第4話 夫婦喧嘩は終わり



――――フェルさまは約束を守ってくれた。


「怪我はないか、リーシェ」

「う……うん」

そして傍らのぐしゃぐしゃにされた残骸を見て全てを悟ったようだ。


「酷いことを……」

「フェルさま」

なだめようとしてくれたフェルさまの手。しかしそれは突然奪い取られる。


「フェリックスさま!そんな女よりもわたくしを……っ」

この状況でリリシアはまだ夢を見ているの?


「放してくれ」

パシンとリリシアの手をはね除けスッと立ち上がる。

「リリシア王女殿下」

「ふぇ、フェリックスさま?」

「いい加減にしていただこう」


「何を仰って……その、そんなものよりもわたくしの御守りの方が……最高級の布に熟練の針子が刺繍を施しましたの!」

御守りは自分で作ることに意味があるのでは?それなのにリリシアは針子に作らせたのか。


「『そんなもの』だと?」

「あんなぐしゃぐしゃなもの、フェルさまには不要ですわ」

「お前がやったのだろう!」

「……ひっ」

リリシアが思わず後ずさる。


「ふぇ……フェリックスさま?そのような乱暴な言葉遣いなどフェリックスさまには相応しく……」

「黙れ!」

「……っ」

「お前が何と言おうとこれが俺だ!俺の妻に危害を加えた上にリーシェが作った贈り物まで……っ!ただですむと思うなよ!」

「……わ、わたくしは王女なのです……っ」

八方塞がりのリリシアが最後の抵抗を試みる。


「そのわたくしに不敬だと……っ」

「俺は王位継承権第3位。2位は第2王子。1位は王太子。お前は継承権すら持たぬのに俺に指図する気か」

それも当然か。リリシアは男爵家の血筋であり王家の血は引かない。良い嫁ぎ先があれば国のために嫁ぐだけ。


「そんな……わたくしにだって……」

「その先を言えばさすがの陛下もお前に処刑を申し付けるだろう」

「……っ!お、お父さまはわたくしにはうんと甘くて……」

陛下も先日厳しい沙汰を下したが。


「ならば王妃殿下は?」

「……っ」

リリシアが完全に沈黙する。王妃殿下が再三にわたり彼女を教育したのにこの体たらくだから陛下も思い腰を上げたのだろう。


「これ以上妻には近付けさせない」

「何で……何でよぉっ!何でその女なの!?わたくしは王女でその女よりもかわいくて……」

王女と言っても養女なのによくもまあ……。もったいないほどの美貌を持っているのは確かだが。


「聖女だからこそフェリックスさまのお傷も魔力も回復して差し上げられる!」

「お前に回復されたことはない」

「え……いつもわたくしがエスコートの際にあなたさまに……」

「治癒魔法使いとリーシェのお陰で完全に回復した上で参加してる。鉄臭いままで参加するわけにはいかないだろう」

治癒魔法使いは分かるが……私?私はお茶菓子を差し入れただけなのだが。


「その女に何があると言うのです!」

「お前には関係ない。現場に赴きもせず王宮で威張っている聖女になど」


「い……威張ってるだなんて濡れ衣ですわ!それにその女だって聖女ですらなく……魔法も使えないのだとか」

「……」

まさかリリシアにも知られていたとは。いや……社交界でもペネロペが噂を回しているだろうし、知られていたとしても不思議じゃない。


――――私は所詮役立たず……。


「リーシェは貢献してくれている」

え……?

ええと……日持ちするお菓子や保存食を作って納めているだけなんだけど。

魔法が使えなくてもフェルさまの役に立っている……?


「何もしていないお前が何を言う。儀式の邪魔だ。王宮に閉じ籠り威張るだけの聖女などいらん。帰るがいい」

「そんな……わたくしがいなければ儀式はっ」

「聖女としてお前がここに招かれているのは『何もしていない』からだ」

他の聖女は遠征後の静養やお務めで忙しいのだろう。それほど数も多くはいない。


「それに聖女でなくとも構わん」

「そんなぁっ」


「叔父上の言う通りです」

現れたのは私と同い年くらいの青年。ダークブロンドにサファイアブルーの瞳のこの方は。


「ローレン、今回の王族出席はお前が?」

「ええ。兄上は不祥事を起こして謹慎中なので」

くすりと微笑むロレンツォ第2王子殿下。愛称呼びをしている時点で王太子殿下よりは仲良さそうに見えるのは兄弟での差が顕著に出ている。


「しかし前回は兄上と共謀して悪事を働いておきながら……」

ロレンツォ殿下が溜め息を吐く。


「悪事だなんてひどいわ、ロレンツォお兄さま!」

「責任は兄上が謹慎と言う形で取りましたがあなたが無罪放免と言うわけではありませんよ、リリシア」

「な、何よ、わたくしは何もしてない!」

「したでしょう。幾ら叔父とはいえ妻がいる殿方に毎回のようにエスコートを頼むなど、普通は考えられない行為です」

その通りだ。相手が王女で聖女だからと諦めてきた。でもそれをおかしいと思ってくれるひとは確かにいるのだ。


「だって叔父さまは……フェリックスさまにはわたくしの方が相応しいはずだわ!」

「では陛下の認めた婚姻にケチをつけると?」

私たちの結婚は国王陛下も認めてのものだ。

本当に……認めてくださったのが奇跡だと思っていた。


「それは……っ、お父さまも分かってくださるはずだわ!」

「こんなところで夫人に離婚を迫ったり、夫人の贈り物をぐしゃぐしゃにするようなものが叔父上に相応しいと?父上をバカにするにもほどがありますよ」

「……わ、わたくしはやってない!」

今さら何を言うか!


「この中のどれだけの貴族や騎士が証人になってくれるでしょうね?」

いつの間にか周囲には人だかりができている。


「そんなの……リーシェに比べたら王女の私に決まって……」

「何を言っているのです?あなたと王位継承権第2位の私とどちらを選ぶか……です。そんなもの分かりきっているはずですよ」

周囲の視線はリリシアを非難するものだ。彼女の味方の取り巻きですら不安そうにしている。


「それに儀式にあなたは相応しくない。そんなものもうみんな分かっています。儀式は騎士代表として叔父上、弓張りは私が行います」

「それは女性じゃないと……聖女じゃないとっ」

「そんなこと決まってませんよ。騎士たちの士気が上がれば充分。私で不満なものがいますか?」

その問いに答えられる騎士などいようか?

いるはずもない。


「構わん。俺が陣頭に立てば盛り上がるだろうし、王子のお前が発破をかけるなら気合い入れないわけにはいかないだろ」

「では決まりですね」


「そんな……うそよ!ウソよお兄さま!」

ロレンツォ王子殿下にすがり付こうとしたリリシアを近衛騎士たちが押さえ付ける。


「リリシアを連れていくように」

「嫌!嫌あぁぁっ!」

なおも抵抗するリリシアの悲鳴が遠ざかっていく。ふぅ……やっと静かになったか。


「ジャン、リーシェの護衛を」

「了解」

ジャンが儀式の整列から抜けてくる。


「ちょうど退屈していたんだ」

「もう、ジャンったら」


「お前は相変わらずだが……ま、リーシェの護衛ならサボらずやるだろう」

「よく分かってるなぁ、隊長」

そう言ってからからと笑う。

それでも側にいてくれるのはありがたい。


「それから……」

フェルさまが地面に散らばった残骸を拾い上げる。


「それは……」

お菓子も御守りもボロボロになってしまった。


「今日までに間に合わせる必要はない」

「……っ」

「この国の冬は長いからな」

「はい……っ」

また作ろう。今度はリリシアにめちゃくちゃにされないように。


儀式の場は静寂を取り戻し、第2王子殿下が儀式用の弓に弦をかける。


「……とは言え儀式用だからね。ワンタッチらしい」

「詳しいのね」

「あれの検品も近衛騎士の雑務」

「まあ王族も触れる可能性があるからか……」

「そうそう。こう言うイレギュラーなこともあるし」

しれっとその候補からリリシアは省いているけど。


「ほら、フェルが意気込みを述べるよ」

「では今年の冬の狩猟も怪我のないように、獲物に恵まれるように祈ろう」

『おおおおおぉっ!』

フェルさまのお陰でみんなの士気も爆上がりね。やっぱりこっちの方が大正解だったのかも。


「さて、儀式はこれで終わり」

「うん。あっさりだったけど後半は熱気に溢れてたね」

「うちの隊長、人気者だから」

さすがは英雄とまで呼ばれる王弟殿下だ。私はこんなすごい人の妻。離婚を拒否されたと言うことは望まれた……と思ってもいいの?


「そうそう。本番はこの後の御守りを受け取るイベントだから、さらに盛り上がるよ」

「そっか……そうよね」

私が渡すものはなくなってしまったが。


「気にすることないよ」

「ジャン……」

「隊長は……フェルはリーシェからの贈り物ならいつだって大歓迎だと思うよ」

「……」

契約結婚だったはずなのに、喜んでくれるのは本当だと分かる。私たちはいつの間にか夫婦になっていたのだろうか。


フェルさまが弓を奉納すれば、儀式の場は御守りを渡す女性たちの楽しそうな声に包まれる。


「さて、俺たちは帰ろう」

「……フェルさま」

戻ってくるなりそう勧めてくれたのは気を遣ってくれているからだろうか。


「元々準備していたものもある。少し予定が早まっただけだ」

予定……?

「楽しみにしていてくれ」

うーん、楽しみに?何のことだろう?


「さて、お手をどうぞ」

「はい、ありがとうございます」

フェルさまの手を取り、馬車に乗り込めばどうしてかわくわくする気持ちに気が付き無言になってしまったこと。変に思われてないだろうか?


「どうした?」

「いえ、その……」

フェルさまはいつも通りだ。行きは平気だったのに帰りは妙にドキドキしてしまうのは何故?


「何か聞きたいことがあればいいぞ」

「えと……っ」

いきなり……そのっ。思えばそんなこと聞かれたのは初めてで。

私たちはそれすらも知らぬままだったのか。


「好きな……お菓子は?」

無難な会話と言えばこうかしら。

「そうだな……バターが入っているものは大抵好きだな」

だとしたらクッキー以外にもパイなんかも気に入ってくれるかも。


「あとはチョコレートも」

「チョコレートね」

チョコレートを使った生菓子もいいかもしれないわね。


「リーシェは何が好きだ?」

「私……」

改めて問われるとどう答えればいいか。


「お菓子は……何でも好きです」

「何でも……?意外と食い意地が張っているのか?」

「ちょ……っ」

あらぬ誤解をされたのだろうか!?


「悪かった、そう言う意味じゃない」

「その、気にしてないです」

「それならいいが。菓子が好きなら、今度土産に買ってくる」

「その、迷惑では」

「そんなことはない。リーシェにはいつも菓子を作ってもらってるからな。その礼だ」

「そ……そう言うことでしたら」

何だか楽しみでもある。長らく冷えきっていたと言うのに不思議な感覚だ。


※※※


静謐な晩餐の食堂。でも今夜はいつもとどこか違うような。


「座ってくれ」

「は、はいっ」

運ばれてくるのはいつものアミューズ……よりも何だか豪華なような。


「なるべく好みのものを集めたつもりだ」

「……は、はい、美味しいです!」

料理は違えども、私が美味しいと言ったものが反映されている気がする。

好き嫌いは基本しないが、野菜のスティックもお菓子のように華やかな焼き物も。


主食のパンと共に運ばれてくるコース料理。前菜から魚やパスタ。そのどれもが私のことを考えてくれたのだと分かる。


「その……今日は」

「特別な日だからな」

そんな風に言われたのは初めてだ。


さらにメインディッシュにはステーキ。屋敷で出されることはあったが、今夜のは特別なものだと分かる。


「今日のために料理長が仕込みをしてくれたんだ」

「はい、とても美味しいです!」

いつもとは違った特別な味付け。本当に今日のために準備をしてくれていたんだ。


そしてデザートにはかわいらしいショコラのケーキ。


「これは……」

「誕生日なのだろう?だからお祝いだ」


「……っ!」

私の誕生日のために用意ししてくれたのか。


「どうだ?」

「お……美味しいです!その……っ」

感極まるように身体の中から溢れ出す。


「ありがとうございます!」

「いいや、俺の方こそ」

お酒の飲めない私のために、爽やかなソーダで乾杯する。嫁いで半年、こんなに幸せなのは初めてだ。


「それから夕刻に急いで買ってきた」

フェルさまが差し出したのは……有名店の焼き菓子!儀式は早めに切り上げたが……その隙にこれを?


「嬉しいです!その……良ければフェルさまも」

「いいのか?」

「はい!一緒に……食べられたらなって」

「ではご一緒しよう」

「ええ」

また楽しみが増えてしまった。

そうだ……私もフェルさまのためにおもてなしができるだろうか?

確かフェルさまのお誕生日は冬の休息日のはずだ。今日渡せなかった御守りもフェルさまの誕生日を目標に仕上げれば……。


まだ2ヶ月以上先だと言うのに、今からでも楽しみになってきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る