第2話 離婚する理由が欲しいの
――――翌朝
朝が辛いだなんて。メイド時代は平気だったのに。
「うう……もう朝?」
「ええ。ですがひどい隈ですよ、奥さま。寝られなかったのですか?」
「あう……ヴィオラ。そうね……あんまり寝られなかったかも」
「ではリラックスできるハーブティーをおいれいたしますね」
「……ありがとう」
ハーブティーの香りに心が少しだけ安らいだ気がした。
「少し落ち着いたわ」
「それは何よりですわ」
「うん」
大丈夫、大丈夫よ。最初に離婚を切り出したのは私の方。
けれど……昨日はいつもとは違ったフェリックスさまの行動が気になる。
どうして途中でリリシア王女のエスコートをやめたの?
「奥さま、本日は何か気分転換になることでもいたしましょうか」
「気分転換……か」
「ええ。そうだ、お菓子作りはいかがです?美味しいドライフルーツがありますよ」
「……うん、そうしようかしら」
お菓子作りは前の職場でローズ伯爵夫人に習ったものだ。そして私が作る菓子を大層気に入ってくださった。懐かしい思い出である。
「ご友人やローズ伯爵も遠征から帰還しましたし、後処理のためにこちらにも来ているはずですわ。お菓子を配られてはいかがです?」
「……そうか……ジャンとローズ伯爵」
ローズ伯爵にお菓子を預ければ夫人にも届けてくださるはずだ。ジャンとは気心が知れてるし。
「……そうだ」
閃いた。ジャンは確か……彼女はいないはずよね?
「どうなさいました?」
「う、ううん、作るわ。お菓子を」
最初にフェリックスさまが言っていたことを覚えている。だからジャンに協力してもらえば離婚の理由になるはずだ。
「よし、早速やるわよ!」
「その意気ですわ!奥さま!」
私は早速ドライフルーツを使ってマフィンを作った。
※※※
騎士たちの演習場からは訓練をする声が響いてくる。帰ってきた後もかかさず訓練はするらしい。
「これは奥方さま。どういたしましたか?」
「ローズ伯爵」
いきなりお会いできるとは運がいい。
「他の騎士たちが何事かとざわついておりまして」
「え……っ」
それでわざわざ来てくれたってこと!?前職の旦那さまだっただけに申し訳ない。
「まずかったでしょうか……」
落ち着いている時はこっそりジャンに悩みごとの相談に乗ってもらいに来たものだが。
「いえ、なんの。奥さまが来られると隊員たちも士気が上がると言うもの」
私が来たら……?保存食をこしらえているからだろうか?
「それはそうと隊長にお会いに来られたのですか?」
近衛騎士団特務部隊隊長……それがフェリックスさまの役職である。
「いえ、その、そうではなく。これを」
さっとマフィンが2つ入った袋を手渡す。
「夫人へと思いまして」
茶会で顔を会わせる時以外はローズ伯爵を仲介する時が多い。
「これはこれは。妻も喜びます」
今では立場が逆転したと言うのに相変わらず丁寧に応じてくれるローズ伯爵には感謝に絶えない。
「夫人によろしくお伝えください。あと……」
マフィンはもう1袋ある。
「ジャンはどこにいるでしょうか」
「ジャンなら休憩中かと。中庭のいつもの場所ではないでしょうか」
「分かりました!ありがとうございます!」
ぺこりと礼をして中庭へ急ぐ。
「……隊長にではないのか?」
後ろからローズ伯爵の呟きが聴こえた気がしたのだが……何のことだろうか?『離婚』の件はローズ伯爵の耳には入ってないよね……?
※※※
訓練の声が遠くから響いている。完全には静寂ではないがこのバランスがちょうどいいのだとジャンことジャンルーカ・フランメは言った。
「いた!ジャン!」
赤茶の髪にオリーブグリーンの瞳。剣を傍らに立てかけ読書中だったようだ。
「リーシェ?どうしたの?」
「ちょっとね。それにしても……本?珍しいのね」
「ああこれね。ディーノが基礎知識として読んどけってね」
「あぁ、ローズ伯爵が」
「そうそう。兵法・軍法」
「難しそうな本」
隣に腰掛ければ、その中身は文字でびっしりなことに気が付く。
「まぁね。読めなくもないけど。それよりリーシェはどうしてここへ?」
「その、まずはこれ」
頼みごとをするのならまずは賄賂……いや手土産だ。
「リーシェの菓子?嬉しいなぁ。隊長のおこぼれだろうけど」
「いやその……」
「うん?」
「フェリックスさまには作ってないわ」
「ええっ、隊長楽しみにしてたのに」
「楽しみ……?」
甘いものが好きだったのだろうか?確かにフェリックスさまがお帰りになられれば茶菓子を差し入れていたが。
「その、茶菓子の準備は夫人としての義務だとは思うけど」
ローズ伯爵邸でも夫人が作っていたし、私が覚えてからは私の菓子がいいとねだられ作っていたが。
「別にフェリックスさまは私の菓子なんて望んではいないわよ。今までは単なる夫人の義務として……」
「義務って……菓子の準備はメイドでもいいじゃん」
「それは……私もやっていたわ」
「けど夫としては妻の手作り菓子も嬉しいんじゃないの?」
「どうかしらね」
本当に喜んでくれていたのだろうか。迷惑ではなかったろうか。
「えと……それにね。もうやめようと思って」
「どうして……?」
「離婚、したいの」
「は……?」
「離婚しようと思って。だからその、ジャンは恋人とか思い人、いないわよね」
「そりゃぁね。顔で寄ってくる女はいるけど5秒後にはビンタが飛んでくる」
ほんとどんだけよ。デリカシーはないけど。
「だからその、付き合ってくれない?」
でも私はジャンならば気が合うし頼りになるしと思うのだ。
「何に?俺は剣しかできないけど」
「いやその……恋人になって欲しいと言うことよ」
「……リーシェはフェルの嫁だよね?」
フェルとはフェリックスさまの愛称だ。
「そう。でも契約結婚の条件にあったのよ。私に思い人がいないかどうか」
「契約結婚……?」
「そう!だから私がジャンと恋仲なら離婚する条件になると思うの!」
「ぶはっ。そもそも何で離婚なんて話になってるわけ?」
「だってフェリックスさまには……リリシア王女殿下がいるじゃない。お似合いだし……」
「お似合い?あのひと滅茶苦茶嫌そうにやってるけど。それなのに毎回あのお姫さまもしつこいねぇ」
「嫌そうにはとても……」
むしろお似合いにすら見えてくる。
「元王族スマイルの中に隠してるだけ」
「だとしても……」
「ひょっとして昨日、王太子に何か言われた?」
「え……っ」
「俺はサボってたから聞いただけ……だけど」
さらっとサボったって言わなかった?このひと。
「王太子と親衛隊に囲われたって。ディーノは伯爵だ。慌てて第2王子に助力を頼みに走ったようだけど」
第2王子殿下に……!?もしあの時フェリックスさまが動けなかったら。それが一番妥当な判断だ。
けど。
「王太子殿下に言われたからじゃないの!私は私の意思で離婚がしたいの!」
これが答えだ。
「王太子殿下に言われたからじゃない。私の意思ならば悔しくない。先に切り出したのは私の方よ!」
「それはその……そうだねぇ。取り敢えずまずは話し合ってみれば?」
するとジャンが私の後ろを見ていることに気が付く。
「……?」
くるりと見れば、その瞬間ピタリと止まる。
「俺と離婚をするためにジャンと恋仲になると」
「その……ええと」
「……」
沈黙が……恐い。だけど、言わなきゃ。
「少なくともあなたよりはましです!」
「まし……だと?」
「ジャンは女の人に言い寄られることはあっても浮気はしないもの!」
その前に振られる……と言うか最初から相手にしてない気がする。
「俺は浮気などしてない!」
「いつもリリシア王女殿下に誘われてエスコートしてるじゃない!」
「それはその……もうしない」
「……っ」
「これまでは叔父として頼みを聞いてやるのも兄上への孝行になると思ってた」
フェリックスさまの根底にあるのはリリシアへの思いではなく、あくまで陛下のため……?
「だが昨日のようなことがあったんだ。頼まれたとしてももうリリシアのエスコートはしない」
「だけど王族の方よ」
断れるの?自分でも無理を言っていることくらいは分かってる。王弟殿下とは言え臣籍に下り、近衛騎士団の一隊長。王族の申し出を無下にはできないはずだ。
「関係ないさ。先日の件で兄上には直接抗議した」
「陛下に……?」
「そうだ。妻が知らぬ間に王太子に詰め寄られていたんだ。まるでリリシアと束になり謀ったかのように」
それも事実なのだろう。フェリックスさまの注意をリリシアが引いている間に……私を。
「しかも王太子はお前に離婚を迫ったのか」
「それはその……そうです」
どここら聞いていたのだろうか。しかしもう白状するしかあるまい。
「あんにゃろう……っ」
フェリックスさまがぐっと拳を握りしめる。
「兄上は王太子が親衛隊を使い貴族夫人を取り囲み迫ったことを問題視した」
離婚の件を知らなかったとしてもあれは異様だった。そして相手が王太子であったがゆえに誰も止められなかった。
「俺にリリシアをエスコートさせる隙にそのようなことをするのなら、今後どんなことがあっても彼女のエスコートはしなくていいとお言葉を賜った」
「それでは……」
「今後は夜会ではお前の側を離れない」
「でもお仕事があるのでは」
私向きではない話もあるはずだ。
「部下をつける。ジャンがいいと言うのならジャンをつける」
「ええと……今さっき恋仲を装うとした仲だけど……?」
いいのかしら……?
「ジャンは浮気をするような男じゃないのだとお前が言ったのだろう?」
「それはその……そうだけど」
この友人のことは信頼してるもの。それはフェリックスさまにとっても同じこと。
「部下とはいえいきなりよく知らぬ騎士をつけてお前に負担はかけたくない」
「……っ」
私のことをちゃんと考えてくれているんだ。
無関心ってわけじゃなかった。
「それに俺はジャンを信頼している」
「……!」
信頼のおける騎士だからこそか。
「女っ気もないから恋人のエスコートが必要になることもない」
「まあそれは当たってる」
ケラケラと笑うジャンもジャンだか。
「そもそも俺は平民だからお貴族さまみたいにパーティーを楽しんだりなんてしないよ」
「……そういや昨晩はサボったな?」
ニコリと笑むフェリックスさま。何だか怒っていた時よりも恐い有無を言わさぬ迫力がある。
「大公夫人の護衛としても遜色ない立場が必要だろう。兄上からは余ってる爵位をいくつかもらっていてな」
「げ……まさかっ」
いつも笑顔を絶やさないジャンの口元がひきつる。
「子爵位をつけるからそのつもりでいろ」
「そんなもんつけたって俺はお貴族さまなんてできないけど!?」
「ただの体裁だ、体裁。面倒ごとに絡まれた時に使えばいい」
「まぁハリボテなら。それに……」
ジャンがにこりと笑う。
「……?」
「また離婚だのなんだの言い出したら隊長のご機嫌がナナメになるしね。見張っておく」
「ひぇっ」
本気の友人と言うものほど油断ならないものはない。
「それなら任せるが……その」
何かしら?
「お前、菓子を配りに来たのか」
ドキリ。私を見かけた騎士に聞いたのか、はたまたローズ伯爵に聞いたのか。
「俺の分は……ないと」
う……っ。そこまで聞いていたのか。
「今まで悪かった」
「え……っ」
「お前が離婚と言い出すまで俺は無理させていたのだろう。ディーノに叱られた」
「……」
ローズ伯爵夫妻は親の愛情すら妹に奪われた私を娘のようにかわいがってくれたから。
だからこそフェリックスさまを動かしてくれたのだ。
「その、持ってきます。まだ残ってるので」
メイドたちと分けようと焼いたものがある。
「いいのか」
「あ、甘いものはお好きだと思っていいのですか?」
「それは……うん、そうだな」
意外と恥ずかしがり屋なのだろうか?それでも何だか愛おしいと思ってしまった。
「書斎にお持ちすればいいでしょうか」
「そうだな……待ってる」
その時の穏やかな笑みが印象的で。
「はい……」
どうしてか一瞬、胸がときめいたような気がしたのだ。
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