3

 宴会は二時間の予定だった。


 残り三十分になったころ、部屋の空気が変わり始めた。さっきまでの緩さが消えて、何かが閉じていく気配があった。


 終わりが近づいている。


 誰も言葉にしなかったけれど、全員がそれを知っていた。


 先輩はまだ私の隣にいた。でも、もう話しかけてこなかった。別の人と話していた。私は黙って座っていた。


 ウーロン茶の氷は全部溶けていた。グラスの中の水が、少しぬるくなっていた。


「そろそろ締めようか」


 課長がそう言った。


 また空気が止まった。さっきと同じだった。声が出た瞬間、部屋の中の何かが固まる。


 先輩が立ち上がった。


「今日は、ありがとうございました」


 先輩の声は、静かだった。大きくはない。でも、部屋の隅まで届いた。


「五年間、お世話になりました」


 五年。


「至らないところも多かったと思いますが」


 先輩はそう言って、少し頭を下げた。


 私は先輩の背中を見ていた。丸まった背中。いつもの姿勢だった。でも、今はその背中が、何かを遮っているように見えた。


 先輩と私のあいだに、壁ができていた。


 目には見えない。でも、ある。先輩が言葉を発するたびに、その壁が厚くなっていく気がした。


「新しい場所でも、頑張ります」


 先輩が顔を上げた。


 拍手が来た。


 三度目の拍手だった。いちばん長くて、いちばん大きかった。音が部屋を満たして、私の体を押した。


 拍手の中で、私は手を叩いていた。叩きながら、何も考えられなかった。音が頭の中を埋めて、他のことが全部消えた。


 先輩が「ありがとうございます」と言った。


 その声は、拍手の向こうから聞こえた。近いはずなのに、遠かった。隣にいるのに、もう届かない場所にいた。


 拍手が終わった。


 静かになった。


 私の手のひらが、じんと熱かった。叩きすぎたせいだと思った。

 でも、熱はなかなか引かなかった。

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