第5話 「ダンジョンで一番強いのは報連相」
「まずは、共有しましょう」
久我恒一は、通路脇の少し広くなった場所で立ち止まった。
戦闘の気配はなく、比較的安全そうだ。
「共有?」
ユウトが首を傾げる。
「情報です」
恒一は淡々と言った。
「どこで何が起きたか。
それを、必要な相手に伝える」
「そんなこと、みんなやってますよ」
マキオが言う。
「いいえ」
恒一は首を横に振った。
「“やっているつもり”なだけです」
三人は顔を見合わせた。
恒一は、地面に小石を並べ始めた。
「ここが、先ほどのゴーレム部屋」
「ここが、クモ型モンスターの出現地点」
「そして、ここが――」
「課長、地図描けるんですね」
ユウトが感心した声を出す。
「総務は、迷ったら終わりです」
恒一は、そこで初めて少し笑った。
「さて。
この情報を、誰に伝えるべきでしょう」
「……運営?」
マキオが答える。
「正解です」
恒一はうなずいた。
「ですが、それだけでは足りません」
ミサが考え込む。
「……他の冒険者?」
「そう」
恒一は指を鳴らした。
「事故は、共有不足から起きます」
そのとき、近くの通路から慌ただしい足音が聞こえた。
「助けてくれ!」
駆け込んできたのは、見知らぬ若い冒険者二人。
片方は腕を押さえ、顔色が悪い。
「どうしました?」
恒一が即座に聞く。
「トラップに引っかかった!」
「仲間が、ゴーレム部屋に……!」
三人が息を呑む。
「……場所は、ここですね」
恒一は、小石で示した地点を指した。
「な、なんでわかるんだ!?」
「報告が、先にありました」
恒一は、落ち着いた声で言った。
「まず、状況を整理しましょう」
恒一の声に、不思議と焦りが薄れていく。
【スキル《会議進行》が発動しました】
「負傷者は、ここで手当てを」
「救援は、二手に分かれます」
「無理はしない。最優先は生存です」
マキオが、慌てて回復を行う。
「……落ち着いてきた」
冒険者の一人が呟く。
「落ち着けば、視野が広がります」
恒一は言った。
「視野が広がれば、判断を誤りにくくなる」
救援は成功した。
ゴーレム部屋にいた冒険者も、何とか脱出できた。
「ありがとう……」
助けられた冒険者が、深く頭を下げる。
「いえ」
恒一は首を振った。
「あなた方が、正確に報告してくれたおかげです」
ユウトが目を丸くする。
「課長、今のって……」
「報連相です」
恒一はきっぱり言った。
「報告、連絡、相談。
これが回っていれば、致命的な事故は減ります」
ミサが小さく息を吐いた。
「……地味だけど、強い」
「最強です」
恒一は即答した。
「派手さはありませんが、
失敗を未然に防ぎます」
しばらくして、別のパーティから声がかかった。
「さっきの情報、助かりました!」
「地図、共有してもいいですか?」
恒一はうなずいた。
「もちろん。
ただし、更新は忘れずに」
いつの間にか、
恒一の周囲には人が集まっていた。
即席の情報交換所。
ダンジョンの一角が、
まるで職場の掲示板のようになっている。
「……課長」
ユウトが小声で言う。
「これ、完全に仕切ってません?」
「仕切ってはいません」
恒一は首を振る。
「流れを整えているだけです」
マキオが笑った。
「それを、仕切るって言うんですよ」
恒一は、少し照れたように咳払いをした。
そのとき、ダンジョンの奥から低い振動が伝わってきた。
何か、大きなものが動いている。
「……共有します」
恒一は即座に言った。
「この振動、広範囲です。
全パーティに注意喚起を」
情報は、すぐに広がった。
その日、
アンダーベイでは大きな被害が一つも出なかった。
後で運営から届いた簡易報告書には、
こう書かれていた。
―― 被害減少の要因:情報共有の徹底
ユウトがその紙を見て、笑った。
「課長。
ダンジョンで一番強いの、
剣でも魔法でもなかったですね」
恒一は、静かにうなずいた。
「ええ。
報連相です」
地下迷宮の片隅で、
最も地味で、
最も頼れる力が、確かに機能していた。
(第5話・完)
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