第3話 「モンスターより怖い若者のノリ」


「よし、次はこの先だな!」


赤髪の青年――確か名前は ユウト と言った――が、やけに明るい声を上げた。

先ほどの戦闘で無傷だったことが、よほど嬉しかったらしい。


「配信、回していい?」

眼鏡の青年、 マキオ が小型カメラを取り出す。

「“謎の課長と行くダンジョン攻略”とか、ウケそうじゃん」


「ダメ」

無口だった女性、 ミサ が即答した。

「集中できない」


恒一は、そのやり取りを後ろから見守りながら、胸の奥に小さな不安を覚えていた。


――元気なのはいい。

――だが、このノリは危険だ。


通路は徐々に広くなり、天井も高くなる。

足元の石畳には、ところどころヒビが入っていた。


「こういう場所、だいたい何か出るんだよな」

ユウトが軽口を叩く。


「フラグ立てないでください」

マキオが苦笑する。


その直後だった。


天井から、 ドサッ と重い音。

黒い影が、目の前に落ちてきた。


「うわっ!」


巨大なクモ型のモンスターだった。

脚は八本、胴体はドラム缶ほどの大きさ。


「うげ、無理!」

ユウトが後ずさる。


「毒、ありますね」

マキオが冷静に言うが、足は止まっている。


ミサは無言で杖を構えたが、距離が近すぎた。


――まずい。


恒一は、反射的に声を張り上げた。


「全員、下がってください!」


だが、若者たちは反応が遅れた。

クモが脚を振り上げ、威嚇音を立てる。


「課長、どうします!?」


その問いかけに、恒一は一瞬、言葉に詰まった。


――どうするも何も、

――このノリで突っ込めば、誰かが怪我をする。


「……その前に」


恒一は、あえて一歩前に出た。


「なぜ、今突っ込もうとしたのか、説明できますか?」


「え?」


場違いな質問だった。


「え、だって敵が出たから……」

ユウトが戸惑う。


「それは事実です」

恒一はうなずく。

「では、勝算は?」


「……ノリ?」


その瞬間、恒一は確信した。


――この世界で一番怖いのは、

――モンスターじゃない。

――勢いだけの若者だ。


ステータス画面が、静かに光る。


【スキル《会議進行》が発動しました】


「議題を設定します」

恒一の声は、不思議と通った。

「このモンスターに、どう対処するか」


クモは目の前で唸っているが、誰も動かない。


「制限時間は?」

マキオが聞いた。


「ありません」

恒一は即答した。

「向こうは待ってくれます。

 ……だいたい、こういうのは」


まるで恒一の言葉を理解したかのように、

クモはその場で脚を畳み、様子見に入った。


「え、待つの?」

ユウトが目を丸くする。


「待ちます」

恒一は言った。

「無駄な消耗を嫌う生き物です」


三人は顔を見合わせた。


「……じゃあ」

ミサが小さく口を開く。

「私が足止め。毒は避ける」


「その間に、俺が側面から」

ユウトが続く。


「回復は温存ですね」

マキオがまとめる。


恒一は、満足そうにうなずいた。


「いいですね。

 では、その方針で」


【スキル《根回し》が発動しました】


戦闘は、驚くほどあっさり終わった。

クモは倒れ、誰も毒を受けなかった。


「……あれ?」


ユウトが首を傾げる。

「さっきまで、あんなに怖かったのに」


「怖いのは悪いことじゃありません」

恒一は言った。

「怖いと思えなくなるのが、一番危ない」


若者たちは、妙に真剣な顔になった。


「課長」

マキオが言う。

「俺たち、勢いでやりすぎてましたね」


「若い頃は、それでいいこともあります」

恒一は微笑んだ。

「ですが、命がかかる場では話が別です」


ユウトが頭をかいた。


「……なんか、親父に怒られてる気分だ」


「安心してください」

恒一は言った。

「私は部下を怒るときほど、疲れる人間です」


三人が、思わず笑った。


その笑い声が消えたとき、

恒一ははっきりと理解していた。


――このダンジョンでの自分の役割は、

――戦うことではない。

――ブレーキになることだ。


モンスターより怖い若者のノリを、

止めるための存在として。


「では、次へ進みましょう」

恒一は言った。

「慎重に。

 ……でも、暗くならない程度に」


若者たちは、うなずいた。


ダンジョンの奥で、

奇妙な信頼関係が、少しずつ形になり始めていた。


(第3話・完)

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