第6話 建国祭の幕開け


――――フェルさまと一緒なはずなのに、不安が拭えないのはあのことがあるせいだ。


「リーシェ」

「フェルさま」


「今日の建国祭のパーティーだが……せっかくの建国祭だ。大公家のこれを着けていってくれ」

「それは……っ」

大粒のサファイアのペンダント。まさにフェルさまの瞳の色のような見事なサファイアブルー。

普通ならば喜ぶべきなのに不安がぐるぐると駆け巡る。


「大公家に臣籍降下した際、母上から記念にと持たされた」

……ってことは王太后さま!?そんな大切なものを……どうしよう。


「あの時は結婚するだとか考えていなかったからもらってもどうしようかと思っていたが」

フェルさまが懐かしむようにペンダントを見る。


「それも今ではもらっておいて良かったと思う」

「そ……そうですね」

上手く、受け答え出来ているだろうか。


「建国祭には母上も来る予定だ。俺の妻が身に付けているのを見れば喜ぶだろう」

「……は、はい」

王太后さまも……建国祭のパーティーなのだから当然か。それなのに私はフェルさまに隠し事をしたままでいいのだろうか?


「チェーン素材も金属アレルギーの出ないプラチナに変えてある。安心して着けてくれ」

そう言えば……いつもはチェーンとは違う。もしかして苦し紛れについた『嘘』のためにここまで用意してくれたの!?


「ありがとう……ございます」

チクリ、と胸の奥が痛む。

どうしよう……。これでは『あれが起こった時』にどうしようもできない。その上フェルさまが王太后さまにもらった大切なペンダントなのだ。ふるふると身体が震える。


「……っ」

この震え、バレていないだろうか?


「それから俺が付き添えない時はジャンを付ける。ジャンならば安心だろう?」

「……!?えと、ジャンを?」

そうか……それならば。ジャンにならこっそり相談すれば何か案を思い付くかも知れない。


「は、はい。ありがとうございます」

「では準備ができた頃にまた来る」

「……わ、分かり、ました」

その時自分がどう言う表情をしていたのか、分からない。そんな私をフェルさまがどう言う心境で見ていたかも……想像することすらできず。


――――建国祭のパーティーへ向かう時が来てしまった。


※※※


カタカタと進む揺れすらも、運命の場所までのカウントダウンのようだ。王城に着くまで止まない永遠のカウントダウンにすら思えてしまう。


胸元に咲いた大粒のサファイアブルー。本来は安心できる人の色であろうに。


「着け心地はどうだ?」

「その、心地いいです」

肌にいいと言うのは本当のようで今までの素材のようにチクチクすることもない。


「ならば良かった。今度からそのように発注しよう」

いいのだろうか。私はフェルさまに嘘をいている。余計な気を遣わせてしまっている。


「個人的に発注する時は言ってくれ。同じように特注にする」

「ありがとう……ございます」

このまま嘘を吐き続けていいのだろうか。せっかく修復し始めた夫婦仲も私のせいで崩れていく。


私がこんなにも……弱虫なせいで。早く……早く王城に着かないだろうか。そんなことばかりを考えていた。


※※※


――――年に一度の建国祭。城下では民衆たちがお祭りで楽しみ、城ではパーティーが開かれる。


憂鬱な気分で入場を済ませる。出来るだけ平常心を装ってはみたが……変に思われてないだろうか。


「そうだ、リーシェ。今回のパーティーではリリシアや王太子は謹慎中で不参加だ」

リリシアはともかく、王太子が不参加とは異例である。けれどその事実が少しだけ気持ちを楽にする。


「第2王子が王太子の代理を務めるし、母さんも父さんと出席するから埋め合わせは平気だ」

王太后さまだけではなく先王陛下まで!?


「緊張するな。俺の両親だし」

「そうは言っても……!」

先王陛下夫妻である。そんな偉大な御方にお会いするだなんて。婚姻の時だって書類上の手続きだけだったし。


「俺がついてる」

「はい……」

その目は確かに力強く私を導いてくれる。

入場した私たちの元にはジャンやフェルさまの部下たちも来てくれた。ローズ伯爵は夫人と共に入場済みで会場の中で落ち合う形となっているのだが。


「隊長、すみません。妻なのですが、持病の調子が良くなく一旦控え室に」

「ディーノ!?そうなのか、控え室でついていてもいいんだぞ」

「お抱えのメイドがおりますので。奥さまに一番に会わせてやれず申し訳ない」

「いえ、そんな……!」

むしろ建国祭だからとご無理をされて……。お茶会も調子の良い時だけになってきている。


「奥さまの手作り菓子を食べてからは元気になったのか行く気満々だったのですが」

「いえその、また作りますから!」

「ありがとうございます。妻も喜びますよ」

「はい!」

帰ったら早速夫人のために……いやその前に試練があるのだ。


※※※


王族の席には国王陛下夫妻、先王陛下夫妻、第2王子殿下がいらっしゃる。


「先日はリリシアがすまなかったな。フェル、リーシェ夫人」

「これから今一度教育をし直す予定ですわ」

国王陛下夫妻の言葉にフェルさまが頷く。


「リリシアからは後日謝罪させよう」

「私はリーシェがいいのでしたら」

フェルさまが私を見る。


「は、はい。もちろんです」

国王陛下からのお申し出を拒否なんてできない。


「リーシェ、顔も見るのも嫌ならば言っていい。私が断る」

「フェルさま!?」

「リーシェの心身が一番大事だからな」


「その通り。私も弟の妻……義妹に無理はさせたくない」

「陛下……っ」

陛下にそう言っていただけるとは思っていなくて。


「そうよ。私にとってもだもの」

「王妃殿下……」

「お詫びにと言っては何なのだけど、帰りは王宮のパティシエのこしらえた菓子を持たせましょう」

「あ、ありがとうございます!」

まさか王宮の!?それはありがたすぎて恐縮してしまう。


「しかしフェリスよ。母上たちも夫人に会いたがっている。あまり拘束しすぎると怒られてしまうぞ」

「あらそうでした、陛下」

王妃殿下がくすりと微笑む。


次はついに先王陛下夫妻への挨拶である。


「(気にすんな。いつも通りでいい)」

先ほどまでの畏まった口調は何処へ!?フェルさまはまた突然突拍子もなく……。


そして先王陛下夫妻に目通りすれば、先王陛下は久々の息子の顔に頬をほころばせていた。


「本当にお前はちっとも顔を見せぬのだから」

「もうそんな歳でもないでしょう」


「あら、私たちにとってはやっと授かった次男坊なのよ?」

王太后さまが微笑む。今の国王陛下には兄弟がフェルさましかいない。国王陛下の後はなかなか子宝に恵まれなかったと言う。


「それにお嫁さんまで連れてきてくれるなんて。嬉しいわ。私が贈ったサファイアもよく似合ってる」

「……!」

王太后さまが微笑む。


「私も嫁いだ時にいただいたのよ」

と言うことは王妃殿下も?これは伝統的に贈られる品だったのね。


「あ、ありがとうございます」

「こちらこそ。お茶会をやる時は是非あなたも来てね」

「こ、光栄です!」

まさかお茶会にまで招待していただけるなんて。それならば……今回はちゃんと守らないと。改めて、祈りの呪文のように心の奥でグッと心に決める。


続いてロレンツォ王子殿下にお会いすれば先日の件を謝罪されてしまった。


「詫びと言っては何ですが、今日は楽しんでください」

「感謝いたします、ロレンツォ殿下」

フェルさまに続き私も礼を返す。

王族の方々への挨拶を終えてパーティー会場の雑踏の中へと戻れば、早速大人気の王弟殿下。すぐに囲まれてしまう。


「すまないリーシェ。少し我慢していてくれ」

「いえ、大丈夫です」

貴族夫人として夫の隣で挨拶をして務めをこなすのも大事……だよね。


それに今日はリリシアもいないから周囲も挨拶しやすいのだろう。


一通りこなしていればローズ伯爵と騎士装備の方々が来られる。


「リーシェ、少し仕事の話だ」

「はい、心得ております」

私向きの話ではない……んだよね。


「ジャン、後は頼む。すぐ終わらせてくる」

「射殺すような目で言わないでください。相手騎士団長ですよ」

ひぅっ!?あのがたいのいい強面の集団の中心にいる方!


「近衛騎士と騎士団は犬猿の仲って言いますけど、隊長だけは人気者なんですから」

人気は犬猿の仲と噂される間柄でも相変わらずなのか。我が夫ながら毎回感心してしまう。


「分かってる」

フェルさまは仕事の表情になるとローズ伯爵と共に彼らに挨拶に向かう。


「気にしなくていいよ、リーシェ。騎士団なんて男社会だからさ。嫁連れてくとどうしても見せ物パンダみたいになっちゃうんだよ」

パンダって東方の国にいる珍しい熊だったっけ。


「騎士団にはやっぱり女性がいないの?」

近衛騎士には女性王族もいるからもちろん在籍しているが。


「いるかもしれないけど近衛騎士に比べれば圧倒的に少ないからね」

「そっか……物珍しいとどうしても」

「そうそ、これもフェルなりの気遣いってこと。あと単純に粗暴な話も多少はある」

粗暴って……パーティーの席でもあるんだが。


あ……それよりもだ。例の件、ジャンには話しておかないと。


「あの……ジャン!」

「うん?」

「話があるのよ」

あのこと、言わなきゃ……っ。


「どうしたの?改まって」

「それはね、ええと……」

意を決して口を開きかけた時だった。


「あーっ!見つけたぁ」

この声、独特の喋り方は。

恐怖が滲み寄る。


「お姉さまったらそんなところにいたのねぇ」

流れる金髪にライトグリーンの瞳の美少女が狙いを定めたかのように向かってくる。


「……ペネロペ」

「ああ、あれが」

ジャンが腕でサッと私を庇ってくれる。でもペネロペのことを話したことあったっけ?


「誰よ、あなた。もしかしてお姉さま、大公閣下がいらっしゃるのに他の男と?やだ……ふしだらだわ!」

な……何を言ってるの!?確かに偽装は頼もうとして……未遂だったけども。


「私は大公閣下の騎士。閣下の命で大公夫人の護衛の任に就いているまで」

ジャンがいつもの様子とは違う。


「ええ何それこわぁい。野蛮だわぁ」

「その発言は近衛騎士への侮辱と取るが良いか」


「何よぉっ!騎士風情が偉そうに!」

いや……近衛騎士は花形騎士だし、近衛騎士と言う身分だけで箔が付くものだけれど。

この子はそれが分からないのだろうか。


「私はリーフ侯爵令嬢なのよ!」


「……私は子爵ですが」

こう言う時のためにフェルさまが与えた身分である。ジャンが渋々そう告げるが。


「はっ。子爵?私は侯爵令嬢なのよ!」

ペネロペが鼻で笑う。


「それが何か?たかだか『令嬢』が陛下が与えた爵位にケチをつけると」

たとえ侯爵だとしても許されないわよ。爵位が低かったって陛下が認めたことには変わりない。


「うるさいわね!」

ペネロペは自分が不利になるといつもこうだ。

癇癪を起こせば自分のご機嫌を取るために周りが囃し立てると思っている。

しかしジャンはそれほど甘くない。


「……っ」

ペネロペが悔しそうに唇を噛み締める。


「と……とにかく……そうだ、お姉さまぁ」

ペネロペはあからさまに私の胸元を注視する。ジャンに相手にされないと見るや次は私か。


「私、新しいジュエリーが欲しかったのぉっ!」

「はぁ?何を言っているんだ」

ジャンの呆れ声にもペネロペは耳を貸さない。


「最近のお姉さまと言えばお粗末なジュエリーばっかり」

そんなこと言ったってそれひとつで平民ひとりが一年遊んで暮らせるくらいの額よ?私がどんな気持ちでそれらを身に付けているのかも考えが及ばないのだ。


「私、もっと派手なかわいいジュエリーが欲しかったのぉ!例えばこれみたいなぁっ」

ペネロペは胸元に輝く大粒のサファイアブルーを指で弄る。


「それは……っ」

すっかりペネロペのお気に入りになってしまったのだ。フェルさまにそれを見られたらどうしたらいい……?どう詫びればいい?


「お姉さまは侯爵家よりも家格の上の大公家に嫁いだのよぉ。ずるいわよぉ」

何がずるいだ!長女だと言うのに追い出され、やっとのことでフェルさまに拾っていただいたのだ。


「だからぁ、侯爵家のかわいそうな妹の私のために与えるべきだわぁ」

やはりそう来たか……!そもそも侯爵家だからって何がかわいそうなのかも分からない。

「私ぃ、新しい宝石が欲しいのぉっ!」

侯爵家の予算でだっていい宝石は買えるはずなのに。どうしてこうも私から奪うのだ。


「だからお姉さまぁ」

じりじりと悪魔が這い寄ってくる。ジャンが庇ってくれるからまだ立っていられる。


「その胸元のサファイアブルー……私にぃちょぉだい?」

しかし悪魔は勝ち誇ったようにほくそ笑むのだ。



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