「薬草を混ぜながら丁寧にこしてください」
「ええ!」
十分に濾しつつ、途中でサーガが水を入れてくれる。
「神殿では聖水を使います。作り手が治癒魔法使いなら聖水ではなく自分の魔力で清めます。乾物だとこの行程が必要なのです」
「逆に新鮮なものなら不要ってこと?」
「ええ。水分を含んでいますから。ですが乾物の方が安価ですし、店で手に入ります」
「そっか……その言い方だと新鮮なものは自ら採集って選択肢もありそうね」
「ええ。近くに群生地があるなりしないと厳しいですね。ですがそのようなところには魔物も獣もおります」
野生のものは彼らも使うものだから……ってことか。
「だから騎士や冒険者が素材採集をするのね」
「そう言うことです」
冒険者なら自ら採集して作ることもできようが、余った分は卸して乾物にしてもらった方が報酬にもなるのよね。
「良い感じにこせましたね」
「治癒魔法は込めてないけど大丈夫かしら」
「旦那さまから聞く限り、奥さまの場合これで治癒魔法が宿るはずです」
「……確かに。上手く出来ているといいのだけど」
サーガに監修してもらい無事に10本を完成させることが出来た。
「後はこれを近衛騎士団に卸しに行くだけね。ヴィオラと行ってくるわ」
「奥さま自ら行かれるのですか?」
「ええ。改善点などがあれば直接聞きたいもの」
初めての納品なので近衛騎士団の治癒魔法使いがその場で鑑定してくれることになっているのだ。
「それではお気を付けて。護衛も付いていくでしょうが」
「ええ。ありがとう」
※※※
――――出迎えてくれたのは誠実そうな女性の近衛騎士である。
「奥さま、どうぞこちらへ。医務室まで案内いたします」
「ありがとう。待っていてくれたの?」
「もちろんですよ。奥さまに何かあればフェリックス隊長にどやさ……いえいえ、何でも」
うん……?今ちょっと不穏な言葉が出かからなかったかしら?
「こちらが医務室です。治癒魔法使いが鑑定いたしますね」
「ええ、よろしくお願いね」
そしてポーションを差し出せば。
「こ……これはっ」
治癒魔法使いがピタッと固まっている。
「あの……やっぱり上手く出来なかったかしら」
お菓子や乾物は治癒魔法がこもったがやはりポーションだと厳しかったろうか?
「いえ、これは素晴らしい治癒魔法がこもっております。この品質のポーションをこれからも納めていただけるとなれば我々近衛騎士団も大助かりですよ!」
「そ……その、それは良かったわ!」
私もフェルさまの役に立てるのだ!
「じゃぁ追加分の瓶ももらっていこうかしら」
「いえ、こちらから配達いたしますよ。もし良ければ回収も。もちろん無料でいたします」
「いいの?」
「もちろんです。このような素晴らしいポーションですから。しかし体調は大丈夫ですか?」
「えっ!?」
「ポーション作りで治癒魔法を込めると言う行為はMPを消費し疲労が出るのです」
「その……今のところは平気よ?」
MPがあるのかどうかも怪しいが現に治癒魔法がこもっているのならある……のよね。
しかしお菓子作りや乾物作りでも疲労を感じたことがないと言うか『楽しい』だけである。
「でしたら良かったです。報酬は明日の配達時にお屋敷にお納めします。これからもお願いしますね」
「はい!こちらこそ!」
ポーション作りは大成功だ。また明日買い付けに行って……少しまとめて仕入れようかしら?
※※※
ポーションを卸し始めて数日。もうじきフェルさまの討伐も終わる頃かしら。最近はMPポーションも卸している。
「さて、今日も仕入れるわよ!」
「はい、奥さま。しかしだいぶ生き生きされて」
「それはその……っ」
フェルさまとの関係が修復されたからか、私にもできることが増えたからか。
「確かに最近は楽しいかも」
「ふふっ。それは何よりです」
メイド時代からよく目をかけてくれたヴィオラ。彼女には何もかもお見通しのようだ。
「せっかくだから帰りにまた焼き菓子屋さんにでも……」
そう言いかけた時だった。
「奥さま!」
力強い女性の声。まさか護衛……っ。
「ふむっ」
口を塞がれた!?
「奥さ……っ、きゃっ」
「んーっ!」
ヴィオラ!さらには所々で揉み合い?まさか護衛たちが足止めされている!?こんな街中でこんな堂々と!?
「んんっ、んっ」
しかし抵抗むなしく何処かへと運ばれていく。一体これはどう言うことなの……!?
※※※
――――薄暗い。寒い、床が冷たい。ここは……牢獄だ。
一体どうなってるの?それに……。
「ヴィオラ!ヴィオラ無事!?」
『はい、奥さま!』
分厚い壁に仕切られているが、向こう側の牢屋にいるのだと分かる。
『奥さまはご無事ですか?お怪我は!』
「ええ、怪我もないわ」
『良かったですわ』
「ヴィオラの方こそ怪我はない?」
『はい、ございませんわ』
良かった。ヴィオラに何かあったらと思って肝が冷えたわ。
「でも……これは一体どう言うことなのかしら。そしてどこなのかしら」
『途中で目隠しをされてしまいましたから。ですが騎士たちが無事ならば探してくれるはずですわ』
「ええ。カイルも私たちの帰りが遅いことを疑問に思うはず」
『落ち着いて、助けを待ちましょう』
「分かった」
ヴィオラがいてくれて助かったかも。ひとりだったら取り乱していたかもしれない。
「だけど一体どこの誰がこんなことを……?」
『分かりませんわ。騎士たちのあの足止め。用意周到な上に敵も相当の腕前のはずですわね』
「そうよね。じゃなきゃあそこまで足止めされてやすやすと誘拐されるだなんて」
しかも寄ってたかって騎士たちを足止めしていた。私たちの行動を監視し、あそこまでの人員を差し向けられるって……一体何者?
『お金目的なのか、大公家への恨みなのか』
「考えられるのはそこだけど……わざわざ私を誘拐したのが気になるわね」
しかもヴィオラまで一緒に。目撃者ってのもあるかもしれないけれど、そこに何か恐ろしい企みがあるのではと勘繰ってしまう。
「……とにかく誰がどういう目的で私たちを誘拐したのか、一刻も早く突き止めなきゃ!」
『ですわね。……あ、奥さま、誰か来ますわ!』
「……っ!」
カンカンと靴音が響いてくる。誰か来る!ヴィオラとぐっと息を潜めながら身構える。
「いいざまね」
そう言ってにっこりとほくそ笑んだ女に驚愕する。
「リリシア王女殿下」
さらには屈強そうな聖騎士を連れている。と言うことはここは王城ではない。つまり神殿ってこと?
「ふんっ。わたくしを差し置いて目立つあなたが悪いのよ」
「……いつ私か目立ったのよ」
身に覚えがまるでない。
「生意気な口の利き方ね。自分の立場が分かってないのかしら?」
リリシアがキッと目をつり上げる。
「それは……」
確かに囚われの身ではあるけれど逆恨みでしかないこの状況。一体何が彼女の逆鱗に触れたってわけ?
「そうね……まずは立場を分からせないと。やって」
何をする気なの?リリシアが連れてきた聖騎士に命じる。
「これから面白いものが見られるわよ。ああそっちの牢からは見えないでしょうけど……」
ガチャリ、と音が鳴る。聖騎士が隣の牢を開けたのが分かった。もちろん逃がすためじゃない。
――――さらに、その瞬間。
『キャアァッ』
悲鳴と共に鈍い音が響く。
「何をしたの!?ヴィオラ!ヴィオラ!?」
「黙りなさいよ」
「……リリシア王女殿下」
「いい?これがあなたの今の立場ってわけ」
何が今の私の立場よ!
「あなたが身の程を弁えなければこうなるの。よく分かったでしょ?」
「く……っ」
何よ身の程って!さらに暴力で女性をだなんて。同じ女性だとは思えぬ横暴じゃない!
「ふふっ。だけどあなた甘ちゃんね」
「……」
どういう意味?
「メイドごときが殴られたくらいでその表情……っ!本当にウケるわ!あっははははっ!」
メイドごときがだなんて。ヴィオラは私の大切な……なくてはならない存在なのに!
「本当に……あんたに大公夫人は相応しくない」
リリシアの怒りの原点はそこなのだ。
「わたくしの方がフェリックスさまに相応しいのよ!」
こんな女が……っ。怒りが沸々と湧いて出る。
「立場が分かったのなら……」
リリシアが牢屋の小窓を開け、何かを差し入れてくる。乾いていない生の薬草だ。さらには空のポーション瓶。
「これは……ポーションの材料?」
「そうよ。ポーションを作りなさい。作らないと……分かるわよね」
リリシアが目で合図をした瞬間。
『ぐ……っ、ううっ』
鈍い音と苦しげな声が響く。
「や、やめて!ヴィオラ!ヴィオラぁっ!」
「ち……っ。煩いわね。メイドもさっきみたいにみっともなく泣き叫べばいいのに。つまらないの」
「何がつまらないよ!」
ヴィオラが苦しんでいるのに……っ。
「うっさいわね。また痛め付けられたいの?」
「……っ」
卑怯な……っ!
「分かったのならちゃんと作ることね」
ガチャリ。再びヴィオラの牢が施錠されたのが分かる。満足したのかリリシアが聖騎士と共にカツカツと遠ざかっていく。
「……んで、こんなことにっ」
ポーションなら聖女のリリシアだって作れるだろうに。どうしてヴィオラを苦しめて私に作らせようとするのか。
『おくさま……わたしは、だいじょうぶですから……』
「ヴィオラ……!?ヴィオラっ!」
『たすけがくる……までの、しんぼう、ですわ』
「ええ……ええ、ヴィオラ!必ず助けるから!」
『おくさま……そのおことば、だけで、わたしは……ぐっ』
「苦しいの?無理にしゃべらないで!体力を温存するのよ」
『……は、い』
ヴィオラの身を案じながらも、私はポーションを作るしかない。自力では抜け出すこともできない。今はただ、ヴィオラを守るために。
※※※
――――side:リリシア
「ふふっ。スッキリしたわ。リーシェのあの顔……ざまあないわね!あっはははっ」
地上ではリリシアが優雅に足を組んで高笑いをしていた。
「それにしてもやっと謹慎が解けたかと思えばお父さまに神殿での奉仕を命じられるだなんて」
そうは言えどもリリシアには奉仕をやる気などさらさらない。
「わたくしは王女であり聖女なのよ」
リリシアはその身分を利用し聖騎士たちを抱き込み、神官たちをこき使うだけ。
「けど……まさか奉仕のついでにポーション作りまで要求されるだなんて。神殿の聖女どもは役立たずだし」
神官たちは聖女たちはお務めの納品分があるからと断っていた。納品が遅れれば国王の耳にもはいるとなればリリシアも諦めるほかなかった。
「それにしてもいい情報が得られたわ。魔力もろくにないはずのリーシェのポーション」
近衛騎士団にのみ卸される上級ポーションの作り手は城内でも話題になっていた。そしてそれをリリシア付きのの侍女が情報としてもたらしたのだ。
「それに神殿にとってもいい話でしょう?」
「は、はい!リリシアさま」
神殿の責任者がリリシアにヘコヘコ礼をする。
「神殿としても噂のポーションの作り手を手に入れられるとあれば願っても見ないことでございます!」
優れた治癒魔法使いや聖女は神殿で抱えるべきである。
――――そうした大義のもと聖騎士を動員させた白昼堂々の誘拐は決行されたのだった。
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