生成AI作家、炎上中

イミハ

第1話 書けなかった男の三十年分の敗北について


 小説家になりたかった、というと少し聞こえがいい。

 正確に言えば、「小説家になれるかもしれない」と思っていた時期が、人生のどこかにあった、という程度の話だ。

 俺――サクマは、三十歳のフリーターだ。

 職歴はコンビニ、居酒屋、引っ越し、倉庫、短期派遣、そしてまたコンビニ。履歴書に書くとページが無駄に埋まるだけで、どこにも“積み上がり”がないタイプの人生をしている。

 実家暮らし。

 貯金ほぼゼロ。

 夢だけが異様に長生きして、いまだに部屋の隅で息をしている。

 小説家になりたかった。

 きっかけは覚えている。高校二年のとき、国語の授業で書かされた短編が、クラスで一番だと褒められた。たったそれだけだ。賞を取ったわけでもない。先生が「独特の視点だね」と言った、それだけ。

 でも人間は愚かだから、

 たった一度の肯定で、一生分の期待を膨らませてしまう。

 それから俺は書いた。

 ノートに、ワープロに、スマホに。

 日常系、バトル、恋愛、意味深なやつ、よくわからない哲学っぽいやつ。

 書けば書くほど、はっきりした。

 ――俺、下手だな。

 比喩は浮かばない。

 会話はぎこちない。

 展開は遅いくせに、オチは弱い。

 自分では「これいいこと言ってない?」と思っている一文ほど、後から読むと寒気がした。

 それでも諦めきれなくて、投稿サイトに作品を載せた。

 初投稿の日、更新ボタンを押す指が震えたのを覚えている。

 結果は、

 閲覧数:23

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 コメント:0

 母親が間違って踏んだ分を除けば、実質ゼロだ。

 二作目も、三作目も同じだった。

 時々「文章は丁寧ですね」と社交辞令みたいなコメントが付く。

 それが逆にきつかった。

 丁寧。

 つまり、面白くはない。

 気づけば二十五歳を過ぎ、

 二十七で「一旦やめよう」と言い、

 二十九で「もう才能はない」と結論づけた。

 夢を諦める、というより、

 夢のほうが俺を見放した、という感覚に近かった。

 それでも未練がましく、

 小説投稿サイト「マジヨミ」はスマホに入ったままだった。

 人気作を読んでは、

 「この展開、俺も考えたことある」

 「でも俺が書いたらこうはならない」

 そんなことを考えて、アプリを閉じる。

 惨めだ。

 自覚はある。

 でも、やめられない。

 その日も、深夜のコンビニバイトを終えて、惣菜パンを二つ買い、家に帰った。

 風呂に入る気力もなく、ベッドに倒れ込み、スマホをいじる。

 動画アプリで、よくわからない解説動画が流れてきた。

 「最近話題の生成AIで、小説を書いてみた結果がこちらです」

 正直、最初は鼻で笑った。

 どうせテンプレみたいな文章だろ、と思った。

 でも、続きを見て、少しだけ姿勢を正した。

 ――悪くない。

 いや、

 普通に、うまい。

 語彙も自然だし、展開も破綻していない。

 少なくとも、俺の黒歴史フォルダに眠っている原稿たちよりは、圧倒的に読みやすかった。

 コメント欄は荒れていた。

 「これを創作と呼ぶな」

 「努力を馬鹿にしている」

 「作者の魂がない」

 魂。

 その言葉を見て、なぜか笑ってしまった。

 魂があっても、

 俺の小説は、誰にも読まれなかった。

 動画の最後、投稿者はこう言った。

 「アイデアを投げるだけなら、誰でもできますよ」

 その一言が、

 胸の奥に、ひっかかって離れなかった。

 アイデアなら、ある。

 腐るほどある。

 形にできなかっただけで。

 ベッドの天井を見つめながら、俺は思った。

 ――もし、文章を書けないだけの俺でも、

 ――物語を“世に出す”ことができるとしたら?

 スマホの画面を操作し、

 俺は初めて、生成AIの入力欄を開いた。

 まだこの時の俺は知らなかった。

 この軽い好奇心が、

 俺の人生を、救うのか、壊すのか。

 ただ一つ確かなのは、

 三十歳のフリーターが、もう一度だけ夢を見てしまった、という事実だけだった。

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生成AI作家、炎上中 イミハ @imia3341

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