虚構7 予定戦線異常なし

 ​西部国境、荒野の「灰色丘陵」。

 ここには、二つの正義と、二つの「極秘事項」が存在する。


​【人間側陣地:午後九時】

 ​傭兵隊長ガレンは、魔法の灯火の下で、一通の極秘書簡を握りしめていた。

 そこには王都の軍部から、高額な報酬と共にこう記されていた。

『今夜21:15、敵陣地✕✕地区を爆破せよ。潜入済みの工作員により、敵の防衛網は無効化されている。我が軍の被害を最小限に抑えつつ、多大な戦果を捏造できる絶好の機会である』


​「いいか野郎ども、これはチャンスだ」


 ガレンが部下たちに檄を飛ばす。


「向こうは油断している。工作員が道を空けてくれている間に、あの地区を消し飛ばすぞ。死ぬなよ、これは『勝てる』戦いだ!」


 兵士たちは拳を突き上げた。彼らは信じていた。自分たちが、王都の高度な情報戦によって、魔族の裏をかいているのだと。



​【魔族側陣地:午後九時】

 ​同じ時刻。対岸の岩壁の中。

 魔族の隊長ザルクもまた、漆黒の羊皮紙に目を落としていた。

 魔王庁の役人から手渡された、最高機密の指示書だ。

『今夜21:15、✕✕地区の兵を一時撤退させよ。人間側を誘い込み、あらかじめ仕掛けた爆縮魔法を作動させる。敵を殲滅し、魔王陛下の威光を喧伝せよ』


​「……いいか、これは陛下直々の作戦だ」


 ザルクが静かに角を振る。


「人間どもが罠にかかるのを待つ。奴らは自分たちが奇襲を仕掛けていると思い込んでいるが、実は俺たちの手のひらの上だ。一兵も損なうことなく、奴らを地獄へ送るぞ」


 魔族の兵士たちは、冷酷な笑みを浮かべた。自分たちだけが、この戦場の結末を知っているという優越感に浸りながら。

​【戦場:午後九時十五分】

 ​定刻。

 人間側の魔導兵が、渾身の力で火球を放つ。

 指定された✕✕地区に着弾し、巨大な炎が夜空を焦がした。


「命中だ! 成功だぞ!」


 ガレンが叫ぶ。爆煙の向こうでは、魔族の兵士たちが「予定通り」に逃げ惑い、あるいは崩れ落ちるのが見えた。

 ​同時に、ザルクが起爆の合図を送る。

 地面が激しく揺れ、青い爆炎が人間側の突撃路を飲み込んだ。


「かかったな、愚かな人間どもめ!」


 ザルクの咆哮。そこには、数名の人間が吹き飛ばされ、動かなくなる様が映っていた。


​【結末】

 ​一時間の激闘(と呼ぶべき演目)が終わり、両軍は互いに「自軍の勝利」を確信して撤収した。

 ​ガレンは、戦死したはずの部下が、数日後に王都の別の部隊へ密かに転属されることを知っている。

 ザルクは、爆破されたはずの陣地が、翌朝には元通りに修復される魔法の資材が届くことを知っている。

 ​彼らは、自分だけが「裏の台本」を知るエリートだと信じている。

 だが、そのガレンの書簡も、ザルクの羊皮紙も、実は王都と魔王庁が共同で出資する**「CMB戦略企画室」**で、同じペンによって書かれたものだとは、露ほども知らない。


​「今日の戦果なら、次の予算は倍増だな」


 ガレンは酒を煽り

「これで陛下への忠誠は証明された」


 一方、ザルクは星を見上げる。

 ​誰も、お互いが同じ「平和な嘘」を守るための歯車であることを知らない。

 誰もが、自分だけは真実を知っていると自惚れている。

 魔王がいる世界は、

 恐ろしいが、

 自尊心を、満たしてくれる。

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