第3話 揺れ動く気持ち



――――とたとたと厨房に戻ればそこにはまだ配る前のお菓子がある。


「これと……これと」

慎重に選んでいれば。


「あら……奥さま?」

「えぁっと……ヴィオラ!?」


「そちらは……もしかして旦那さまに?」

「えと、どうして……?」


「分かりますわ。意中の殿方には少しでも形のいいものを……女子は殿方に少しでも良く見て欲しいものです」

「意中のって……」


「あら、違いましたの?この前よりは随分とよい表情になられて。てっきり仲直りされたのかと」

「……仲直り」

まるで夫婦喧嘩でもしていたかのようだ。私たちは……そもそも夫婦であったのか。疑わしいけれど。


「そうだ。せっかくですからお茶も入れて差し上げては?奥さま自ら……でしたら旦那さまも今以上にメロメロになりましてよ」

「今以上って……今までは……」

あれ、どうだったのだろうか。どうせ契約結婚だからとろくに見てもいなかったのではないか?


「腕が鈍っていないといいけれど」

「その時は指導いたしますわ」

「何だか懐かしくなってきたわね」

屋敷に来たばかりの頃はヴィオラに紅茶の入れ方をチェックしてもらっていたっけ。


「問題ありませんわ。手がしっかりと覚えているようです」

「ええ。私……不器用だから」

「そんなことはありませんわ。物事の修得も早いですし」

「今まではあんまりそう言ってもらうこともなくて……ローズ伯爵邸ではお菓子作りを褒めてもらえたけど」

「まぁ、さすがローズ伯爵夫人ですわ。奥さまの良いところを熟知されていらっしゃるのですから。それが正当な評価ですわ」

「う……うん」

もっと自信を持ってもいいのだろうか?一歩前に踏み出してみてもいいのだろうか?

――――もう少し、フェリックスさまのことを見てみてもいいのだろうか?


※※※


――――コンコン。


「入れ」


「し、失礼します」


「リーシェ?自分でお茶まで?」


「その、慣れてますし」

メイド業をしていた経験がここで生きるとは。


「それともお茶は好みでは」

「そんなことはない。リーシェが入れたものなら何でも飲む」

「何でもって……」

早速口をつけてるし。


「その……どう?」

ヴィオラは完璧だと言ってくれたけど。


「旨い」

そのひと言を聞いたのはいつぶりであったか。何だか妙に新鮮な気がしてしまう。


「また持ってきてくれ」

「……こ、これくらいでいいのでしたら」

「ああ。リーシェの茶菓子がいい」

私の……か。それを聞いて何だか嬉しくなってしまうのはどうして……?またフェリックスさまに喜んでもらいたいと思ってしまうのだ。


「そう言えば」

「フェリックスさま?」


「……フェルでいい」

「え……」


「長いだろう」

「そんなことは……」

もっと長い名前だってある。


「夫婦なのだから、フェルでいい」

「フェル……さま」

「ジャンのようにはいかないか」

「へ?」

どうしてここにジャンが出てくるのだろう?


「まあいい。今度からそう呼ぶといい」

「は、はい!」


「それから話の続きだが」

「そう言えばそうでした……!」


「もうすぐ狩猟祭だ」

「そう言えば秋も深まって来ましたものね」

狩猟祭は秋までの狩猟の感謝と冬の狩猟の安全を願う祭祀である。


「もしよければリーシェも来るか」

「いいのですか?」

「ああ。あまり騎士が多い場所は恐いかと思ったが」

「そんなことはないです!」

それを心配してくださっていたのだろうか。


「ただ……狩猟祭は例年聖女による弓張りの儀が行われる」

「聖女って……リリシア王女殿下?」

「近年はほぼ彼女だな」

神殿になら聖女は他にもいるだろうが、王女である彼女の方が狩猟祭の顔になるのか。


「だが……だからこそ俺にとってはリーシェが最愛の妻であることを分からせるチャンスでもある」

最愛……っ。


「もちろんリーシェが来たくなければ無理にとは言わないが、決して彼女の手は取らないと決めた。何ならディーノとジャンを見張りにつけたっていい」

「見張りに……?」

「あの2人なら俺に気を遣って真実を有耶無耶になんてしないどころかディーノからは説教を食らいそうだ」

「説教……」

上司と部下が逆転しているがそういう面でもローズ伯爵はフェルさまになくてはならない存在なのだろう。


「……でもその」

「リーシェ?」


「私も、行きます」

「いいのか?」

「はい。行かせてください」

「分かった。当日は一緒に行こう」

どうしてか見守りたくなったのだ。フェルさまがリリシアの手を取らず私と夫婦でいてくれるように。


離婚したいと言い出したのは私なのに、フェルさまと夫婦であることの証を探している矛盾に頭がこんがらがりそうだった。


※※※


狩猟祭は騎士だけが主役ではない。女性たちは夫や恋人、憧れの騎士に狩猟の無事を願う御守りを渡すのだ。


「まぁ、旦那さまのお色も入っていて美しいですわね」

「ヴィオラったら何で分かって……」

刺繍していたのはフェルさまの青と得意魔法の氷のモチーフだ。


「あら、分かりますわよ。私も恋する乙女だった頃もありますもの」

「じゃぁカイルとも……?」

メイド長のヴィオラの夫は家令のカイルである。屋敷に長く勤めていればヴィオラたちのような夫婦も生まれる。


「ええ。カイルは狩猟祭には参加しませんが、日々の贈り物に自分やカイルの色を混ぜたりしてさりげないアピールをしたものですわ」

「それって……カイルは気付くの?」

「もちろんですわ。そんなに鈍感でしたらプロポーズに応じてませんもの」

クスクスとヴィオラが微笑む。


「じゃぁフェルさまも……」

「もちろん。むしろ気が付かなかったらローズ伯爵に説教していただきましょうね」

「それはその……」

最強の選択肢では?


※※※


――――すっかり秋も深まり狩猟祭の日がやって来た。

カタカタと心地よく車輪が揺れる。


「似合っているな」

「その、フェルさまも……カッコいい、です」

上品ながらも動きやすい私の装いに、この時期用の秋の色の騎士服。


「……そうか。そう言う感想も初めてだな」

「へ?」

「いや……もっと見せてもいいのかもしれない」

騎士の格好をと言うことだろうか。


「きっとそれらもカッコいいですね」

イメージだが。


「そ……そうか」

何だかフェルさま、嬉しそう?


「大公御夫妻が到着されました!」

高らかに告げられながら今年は夫婦で参加する。


「俺は騎士たちと儀式に赴かなければならないが」

「ヴィオラがいるから大丈夫ですよ」

「お任せくださいませ、旦那さま」

今回はパーティー会場ではないもの。伴のものを連れた参加者も多い。


「楽しみですわね、奥さま」

「ええ、ヴィオラ」

儀式の打ち合わせや段取りを確認するフェルさまや騎士たちを眺めながらふと他愛のない会話に花を咲かせる。


「御守りを渡すのは儀式が終わってからね」

「ですわね。それに今回は取って置きですし」

「うん」

御守りと一緒にお菓子もつけたのだ。フェルさまもきっと喜んでくれると信じて。


しかしその時、途端に周囲が騒がしくなる。何だろう?

騎士たちはあちらにいるし。


「奥さま」

ヴィオラが咄嗟に私を腕の後ろに庇う。そのわけはすぐに分かった。


「どきなさい、そこの使用人。王女である私に対して不敬だわ」

リリシア王女にとりまきの侍女たち。


「私はそこの女に用があるの」

そう言うとリリシア王女が私を睨む。


「いいの、ヴィオラ」

「しかし奥さま」

「ヴィオラは私にとっても大切な家族だもの」

メイド時代から世話を焼いてくれて、失敗した時もフォローして元気付けてくれた。だからヴィオラは私が守らなきゃ!


「ふん……使用人を家族だなんておいえが知れるわね」

だから何?私を捨てた侯爵家じっかなど知れたところでどうだっていい。

私にとって大事なのは大公家のみんなだ。


「そんなんだから私に恥をかかせてのうのうとしていられるんだわ」

「え……?」

王女殿下に恥をかかせるなんてした覚えはないのだが。


「あんたのせいでフェリックスさまが私のエスコートを断られたの!」

それは……もとはと言えば王太子殿下の言動が原因では?逆恨みも甚だしい。


「さらには弓張りの儀も他の騎士が相手を勤めるって……何なのよ!」

そう言われても。


「いい?フェリックスさまは魔物討伐に於けるクラウン王国の英雄よ!」

それは十二分に知っているが。


「だからこそ、お身体の傷も消耗した魔力も聖女の私がいれば瞬く間に治して差し上げられる!」

それはそうかもしれないが治しているのは現場で活躍している治癒魔法使いではなかろうか。


「先日だってエスコートの折りに私の力でフェリックスさまを癒して差し上げようとしたのに!」

いや……その時には傷も魔力の消耗もなかったと思うのだが。みな帰還報告パーティーの前に治癒魔法使いなり補給ポーションなりで治しているはずだ。


「それなのにあんたが邪魔をしたのよ!」

私はなにもしてないのに。彼女は自分の兄がしたことも分かっていない?いや、グルと捉える方が自然だ。


「単刀直入に言うわ」

「……」


「フェリックスさまと別れてちょうだい!」

やはり目的は王太子殿下と同じなのか。


「フェリックスさまには聖女で王族の私の方が相応しいわ!」

彼女自身は王族の血を引いてないはずなのだが。


「だから離婚を……」

「しません!」


「は……?」

「離婚はしません!」


「何よ、私が命じているのよ!」

「知りません。そんなのは嫌です!」

確かに離婚を望んだのは私だ。だけど改めてフェルさまのことを知った。見た。言葉を交わした今。それが本当の望みであるとは言えないのだ。


「誰かに言われるがままに従うなんて嫌です!」

だから離婚したくなくなったと言えるだろうか。根本にあるのはフェルさまと向き合ったから。しかしながらひとに言われるがまま離婚だなんてそんなの悔しすぎる。


――――両親に言われるがまま、大切なおもちゃも服も婚約者も妹に奪われた。


――――両親に言われるがまま、家を追い出された。


――――言われるがまま、屋敷を転々とし安心できる居場所もなかった。


でも、今は。


「大公邸は私にとって大切な場所だから!」

初めて帰りたいと思える場所を得たから。


「絶対に離婚はしません!」

「な……生意気よ!」

バンッと身体が揺らめく。突き飛ばされたのだと分かった。


「奥さま!」

とっさにヴィオラの腕に包まれる。


グシャリ。


嫌な音がした。


見開いた視線の先には今日のために用意した小箱が潰されていた。


「ひ……っ」

ピンヒールの先でガツガツと潰され、菓子も御守りもぐちゃぐちゃにされていく。


そんな中見上げた先に見えたのは醜悪な笑み。


「何の騒ぎだ!」

その時騒ぎを聞き付け駆けてくる姿が見える。


「フェリックスさま!」

ガラリと表情を変え、リリシアがフェルさまに抱き付く。


「わたくし、フェルさまのために御守りを作りましたのよ」

侍女が差し出した小箱をさっと見せて乙女のように目を輝かせる。


「放せ」

その時フェルさまがリリシアの手を振りほどく。


「フェリックスさま!?どうして!」


「触れるな」

そしてリリシアの腕をジャンやローズ伯爵たちが阻む。


「大丈夫か、リーシェ!」

ヴィオラに抱き起こされた私をフェルさまがそっと抱き締めた。



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