第5話 消えたジュエリー



――――外のバルコニーに出るにはそろそろ肌寒い季節になってきた。


「サロンを使うのはいつぶりか」

フェルさまが微笑む。

いつもは私ひとりだったから。


「しかしなかなかいいものだな。自分の屋敷だと言うのに」

フェルさまは窓の向こうの紅葉を見て感心しているようだ。


「季節ごとに庭の風景も変わってとても美しいですよ」

「それに気が付かなかったとは……庭師には悪いことをしたな。今度褒めてやらないと」

「とても親切な方々だったので、きっと喜びます」

「……いつの間にアイツらに会ったんだ?」

「メイド時代に……」

よくお使いをしたものだ。その際に挨拶を交わしたり、頑張ってるねと声をかけてもらったり。

「そう言えばそうだった」

クスクスとフェルさまが微笑む。


「この菓子、今の景色にちょうどいいだろう?」

フェルさまがつまんだ焼き菓子は紅葉や栗の形を模したクッキーだ。その他にも焼き芋の形を象ったクッキーやマロンフィナンシェなどが並ぶ。


「はい。形もかわいいし、どれから食べようか迷います」

私のために買ってきてくれた誕生日プレゼント。どれもかわいくて。


「それならまずは……」

フェルさまがつまんでいた紅葉のクッキーを近付けてくる。えと……私に!?


「誕生日プレゼントだからな」

「は……はい!」

「なら、あーん」

「はむっ」

意を決して口に含めばメープル風味のコク深い味わいが広がる。


「んん……っ、美味しいです!」

「良かった。たくさん食べてくれ」

「はい!でもフェルさまも是非」

買ってきてくれたフェルさまにおすすめするのは変だろうか?しかし焼き芋のクッキーを差し出せばそのまま口で受け取る。


「ん……本当にさつまいも味だな」

「そうなのですね」

私もはむりと口に含めばその通り。


「クッキーで本物の焼き芋を表現していて面白いです!」

味も形も楽しめる。


「ふふっ。そうだな。季節ごとに焼き菓子の種類も変わるそうだからまた買ってくるよ」

「その、いいのですか?」

「もちろんだ。喜ぶリーシェの顔が見たいからな」

「フェルさま……っ!」

何だか幸せな気持ちになってしまう。


「そういや……そろそろ建国祭だな」

「ええ。狩猟祭が終わったら社交界も落ち着いて……だいたい建国祭を目処に派手なものは見納めになるんですよね」


「そうそう。貴族が個別にささやかなパーティーをとか言うのはあるが城では建国祭が節目だ」

そう言う空気と言うか、王宮がそうするから他の貴族たちも抑えると言うか。さらにそこから先は城も年末に向けて忙しくなるから。


「しかしまずは建国祭だな。それで……その建国祭なんだが、一緒に参加しよう」

「……っ!」

「もちろん俺はリーシェ以外のエスコートは一切しない」

今ならば信じられる。フェルさまは私を選んでくれると分かったから。


「近衛騎士の仕事の話はどうしても夫人にはそぐわないものも多いが」

「そ……その時は、待っていますから」

「毎度のことながらすまないな。だがそれ以外はできるだけ一緒にいよう」

「は……はい!」

フェルさまが一緒にいてくださるなら安心だけど……心配なのは。


けれど大公夫人としての責務もあるしフェルさまがせっかく一緒にいてくださるのだ。

できるだけ『出会わない』ように気を付けなくては。


一抹の不安を前に取り繕うように笑みを作る。フェルさまに心配はかけられないもの。


――――side:フェル


書斎の椅子に腰掛け深呼吸をする。

突然リーシェが離婚を切り出したあの日を思い出す。自分なりにリーシェを巻き込まないようにとしたのが裏目に出たのか。


「ディーノのやつ……こっぴどく説教しやがって」

だが俺に落ち度があったのも確かだ。以前に比べたら少しは関係を修復できたろうか?


「だが……少し無理をしていたような気がする」

茶会やクッキーは楽しんでいたが、建国祭の話をするに連れて顔色が良くなくなった。


「せっかくの茶会なのに……また俺はしくじったのか?」

ディーノに小言を言われる覚悟で相談すれば答えは見えてくるだろうか……。


ガチャリ。


来訪者の気配にハッとして背筋を戻す。


「旦那さま、今よろしいですか?」

「……ああ。入れ、カイル」

いつもの仕事の話……かと思えばそうではないようだ。カイルの後ろからついてきた彼女を見る。


「ヴィオラ?どうしてお前まで」

「ヴィオラから旦那さまに話したいことがあるそうで」

「どうした?リーシェのことか?」

ヴィオラはリーシェをメイド時代から目にかけている。だからこそリーシェのことはヴィオラの方が詳しい。……悔しいが。


「はい、旦那さま。まずはこちらをご覧ください」

ヴィオラが手渡してきた資料をペラペラとめくる。


「これは……ジュエリーの買い付け記録か」

「その通りですわ」


「これに何かあるのか?社交に合わせしっかりと予算内で購入しているように見えるが」

気になることと言えば……。


「大公夫人の買い物にしては些か質素な気もするがな」

いっぱしの侯爵令嬢の方がいいものを購入していそうなものだ。


「それも気になるところなのですが、問題は……」

「何があった」

「在庫です」

「在庫?」


「ええ。先日旦那さまが付き添われた帰還後のパ

ーティーがあったでしょう?その折に身に付けたジュエリーを除いてほとんどがありません」

「ない、とはどう言うことだ?」

まさか屋敷に窃盗……ならば御庭番が動いているはず。俺の耳に入っていないはずがない。


「そのままの意味です。それに気が付いたメイドが青い顔になるくらいに、購入し社交の場に身に付けたものがありません」


「残っているものはないのか?」

「残っているものはそうですね……ローズ伯爵夫人のお茶会につけていかれたお下がりのものです」

ローズ伯爵夫人はリーシェの以前の女主人で今も仲良くしていると聞く。


「そしてそれらはローズ伯爵夫人のお茶会以外に着けて行かれたことがありません」

「ふむ、さすがはヴィオラ。しっかりと把握をしている」

「メイド時代から見ている子ですもの」

思い入れも違うと言うことか。


「しかし一体どう言うことだ?ローズ伯爵夫人からのお下がり以外が消えているだなんて」


「メイドが紛失かもしれないと焦った時、奥さまは自分が何処かでなくされてしまったのだと仰られて」

「なくした……か」

リーシェ本人にそう言われてしまえばどうしようもない。


「他にも着けて行かれた時には身に付けていたものが帰ってきた際にはございません。奥さまに聞いたところ、どこかで落としてしまったのかもと」

「もしも城のパーティーで落としたのだとしたら使用人が拾って誰のものか突き止めて屋敷に届くはずだな」

「ええ。ちょろまかしなどしようものなら城の品位が下がりますし、貴族のものを盗めば重罪の牢屋行きですもの」

「そうだな。うちにもそんなことをする使用人はいない」

「ええ、もちろんです。メイド長として断言できますわ」

「だとしたらなくなったものは何処へ消えた?」


「換金……と言う可能性もありますが、奥さまが換金をされた形跡などありません」

「だろうな。理由もない」

いや……まさか離婚と言い出した時に今後の資金を得るために?

しかし大公家の予算で買ったものを売買するだなんて、リーシェがそんなことをするとも思えない。


「それに大公家のものを売買すれば足がつく」

購入証明書はもちろん、大公家で購入したものにはその証が刻まれるはず。貴族と言うものは盗難対策もきっちり取っているものだ。


「だとしたら……紛失するとすれば社交の席ですわ」


「社交の場か。そう言えば一度……」

「何かお心当たりが?」


「行きの馬車で大公家の家紋のサファイアのペンダントをしていたから」

「そう言えばございましたね。嫁がれて最初の社交の場でいらっしゃいましたか」


「ああ。だが帰りはしていなかった。金具が肌に合わなかったからだと言っていたが」

ほんのり首筋が赤かったから帰ってから手当てをさせた。


「私もそう聞いておりますわ」

治療にはヴィオラも付き添ったはずだからな。


「ですがペンダントは大公家の見事な装飾だからもう少し勉強してからご自分で戻しておくからと」

「ん……?思い返してみれば何か引っ掛かるな。メイド業もやっていたのだから戻す場所は分かると思うが……」

「ええ。ですが今思えば妙ですわね」

ヴィオラも気が付いたか。


「お勉強熱心ではあられますが、奥さまは貴金属にはさほど執着されないと言うか」

「そうだな。それに身に付けているものも最初の大公家のもの以外はこぶりのものばかりで、肌に合わないからと帰りの馬車では外していた」


「……でしたらおかしいですわ」

ヴィオラがハッとする。俺もそこに辿り着いた。


「だよな。この前の帰りの馬車では外していない」

確かに帰りの馬車の中でもつけていたはずだ。


「僅かな時間だったとはいえ、肌に合わないのなら一刻も早く外そうとするもの。旦那さまにはそう伝えているのですから」

「そうだよな」

最近の関係値からすれば遠慮などする必要もないのに。


「だとしたら……以前は一体いつ外していたんだ?」

「馬車に乗る前……控え室だとすれば先日外しそびれたのも分からなくもないですが」

「だがそうではないとしたら」

俺がリリシアのエスコートをさせられていた時、近衛騎士の仕事の話をしている時、彼女はひとりだ。

この間は王太子が囲い込んでいたからひとりではなかった。


「とにかく、建国祭ではジャンをつけよう」

そのために爵位も押し付けたのだ。


「それからディーノにも確認しないとな」

ローズ伯爵夫人のお茶会で何があったのかを。それがきっと鍵になるはずだ。


「それからヴィオラ」

「はい」

「リーシェが最初に身に付けた大公家のサファイアのペンダントを探しておいてくれ」

「……っ!」

ヴィオラも何かを悟ったようである。

「承知いたしました」

少なくともリーシェは失くしたからと内緒にするような子ではない。それだけは分かる。しかし……。


「一体何が起こっている」

全てはリーシェが離婚をと悩むまで追い込んだ俺の責任だ。何とか真相を明らかにせねば。


※※※


――――それからほどなくして。ディーノがもたらした情報は意外なものだった。


「出禁?」


「ええ、そうです。我が妻主催の茶会には若い令嬢や夫人も招待しているそうですが、そのリーフ侯爵令嬢ペネロペは我が妻から出禁を言い渡されているそうです」


「リーフ侯爵家。リーシェの実家だな」

「ええ。そしてペネロペはその妹ですね」

「長女のリーシェが外でメイドをして、家を継ぐのは妹の婚約者とは奇妙な家だとも思ったが」


「奇妙なのはそこだけではありませんよ」

「うん?」


「ペネロペは妻の茶会で奥さまの身に付けていたジュエリーを無理矢理奪おうとしたそうです」

「侯爵令嬢だと言うのに実にはしたない」

「でしょう?それも妻が奥さまに下げ渡したお下がりのジュエリーを、です。さすがに妻の逆鱗に触れ彼女は出禁となりました」

「そんなことがあったのか」

夫人は穏やかな人柄で知られているがさすがにそんなことをすれば黙ってはいないだろう。


「ええ。私も妻の判断は間違っていないと自負しております」

「当然だ」

他の貴族夫人のジュエリーを奪おうとするなどどこの阿婆擦れだ。


「奥さまは我が伯爵家から嫁いだ自慢の娘ですからね。傷付けるなど許しません」

「お前はお義父さんかよ。いや……むしろその方がいいか?」

「それでしたら私も妻も喜んで」

軽い気持ちで言ってみたらディーノの目がマジなんだが。


――――その後。


「旦那さま、やはり消えております」

ヴィオラからそう連絡が来た。


「やはり……か」

「ええ。ですが一体何処へ消えたのかしら」

「何となくだが……宛はついている」

「……と申しますと?」

「社交界の噂を調査して欲しいんだ。ヴィオラの実家ならできるはずだ」

「我が実家の公爵家は宝石の産地を抱えておりますもの。自ずと情報も集まって参りますわ」

「さすがだな」


「お褒めに預かり光栄ですわ。それで探すのはサファイアでよろしいでしょうか」

「ああ。最近社交界で大粒のサファイアを身に付けてきた令嬢がいないか……」

「旦那さまのことですからピンポイントでもう絞っているのでは?」

「アタリだ。リーフ侯爵家ペネロペ嬢を調べてくれ」

「承りましたわ。宝石泥棒は我がホーリーナイト公爵家の共通の敵ですもの。容赦はいたしません」

「上出来だ」


その数日後、ホーリーナイト公爵家からもたらされた答えはもちろん『黒』であった。


「さて……大公家から……リーシェから奪ったものは残らず返してもらうぞ」



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