第5話
「……う、ああ……う、うわあああああああ!!」
ヤマトは地面に這いつくばり、激しく嘔吐した。
コメント欄が、一瞬で凍りついた。
《……本物だ。CGじゃない。》
《さっきの奴、俺のリア友だ……LINEが既読にならない。本当に、死んだんだ……》
《ヤマト……お前、なんて所に……なんて所に来ちまったんだよ……》
先ほどまでヤマトを罵っていた者たちは、今や恐怖で指を震わせ、スマホを握りしめることしかできない。
「……ぁ……あ……」
ヤマトは膝をついたまま、震える手でカメラを支えるのが精一杯だった。
逃げ場のない白い空間に転がる、42人分であったはずの「巨大な肉の残骸」だ。
それはもう、誰が誰だったのかも判別できない。ただの、脈打つ赤黒い塊。
カメラは無慈悲にもその肉塊を至近距離で映し続け、逃げることを許さない。
時折、肉の隙間から「未登録」だった誰かの指先や、潰れた眼球がのぞき、視聴者の罪悪感を執拗に抉る。
5万人を超える視聴者のスマホ画面は、その「肉の静止画」で完全にフリーズしていた。
ただ、自分が数分前まで罵倒していた人間が「肉」に変えられた様を、網膜に焼き付けられるだけの時間。
数十秒――永遠にも感じられる沈黙の後、画面が「バツッ」という電気音と共に、再びヤマトが立ち尽くす廃村の景色へと切り替わった。
何も存在しない。死体も、血痕も。
その瞬間、配信画面のコメント欄が、それまでとは全く違う異様な速度で動き出した。
罵声は消え、そこにあるのは、純粋で濃密な「死への恐怖」だけだ。
《だれか、だれか助けて。画面が消えない。暗い部屋で、このスマホだけが光ってて、ヤマトの後ろに誰かいるみたいに見えるんだ》
《瞬きができない……目を離そうとすると、喉の奥が締め付けられるみたいで……見てなきゃ殺される、見てなきゃ殺される見てなきゃ殺される》
《お願い、ヤマト、どこにも行かないで。画面の外に出ないで。あんたが消えたら、次は俺の番だろ?》
5万人を超える視聴者たちは、今やスマホという名の「呪いの窓」に、魂を吸い取られるように釘付けになっていた。暗い寝室で、あるいは深夜のコンビニの前で、誰もが血走った目で、発熱し続ける端末を凝視している。
彼らにとって、ヤマトはもはや憧れのYouTuberでも、憎い詐欺師でもない。
自分たちの代わりに死に、自分たちの生を繋ぎ止めるための「身代わり」だった。
「……みんな、見てるか? 逃げられないんだ……俺も、お前らも……」
ヤマトの声は、かすれて消え入りそうだった。ふと、彼は気づく。
自分のスマホの画面、視聴者数のカウントが、血のような赤色に変色していることに。
【現在の生存視聴者:62,068人】
ヤマトは恐怖に顔を歪ませ、血の混じった唾を吐き出した。
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赤指 @ABCAI
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