第7話 サファイアブルー
――――悪魔はいつも狡猾にほくそ笑む。
「その胸元のサファイアブルー……私にぃ……ちょぉだい?」
ペネロペが距離を詰めようとしてくるのに咄嗟に後ずさる。
だけど今はジャンも味方でいてくれる!私はひとりじゃないから!
「い……嫌!」
「は……?」
ペネロペが呆気に取られたように立ち止まる。
「これは……フェルさまが……大公閣下が私のためにくださったものだから……!」
チェーンまで特注してくれた。私のためを思って。王太后さまの思いがこもった大切なもの!
「あなたにあげるものなんてないのよ!私の大事なものを奪わないで!」
「な……何なのよそれ!いつもいつもくれたじゃない!このサファイアブルーだって!」
ペネロペが自身の胸元のサファイアブルーを握りしめて叫ぶ。
「私だって、手放したくなかった!」
「はぁ?今さら名残惜しくなったわけ?くれたのはお姉さまの方じゃない!往生際が悪いのよ!」
ズカズカと距離を詰めようとするペネロペにジャンが剣に手をかけたのが分かった。
「止まれ!」
「この間男め!どうせ大公閣下の騎士だなんて嘘っぱち!大公閣下の目を盗んでお姉さまとイイコトしようとしてたんでしょう?」
何てことを……っ!
「黙っててやるからどきなさいよ!」
「はぁ?」
ジャンの迫力に思わず『ひっ』と声が漏れ出そうだった。……本気で怒ってる。
「大公の目を盗み悪事を企んでいるのはお前の方だろう」
その時響いた声にハッとする。いつの間にか私たちの周りには騎士たちが詰めていた。
「ペネロペ・リーフ」
「た……大公閣下」
ペネロペがあわあわしながらしどろもどろになる。
「そうやってリーシェがひとりのところをいつも狙って奪っていたのか。これと同じように」
フェルさまがペネロペの胸元のサファイアブルーを手に掴むと、ちぎれる鎖などお構いなしに回収する。
「いっつ……何するのよ!それは私の……っ」
「大公家の紋がある。これは大公家のもの。お前がリーシェから奪ったものだな」
「奪ったものだなんて……っ!お姉さまがくれたのよ!」
「では聞くがリーシェ。これはお前の意思でこの女に与えたのか」
フェルさま……!もちろん答えは決まっている。
「……いいえ」
ひとりの時に詰め寄られ、断りきれなかった。チェーンごと乱暴にちぎられた。
「ペネロペに奪われたのよ!」
だけど今は恐れる必要なんてない。
「何でよ!お姉さまが嘘を吐いているの!酷いわ!私にくれると言ったのに!」
「ならばこのチェーンは何だ?脆く品質も悪い。元々このペンダントについていたものではない」
今つけているチェーンはペンダントと合っていない。元々のものはペネロペが引きちぎったのだから。
「それにこのペンダントを着けていった日のリ
ーシェの首筋には赤い痣があった」
「……っ」
気付いていたの?
「金属アレルギーのせいかとも思ったが、無理矢理引きちぎられた時についた傷だとすれば納得がいく」
「そんな……そんなの知らないわ!」
「知らないで済まされる問題か!」
「な……何よ、全部お姉さまがくれたのよ!」
「他にも盗ったと言う自白でいいか」
「だからお姉さまが悪いのよっ!私にくれたのにこんな大嘘をついてっ」
「全部リーシェのせいにするつもりか!もし今日護衛としてジャンをつけていなければ、また奪うつもりだったのだろう!」
「そんなことは……」
ペネロペの目が泳ぐ。本当に分かりやすいわね。
「それにジャンは私の忠騎士。よく役目を果たしてくれた」
「もちろんです、我が主」
ジャンが騎士の礼を示す。
「そしてリーシェ」
「は、はい」
「失くしたと言っていたジュエリーは全てペネロペ・リーフに奪われたと言うことでいいか」
「そ……そうです」
どうして。気が付いていたの?
「違う!私は本当に!」
しかしペネロペはまだ諦めていない。
「さっきからのお前の態度を見て、信じるものがどこにいる?我々近衛騎士から騎士団まで全員が証人だ」
「一体いつから……っ」
ペネロペが青くなる。
「最初からだよ」
え……最初から?
「だけどフェルさまは騎士団の方々とお話を」
「ああ。こうしてペネロペ・リーフがどう出るか見張るためだ」
そのために……!?一体いつからそんな作戦を練っていたのか。
「それに証人も呼んでいるのでな」
すると現れたのはローズ伯爵とやって来た女性。
「アリーシャさま!」
「ええ。リーシェ。大変だったわね。でも大丈夫。私が証言いたしましょう」
あの頃と変わらぬ優しげな笑みで私に微笑みかければ、意を決したようにペネロペを見る。
「あなたはわたくしのお茶会でもリーシェから無理矢理宝飾品を奪い取ろうとした。その様子は脅し以外の何でもなかったわ」
「違……っ、お姉さまがくれると言ったのよ!」
「リーシェは私からもらったものだからと必死に抵抗していたはずよ。その大公閣下にいただいたペンダントの時もそうだったんじゃないかしら」
「無理矢理奪い取ったからリーシェは首筋に傷を負ったんだ」
フェルさまがギリッとペネロペを睨む。
「ひどいことをするわね」
アリーシャさまの目も厳しいものだ。
「そんな……違う違う!それにお姉さまは大公家に嫁いだのだから!侯爵家の令嬢である妹に施しを与えるのは当然のことでしょう!?」
「先に侯爵家から追い出したのはお前たちじゃないのか?」
「何ですって!?」
「でなきゃ長女のリーシェが家を出され次女のお前が婿を取って継ぐだなんてあり得ない」
その通りだ。
「お姉さまの素行が悪かったんじゃないの!?お姉さまはこれでも我が儘三昧で侯爵家の品位を貶めた!」
ああ言えばこう言う。
「そんな嘘に惑わされるはずがないだろう!リーシェはそんな子じゃない!」
そうね。フェルさまは私を信じてくれるのよ。
「あなたは何も分かってないのよ!美しく教養も備わってるのは私!私のことを信じなさいよ!」
「信じるはずないだろう。今までの態度のどこに教養があったんだ?馬鹿馬鹿しい」
「キイイイィッ!」
ペネロペが叫び暴れようとする。
「フェルさま!」
「問題ない!彼女を捕えろ!」
『はっ!』
女性近衛騎士たちがペネロペを拘束する。
「いやぁっ!放してよぉっ!そうだ……そうだわ」
「今度は何だ」
「あなた……よく見ればイケメンじゃない。ねぇ、冴えない見た目のお姉さまよりも美しい私の方があなたの妻に相応しいと思わない?」
今度はフェルさまに色目を!?どれだけ意地が悪いの?
「どこが。ふざけるなよ阿婆擦れが」
「あ……あば……っ」
「リーシェは最高の妻だ」
「フェルさま……っ」
「リーシェ以外の妻などいらん。連れていけ」
『は……っ!』
「そんな……そんなぁっ!私の方が、私の方がぁっ!!!どうして分かってくれないのよおおぉっ!」
その態度が最大の原因だろうに。
ギーギー喚きながらもペネロペが連れられていく。
「ふん、ザマァ見ろ」
「あらあら、閣下ったら。お口が悪くてよ」
「ご夫人の前でこれは失礼した」
「ふふふ。よろしいのよ。でもね、リーシェはわたくしにとっても最高の娘でしたのよ?閣下」
「はい、ローズ伯爵夫人。だからこそリーシェは私が必ずや幸せにして見せます」
「ええ。信じておりますわ」
ローズ伯爵夫人がふんわりと微笑めば、次に私との久々の再会を分かち合ってくれた。
「久々に顔を見られて良かったわ」
「私もです!アリーシャさま!」
「またあなたの手作り菓子、待っているわね」
「はい!もちろんです!」
アリーシャさまは私のためにわざわざ来てくださったのだ。今日この時、証言をしてくれるために。フェルさまは一体どこから計算していたのだろうか。
※※※
ペネロペの退場と共に国王陛下に連れられて青い表情で現れたのはリーフ侯爵夫妻。つまりは産みの両親だ。
「リーシェ!一体これはどう言うことだ!」
「そうよ!ペネロペが城の牢に幽閉されるだなんて!あなたは何てひどいことを!」
う……っ。またか。また全て私が悪いことにされてしまうのだ。
「黙りなさい」
しかし国王陛下のひと言で両親が黙りこくる。
「リーフ侯爵」
「は、はい……陛下」
「ブルーム伯爵令息と貴殿の令嬢との婚約について、婚約者を差し替えた際にお前は言ったな」
「そ……その際のお話ですか?」
「そう。ブルーム伯爵令息と恋仲になってしまったペネロペのために婚約を差し替えたいと」
顔合わせの時から既に両親はペネロペとブルーム伯爵令息を会わせていた。恋仲になったなど嘘だ。
「それには元々の婚約者である長女リーシェも同意してのことだと」
「ええ、もちろんです陛下!」
そんなこと私は知らない。全て私が知らないうちに両親が決めていたことだ。
「だがお前が長女リーシェを追い出したと聞いた時、私はお前に嘘を吐かれ裏切られたのだと悟ったよ」
「そ……そんな、そんなことはっ」
「最初からリーシェを蔑ろにし、ペネロペとブルーム伯爵令息を婚約させ跡を継がせる筋書きだったのだろう?」
「な……何の、ことで……」
核心を突かれしどろもどろになるところはペネロペそっくりだ。
「お前の娘がリーシェから奪ったと言う宝飾品も邸宅捜索する。お前たち夫妻は捜査が終わるまで自分の娘と牢に入っていなさい」
「そんな……陛下っ!陛下までリーシェの言うことを信じると!?」
「他ならぬ我が弟がそれを証明している。それにリーシェは私の義妹でもあるのだぞ。信じるに決まっている」
陛下……!
「ですが私だってリーシェの父親で……っ」
親らしいことなど何もしてくれなかった。両親はペネロペだけを溺愛した。
「ふむ……そうか、それならば。ローズ伯爵」
「はっ、陛下」
「そなたらのところには子がおらんかったな。ならば我が義妹を養女に迎えるのはいかがか?」
「それならば喜んで」
ローズ伯爵が即答する。
「まぁ、嬉しいわ!リーシェのことはずっと娘のように可愛がっていたのよ」
「アリーシャさま!」
私にとってもローズ伯爵夫妻は育ての親のような存在なのだ。
「双方同意しているようだし、そのようにしよう」
「へ、陛下!ですが産みの親は我々で……っ」
「成人してすぐに放逐するようなお前たちにそれを言う資格があるか?牢の中で反省していなさい!」
「そんなぁっ!」
しかし抵抗する余力などあるはずもない侯爵夫妻が近衛騎士に連行されていく。
「ふふっ。これで私も正式に隊長の義父ですか」
「おい、いらん説教とか勘弁だからな。ディーノ」
「では、いる説教だけいたします」
「お前ほんとそう言うとこな」
悪態をつきながらもどこか嬉しそうに見えるのは2人の絆ゆえか。
「さて、せっかくの建国祭だと言うのに水をさされてしまったな。仕切り直しといきたいところだが……フェル」
「はい、陛下。仕上げはこちらにお任せを。我々も陛下の騎士ですので」
「ああ、任せたぞ。近衛騎士団特務部隊よ」
「承知いたしました」
フェルさまが騎士の礼を取る。
「さて、ローズ伯爵夫人にはうちの女性隊員をつけましょう。大切な義母ですから」
「まぁ。ありがとうございます、閣下」
それでも礼儀を忘れない上品さは相変わらず私の憧れだ。
「その代わりディーノをもう少しお借りしても?」
「もちろん。夫も騎士ですから」
「ではお言葉に甘えて」
女性騎士たちに送られるアリーシャさまにお礼を言えばフェルさまが手を差し出してくる。
「リーフ侯爵家に行くの?」
「いや……恐らくあそこは
「空……?」
「ペネロペの言い方からして、このサファイアブルー以外の獲物は興味がないようだった」
「そう言えば私が発注したジュエリーを奪った後もサファイアブルーを好んで身に付けていたわね」
「そ。だからそれ以外には興味がなかった。ならどうして奪ったか?」
狡猾なペネロペの考えることだ。決まっている。
「そうやってリーシェから獲物を奪い続けることで次の大物も難なく手にする気だったのさ」
「うん。だから奪い取る自信のために実績を積み重ねた。そして今日はジャンが一緒でも……」
「いけると言う謎の自信があったのだろう」
「そうしてボロをだした。けど……」
気になるのは。
「興味もないジュエリーを奪ったのは分かるけど、どうしてそれが侯爵家にないって分かるの?」
「表では売れないものを売るルートってのがある。貴族は時にその裏のルートを心得ているものさ」
「いらないからこそ売った……」
ペネロペはドレスや宝石を欲しがったとはいえ侯爵家だ。家が傾くほどではなかったはず。だとしたら考えられるのは。
「ブルーム伯爵家」
「正解だ」
疑うには充分すぎる確証が揃っている。
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