第10話 出会いのガレット
――――その日大公邸が騒然としていた。
厨房で焼き立てのガレットを冷ましていれば突如駆け込んできた姿に驚く。
「フェルさま!?その腕は……っ」
今日は随分と早く帰ってきたと思いきや、右腕がまるまる凍り付いている。
「まさか魔物に凍らされて……いやでも、それならジャンの炎魔法で溶かせるような」
氷はフェルさま、炎はジャンと呼ばれるくらい優秀な魔法使いコンビなのだ。
「凍らせたのはフェル自身だよ」
「そうなの!?ジャン」
「そ。討伐中にね」
「討伐中ってまさか怪我を……っ」
「掠り傷だ」
「とは言え魔物の爪に毒があったんですよ!」
ローズ伯爵が焦ったように告げる。
「ちょうど今状態異常ポーションが不足していまして」
「屋敷に何かあんだろ」
そりゃぁポーションのひとつやふたつ在庫はあるだろうが。
「急いで備品庫から……っ」
「いやいい、多分これで足りる」
フェルさまが左手でひょいっと摘まんだのは焼き立てのガレットだった。
「あ、それは試作品で……」
自分で味見しようと思っていたのだが。
「……って、そうじゃない!ガレット食べても毒は……っ」
治らないはずじゃ……。
「いいや、上出来だ」
「んじゃ溶かすよ、隊長」
気が付けばジャンのヒート魔法で氷が溶けていく。その肌の上には何の傷もない。
「まさか本当にここまでの効果が」
「ディーノはアリーシャ夫人の件で承知のはずだが?」
「それはそうですが……改めて見るとすごいですね」
「あの……どう言うこと?」
「リーシェにはまだ詳しく話していなかったな。全ては俺の推測に過ぎなかったが」
「えっと……推測?」
「そうだ。リーシェの作る菓子には治癒魔法が宿っている。俺のMP回復、アリーシャ夫人の体調改善、さらには状態異常と傷まで」
「え……」
初耳なのだが。
「私のお菓子でフェルさまのMPが回復していたの……?」
「そうだ。そしてそれは菓子だけじゃない。保存食でもだ」
「あれってそれにも役立ってたの!?」
「もしかしたらポーションでも同じ効果が期待できるかもな。あれも飲み物の一種だし」
「ええええぇっ!?」
そんなの……初耳なのだが。私にもポーションが作れると言うこと!?
「でも私、魔力はないものだと」
何せ魔法も使えないのだから。
「そこが不思議なところだが、確かに力は宿っている」
「力が……宿ってる」
これはその、ポーションも作ってみるべきと思っていいのだろうか……?
いきなりもたらされた事実に開いた口が塞がらなかった。
※※※
――――それからほどなくしてフェルさまの遠征が決まった。
かくいう私は近衛騎士団の治癒魔法使いから特別に教えてもらったレシピを手にしていた。
「遠征と言っても1週間程だ。安心して待っていてくれ」
「ええ。フェルさまが遠征の間、私もポーションを作るわ!」
練習したら近衛騎士団の治癒魔法使いが鑑定してくれる段取りである。
「ああ。結果を楽しみにしている」
「頑張るわね」
治癒魔法は相変わらずからっきしだが、チャレンジしてみる価値はある。私も私で出来ることをやってみなくては。
※※※
「それでは気を付けてね」
「ああ。早く片付けばその分早く帰ってくる」
「うん、でも無理はしないでよ?」
「心得ておく」
「見張っておきます」
ローズ伯爵がついているのなら大丈夫か。
「おい」
フェルさまは不満そうだがジャンがそこで失笑している。
「そこまでだ。ジャン。気を引き締めて行くぞ」
「了解、隊長」
ジャンが失笑をやめキリッと敬礼する。相変わらずオンオフの切り替えが上手いわね。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
こんな風に見送りができる日が来るなんて。半年前は思っても見なかった。
フェルさまたちを見送れば、私は屋敷でひとりお留守番……いや、ヴィオラたちもいるからきっと寂しくないはずよ。
「それじゃぁヴィオラ。私たちは早速買い付けの準備に向かいましょうか」
「ええ、奥さま」
街に買い物に行くのに違和感のない街娘の格好に仕上げてもらう。
「メイド服とはまた違って新鮮ね」
「メイドだとそのままお使いに行けてしまいますものね。ですけど……プライベートでは外出はなされなかったので?」
「お休みの日は部屋でゆっくりするか本を読むくらいだったから。プライベートで街歩きってのは新鮮なのよ」
お使いのお仕事はあったからお勘定などはちゃんとできるが。
「でしたら今日は買い付けの後は街歩きも楽しみましょうか。ポーションの納品も急ぐものでもありませんわ」
「ええ!そうね!」
「では参りましょうか」
「うん」
ヴィオラも一緒に付いてきてくれるから安心である。
「街は今日も活気に溢れているわね」
「ええ。陛下のご治世が安定しているお陰ですわね」
祭の時とはまた違う活気。行き交うのは街の人や旅人、それから冒険者と呼ばれる者たち。フェルさま曰く、討伐の時に共闘する時もあるのよね。
「ええとおさらいだけど。ポーションの材料は街の人や冒険者たちも買い付けることがあるから薬草屋さんで買えるのよね」
「ええ。既製品はありますが素材から作った方が早いですね」
「それで済む傷ならば自分たちでと言うことね」
「これも庶民の生きる術ですから。もちろん作り方を知らなければ買うことになりますね」
ヴィオラも貴族出身なのによく知ってるなぁ。私なんてまだまだだ。
「レシピも家々や組織に伝わるものが多いのですわ」
「近衛騎士団の治癒魔法使いたちもそうってことね」
「ええ。それから神殿から買い付けることもありますが、その分高くなるので必要最低限らしいんですの」
「そっかぁ」
「因みに大公邸の備蓄は御庭番の方々が作ってくれておりますわ」
「さすがは御庭番。なんでもできるわね」
「ええ。ただし神殿のものとは違い、治癒魔法がこもっているものではないので薬草分の効き目ですわ」
「そっか、近衛騎士団のように治癒魔法使いが作っているわけではないからか」
「ええ。神殿も治癒魔法を込めますが……お高くなりますわ。ギルドやポーション屋で買うにしてもです」
「なら治癒魔法使いを抱えていれば最低限は自分たちで作るってことね」
それでは神殿が商売あがったりと思われるかもだが、王族貴族からの寄付も莫大だと言う。貴族は神殿から買うことが多いので売り先もある。
「あ、奥さま。薬草屋さんの看板が見えましてよ」
「本当ね。聞いていたとおりポーションのマークがかかれているわ」
早速薬草屋さんへと向かおうとすれば、途端いい匂いがしてくる。
「焼き菓子だわ!」
「奥さま」
「わ……分かってるわ。買い物は薬草屋さんの後で……」
そう言おうとしたところで困惑の声が聴こえてくる。
「うーむ、これがあれば何でも買えると聞いたのですが」
「いや、兄ちゃん。そりゃ釣り銭がねぇからだよ」
「細かいお釣りは入りませんが」
「そう言う問題じゃねぇって」
菓子屋の主人が頭を抱え、ご夫人も困った様子である。
店先にいる青年は流れるシルバーブロンドに金色の瞳。透き通る肌に神秘的な雰囲気。
さらには彼が持っている……白金貨。
「いやいや、ここら辺の買い物で出すとしても銀貨までよ」
「ですわねぇ……」
「そうよそれを白金貨だなんて……っ!」
どこのお貴族さまの出!?私やヴィオラでも分かってるわよ!?
「あの……あなた何を買いたいの?」
困っているようなので恐る恐る声をかけてみる。
「このガレットをひとつ」
ど……銅貨1枚。
因みに銅貨10枚で銀貨1枚。明らかに白金貨は大きすぎる。釣り銭もどれだけ必要なのか。
「ここは私が出すわ」
店のご夫人に銅貨1枚を差し出す。
「あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして!」
困った時はお互い様だものね。
「はい。王都のガレットは美味しいって評判なのよ」
「ありがとうございます、親切なお嬢さん。味わって食べますね」
「ええ。是非」
「それにしても美味しいですね、このガレット」
ガレット、お好きなのかしら。私も好きだけど。
「そうだ……何かお礼をさせていただけますか?」
「そんな、ガレット1枚くらいいいですよ」
「そう言うわけには参りません。親切にしていただいたのですから!」
「とは言え……私たち、これから薬草屋さんに行くところなんですが」
「それなら私が薬草の目利きをいたしましょう」
「えっ。詳しいのですか?」
「これでも治癒魔法使いですので」
そう言えば治癒魔法使いのようなローブの衣装を着ている。
「私はルシルと言います」
「私はリーシェ、彼女はヴィオラよ」
「よろしくお願いしますわ」
ヴィオラがぺこりと挨拶する。
「それでは早速薬草屋さんに向かいましょうか。えーと、どちらです?」
「こちらですわ」
ヴィオラが先導してくれる。んー……やはりルシルさんは王都の外から来た貴族の旅行者なのかしら?
早速お目当ての扉を開ければ、早速薬効のありそうな匂いが漂ってくる。
「どんな薬草がお望みでしょうか」
「通常のポーションでいいわよ」
「それでしたら……」
下町の買い物には慣れていないだろうに、店内では真っ先に目当ての薬草に足を向ける。どうやら治癒魔法使いとしての腕は相当なようね。
「この薬草と……それからこれと、これ。分量はいかほどで?」
「まずは10本分でお願いしたいのだけど」
「でしたら……」
ルシルさんがさくさくと材料を取っていく。
「本当に手慣れてる……」
「ますます不思議な方ですわね」
「そうよね」
治癒魔法使いとして材料の選別はすれど自分で買い付けることがない身分ってことかしら。
「材料は摘みかたや乾燥させる技術が大切なので、新鮮であれば何でもいいと言うわけでもないのがポイントですね」
「ポーションにも消費期限がありますし、材料を乾燥させられるのなら必要なものを必要な時に補充できた方がいいってことですね」
「そう言うことです。特に……ここの摘んだ後。乱暴にちぎれていないものや葉が傷まずしっかり乾燥させてあるものが理想ですね」
「勉強になります……!」
「ふふっ。お役に立てて何よりです」
しかも驚きなのが10本分の分量なのに……。
「銀貨1枚、銅貨5枚ですね」
乾物素材、量り売りでこのお値段。神殿で買ったら銀貨2枚。品質によっては倍なのよね。
「今日は助かりました」
「いえいえ、お役に立ててなにより。……と、どうやら見付かってしまったようです」
誰に……と思いきやその場に何人もの難いのいい男性たちが詰めてくる。な、何事!?敵ではないようだが。
「ルシルさま!護衛を振りきるなんて何を考えているんですか!」
「心配したんですから!」
どうやらルシルさんのお知り合いみたい……と言うか護衛?
「ふふっ。たまには冒険をしてみたくもなるものなのですよ」
「心臓に悪いのでおやめください」
「そうですよ。心配したのですから」
ふぅと息を吐いた男性たちがこちらを見る。
「彼女たちは……」
「冒険の途中に出会ったのですよ。ガレットをご馳走してくださったのです」
「それはそれは……!申し訳ありません。いくらですか」
護衛の男性が焦ったようにこちらに駆け寄る。
「いえ……その、こちらもポーションの素材を目利きしていただいたのでお代は大丈夫です!ギブアンドテイクですよ!」
「ふぅ……それでしたら。しかしルシルさまが素材の目利きを……。きっと良いポーションが作れますよ」
「は、はい!しっかり作ってみせます!」
「その意気ですよ」
ルシルさんが優しく微笑み、そして掌を包み込むように握ってくる。
「今日の出会いに感謝を。またどこかでお会いできたらどんなポーションができたかを教えてくださいね」
「ええ、もちろんです!」
「それではお元気で」
「ルシルさんもお元気で!」
護衛たちに連れられるルシルさんと手を振り合う。上手くできたら、ルシルさんにも伝えられるといいなぁ。
「さて……と、ヴィオラ。私たちも帰りましょうか」
「ええ。奥さま」
「それからあの焼き菓子屋さんで私たちもガレットを買わない?」
「いいですわね。薬草の買い付けも終えましたし」
「でしょ?せっかくだからみんなの分も買っていきましょうか」
「きっと喜びますわ」
再び焼き菓子屋さんに顔を出せば、ご夫婦で喜んでもらえた。
「私たちの分とお土産用とで……このくらいかしら」
「ありがとうございます、これからもご贔屓に」
「こちらこそですよ」
包んでもらったガレットと薬草屋さんで買い付けた薬草を持ち私たちは帰邸することにしたのだった。
お土産を披露すれば屋敷のみんなにとても喜んでもらえて私たちも大満足である。
さて……後は薬草ね。一体どんなポーションができるだろう?
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