2

 宴会が中盤に差しかかったころ、席替えがあった。


 誰かが「もっと話そうよ」と言い出して、何人かが立ち上がった。私は動かなかった。動く理由がなかった。


 でも、結果的に先輩が私の近くに来た。


 斜向かいではなく、隣。一席分の距離。


「あんまり飲んでないね」


 先輩がそう言った。私を見ていなかった。テーブルの上の、私のグラスを見ていた。


「ええ、ウーロン茶です」


「知ってる」


先輩は自分のビールを少し飲んだ。喉が動くのが見えた。


「静かだね、今日」


「いつもこうですよ」


「そうだっけ」


 先輩は少し首を傾げた。私はその横顔を見て、すぐに視線を外した。


 何か言おうとした。何を言おうとしたのか、わからなかった。言葉が喉の手前で止まって、形にならなかった。


「来月から、大阪ですか?」


 私がそう言った。言うつもりはなかった。でも、何か言わないと、沈黙が続きそうだった。


「うん。まあ、新幹線で二時間半だし」


「そうですね」


「来たらいいよ、遊びに」


 先輩はそう言って、また笑った。困ったような笑い方じゃなかった。普通の、軽い笑い方だった。


 私は「はい」と言った。


 言いながら、それが嘘だと知っていた。行かない。行けない。行くことはない。


 でも、「行きません」とは言えなかった。


 言えば、何かが確定してしまう気がした。


 私が黙っていると、先輩は別の誰かに話しかけられて、そっちを向いた。彼の横顔は離れていった。一席分の距離は変わらないのに、また遠くなった。


 さっきの言葉のせいだと思った。


「来たらいいよ」が、「来ない」を確定させた。先輩がそう言ったことで、私が行かない未来が決まった。


 違う


 私が「はい」と言ったせいだ。


 私の言葉が、行かない未来を、自分で選んだ。

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