第8話 裏ルート
――――沈黙のままでは、前には進めないから。
「嘘を吐いていて……ごめんなさい」
ブルーム伯爵邸へと向かう馬車の中。私はゆっくりと頭を下げた。
「いや……いいんだ。頭を上げてくれ。気付いてやれなかった俺の責任だ」
「だけど……っ」
「リーシェを追い詰めたのは俺だ。だからこそ償いをさせてくれ」
「フェルさま」
「それに……肌にいい素材を使うと言うのもリーシェのきれいな肌を守るには必要なことだ」
「……っ」
きれいって……。
「これからも贈らせてくれ」
「う……うん」
「それからドレスも好きなものを買わせてたとはいえ……今度からは俺も用意する」
「いいの?」
「ああ。俺は遠征で留守にすることも多いからいつでも最新の流行をとはいかないだろうが」
だからこそ私に任せてくれていたのだろうか。今更ながらフェルさまの行動は私のためを思ってくれていることばかりだと分かる。
「それでも嬉しいわ。フェルさまが選んでくれたのなら何だって」
「ありがとう、リーシェ。こんな俺でも見捨てないでくれて」
「そんなこと……私の方こそ」
『離婚を』だなどと言い出したのに。今はこんなにも愛して、優しくしてくれている。
「さて、ようやっとブルーム伯爵邸だ。騒動に乗じてブルーム伯爵令息が急ぎパーティー会場を抜け出したことは調べがついている」
「え……いつの間にっ!?」
「うちの庭師は優秀なものでな」
「ん?どうして庭師さん……?」
「御庭番って聞いたことないか?」
「そりゃぁまぁ。……ってことはもしかしてっ」
「そう言うこと。それにリーシェ、お前はよく菓子の味見をアイツらにも頼んでたろ」
「う……うん」
御庭番までしているとは思わなくて。気軽に味見をお願いしてしまってよかったのだろうか。
「アイツら相当気に入ってるみたいでな」
「へ……?気に入ってる……?」
「アイツらからしてもリーシェは大人気だからな。アイツらも気合いが入ってるんだ」
大人気って……お菓子が、だよね?ならこれからも味見を頼んでもいいのだろうか?
「さ、お手をどうぞ」
「あ、ありがとう」
ブルーム伯爵邸に降り立てば早速黒ずくめの人影が降りてくる。あの庭師さんたちのひとり……?目元から推測できるが……今は名前は言わない方がいいよね。
「ブルーム伯爵令息はどうしてる?」
「現在大慌てでジュエリーを持ち出そうとしています。ほら、間もなく」
伯爵邸にしてはこじんまりとした邸から鞄を大事そうに持ちながら出てくる美男が見える。
「ブルーム伯爵令息ね。相変わらず顔だけはいいのね」
「リーシェはああ言うのがいいのか?」
「まさか。婚約者がいながら平気で妹と浮気するような男、ごめんだわ」
「本当に、リーシェの良さが分からないなんて」「ちょ……フェルったら」
「まぁそこまでの男と言うことだな」
「それはその……同意だわ。それに……」
「リーシェ?」
「フェルさまの方が100億倍いい男よ」
「上出来だ」
ニィと笑むフェルさま。私もついつい笑顔になる。
「おふたりとも、そろそろ」
あ、御庭番や騎士たちもいたのだった。
そしてブルーム伯爵令息は焦りながら馬車に乗り込む。そこを特務部隊の隊員たちがぐるりと取り囲む。
「はーい、そこまでだ」
ジャンが剣を突き付けほくそ笑む。
「な、何なんだ貴様らは!」
「格好を見れば分かるでしょう?国王陛下の命であなたを取っ捕まえに来たのですよ」
ローズ伯爵の口調は穏やかだが迫力は歴戦の騎士そのものだ。
「その通り。リーシェから奪ったものを返してもらおうか」
ブルーム伯爵令息エドワードは私たちの姿を捕え唖然として鞄を取り落とす。
「り……リーシェ、何故お前がここに!」
「お前だと?貴様に私の妻の名を気軽に呼ぶ権利はないと思うが」
実家にいた頃は名前どころか『ブス』だの『ノロマ』だの貶す言葉を何度も投げ掛けられた。だから……。
「……私も名を呼ばれるのはあまりいい気分ではないかも」
「ならば勝手に呼ばないでもらおうか」
「ぼ……ぼくはお前の元婚約者だぞ!?」
「……っ。勝手なこと言わないで!あなたは……最初の顔合わせからペネロペとだけ会い、ペネロペと関係を持ってたじゃない!」
「そ……そんなのはお前が悪いだろう!平凡なブスよりも美しいペネロペの方がいいに決まってる!」
「黙れ……っ!」
フェルさまの怒号が響く。
「今すぐ拷問にかけていいか?な?ディーノ」
フェルさまの目がマジである。
さすがのエドワードも『ひぃっ』と短い悲鳴を上げる。
「このような小者に拷問をかけたら真実をしゃべる前に失神して使い物になりません」
ローズ伯爵の言うことが全うすぎる。そしてその言葉に拷問されないことだけを予見して安堵の息を漏らすエドワード。
「尋問して洗いざらい吐かせた後に思う存分やってよろしいですよ」
「よっしゃ、決まり」
「ひいぃっ!?」
エドワードに逃げ道など残されてなかった。拷問うんぬんの話は……深くは突っ込まないでおいた方が良さそうだ。
「さて、証拠品を押収したことだし。残っていたのは2、3セット。後は売っ払ったか」
「そのようですね」
「大公夫人から宝飾品を奪い取り裏ルートに流すなんて……どれだけ重い罪になるのだろうな?」
「そ、そんな!ぼくはただペネロペがいらないと言った宝石をもらって売ろうとしただけで……っ」
「大公家の家紋付きの宝石に証文をか?ここに証拠が揃ってんのに今さら自分は無関係ツラできると思ってんのか?えぇ?」
フェルさまが威嚇するように剣を突き付ける。
「お前の罪は言い逃れできないもんなんだよ!」
「う……ウソだ、そんな」
「リーシェから無理矢理奪い取った報いは受けてもらうぞ」
「い……嫌だ!ぼくは悪くない!そ、そうだ!」
エドワードは何か閃いたように私を見る。
「元々ぼくはリーシェの婚約者だったんだ!そう……だからその婚約を復活させれば、ぼくはただ婚約者から宝石をもらっただけで無罪だろう!」
「アホかお前は!リーシェはもう俺の妻だ!お前の婚約者になどなりはしない!兄上もそんなバカな話は認めない!」
「ひぃっ」
フェルさまの勢いにエドワードはビクビクと震え、特務部隊員たちに乱暴に拘束されていく。
「リーシェが婚約していた事実すらなかったことにしたい」
「でも今はフェルさまと結婚できたから」
「……リーシェ」
「フェルさまの妻だから、大丈夫」
「そうか、それなら」
フェルさまが私の身体を優しく包み込む。ここが私の居場所。大好きな人の温もり。それを実感できる今が一番幸せなのだ。
※※※
――――side:フェル
表の騎士服から打って変わって黒の騎士服に身を包む。
「ヴィオラ、リーシェは?」
「ご安心なさいませ。ぐっすりと眠っておられます」
「ならいい」
「よろしいので?まだ夫婦用の寝室ではなく夫人用の寝室ですが」
「……それは帰ってきたらやる。だが夫婦用の寝室も用意しておいてくれ」
「畏まりました」
「それから……これを。金具は後で付け替えるが」
ヴィオラに押収したサファイアブルーを手渡す。
「まさか本当に在庫が紛失されていたとは。今後一層徹底いたします」
「そうしてくれ」
またリーシェが傷付くなどごめんだからな。
「ではカイル、屋敷のことは頼んだ」
「お任せを」
「ああ」
そうして表に出れば、早速己の腹心が姿を現す。
「さて、これから夜のお仕事だ。ジャン」
ジャンも黒い騎士服に身を包んでいる。
「ふふふっ。楽しみだねぇ」
「バァカ。遊びに行くんじゃないんだぞ」
「はーい」
全く……相変わらず緊張感がない。
「それにしてもあの伯爵家、相当金に困っていたようだね」
「そのようだ。その上闇金にまで手を染めている」
屋敷も簡素なものだ。まるでそこそこ領地経営で生計を立てている男爵家クラスである。
「潜り込ませた御庭番曰く、その中は差し押さえ品でいっぱいだったそうだ」
「うわぁ、もう末期じゃない」
「いやいや、もう終幕だ」
「だよねぇ。大公家から盗まれた品を裏ルートに横流ししたんだもの」
どう考えてもただじゃぁすまない。
「侯爵家に次男を婿入りさせることで資金援助を狙っていたんだろうけど」
「ああ。そこまでなら勝手にするといい。だがな……」
「だねぇ。リーシェから奪い取った宝石を闇ルートに流していたのはいただけない」
しかも大公夫人の宝石だ。次男が急いで帰邸する中、素知らぬ顔でパーティーに参加していたブルーム伯爵夫妻や嫡男もお縄についているはずだ。
「それに……」
「リーシェが苦しんだんだからね」
「ああ。許しはしない」
自分の不甲斐なさも相成って怒りが勝る。
「追い詰めたからにはとことんやってやる」
「隊長のそう言うところ、好きだよ」
「ふん。分かってる」
だからこその俺の左腕だ。
「ところでさ、宝石……まだ残ってると思う?」
「当然。何たって大公家の紋や証文があるんだぞ?裏の連中だって命が惜しいだろ」
「ま、そうかもね。下手なことでもやろうもんなら……」
ジャンの纏う空気が変わる。
「俺はいつでも殺るよ?」
相変わらずコイツは血の気が多い。リーシェの前では抑えてんだろうな?それに……。
「殺気は抑えとけ。裏の連中を刺激する」
「殺気で押さえ付けるって手もあるけど?」
「それは奥の手だ」
つまりはジャンがキレるようなナメた態度を取るやからがいたらの話である。
さすがに貴族令嬢相手には抑えたみたいだがな。
※※※
――――裏の連中と言うものは表の光を嫌煙するものだ。
「見られてるねぇ」
「命が惜しければ手は出さんだろ。一応この格好だ」
表での立ち位置が容易に想像がついたとしても。それ相応の裏の格好をしていれば俺たちがどういう存在で、手を出したらこの狂犬がどうするかくらい想像がつく。
「まぁねぇ。孤児時代だったとしてもこう言うのは絶対関わっちゃいけないって分かるよ」
「そらぁ何よりだ。ここら辺は子どもはいないがな」
「わざわざいれないようにしてるから」
「お前ら、やっぱり……」
「言っとくけどいい話じゃないよ。サーガさんたちはともかく……隊長は俺のいた孤児院のこと、知ってるでしょ」
「そりゃぁ……だけどその後お前、孤児院にいた子どもたちの転院先に仕送りしてたろ」
「ただの罪滅ぼしだよ。多分本人たちは……俺みたいな化け物には二度と関わりたくないと思うよ」
「そんな言い方をするな。誰がどう言おうと思おうとお前は俺の腹心なんだから」
「ふふっ。だからこそ何処までもついていくよ、隊長」
「それでいい。……さて、ここだ。着いたぞ。事前に話は通してある」
「さすがは大公家の御庭番。やるねぇ」
「ああ。さすがにリーシェに手を出されたとすりゃぁアイツらはキレる」
「ははは。リーシェは自分も人気者だと気が付くべきだね」
「『も』って何だ」
「無自覚は恐ろしいってこと」
「よく分からんが」
門番が俺たちの顔姿を見てサッと中に通してくる。
道なりに案内された奥の間には黒ずくめのスーツの男が待っていた。
「ブツは全て揃ったか」
「ええ、もちろん」
男が合図を出せば、黒子たちがアタッシュケースの中身を開き探していたジュエリーと証文を見せてくる。
「いいだろう。それは屋敷に引き取ってくれ」
「我々が運ぶので?」
「不満か?リーシェのために仕事が出来るんだぞ」
「それならば喜んで。我々も奥さまの手作り菓子は楽しみにしておりますゆえ」
「ああ、そう。でも俺の妻だからな」
「我々が掴む前にあなたさまはご自分のものにされてしまった」
「当然。俺にとってもリーシェの力は必要だったし、あの毒親にバレて利用されるのはごめんだった」
「もう『元』では?」
「そう言えばそうだった」
「リーフ侯爵家は分家に代替わり。元侯爵夫妻と令嬢は平民になった上で窃盗の代金や罪の分だけ働かされるそうです」
「おいおい。サファイアブルーだけでどんだけすると思ってんだ?ブルーム伯爵家の連中が加わっても足りねえだろ」
「ええ。そう言えば彼らも平民に降格され働かされるそうです。伯爵位は家名を変えて功績を上げた家臣に与えるのだとか」
「それがいい。大公家の宝石を売り払うような下衆貴族の名は受け継がない方がいい」
「まさしく」
「これでリーシェも暫くは心穏やかに暮らせるだろう」
「ええ、それは我々の願いでもありますゆえ。しかし『力』のことは本人には?」
「リーシェの周りの害悪は掃除した。そろそろ……かもしれないな」
「これからリーシェの周りの環境がぐるりと変わります。今まで彼女を見て見ぬふりしてきたものたちも目の色を変えて……」
「それでもリーシェは俺の……」
「閣下?」
「いいや何でもない」
リーシェが婚約していると知った時、ショックだった。しかし婚約は解かれ、ローズ伯爵邸で間接的に彼女と再会した。
――――リーシェは気が付いていないだろうが。
俺は、リーシェを守ろうと決めたのだ。
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