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「あれか」
件の「村」が見えてきた。
村――と言っても、その外周は頑丈な軽量鉄骨とCNT建築材と速乾コンクリートの複合で作られた防壁で囲われており、外敵を跳ね飛ばすため、やや外側へ反っている。
くり抜いたエリンギといえば形状的には近いだろうか。よじ登れないようにネズミ返し状になっているのだ。
銃眼からは殺傷力のある銃器が覗く。
そのうちの一基が、こちらを向いた。
スケルトンの装甲でも、あんな物騒な固定銃座を浴びればたちまちスクラップである。
「星環教の巡礼が、わざわざ護衛を付ける理由がわかる」
ウィルはトライクの速度を落とし、「岸」にアプローチする。
岸は、防壁の外に築かれた長方形の建物である。来客の接待、星環教巡礼者の応対や、飛脚の投函口も兼ねている。
「撃ってくれるなよ」
ウィルはため息を付きつつ、トンツー信号を送る。
トライクに取り付けられているライトが、
岸の「桟橋」が伸びてくる。重々しい音とともにゲートが開き、鉄製の「桟橋」がぐいと伸びてきた。
それは岸と呼ばれる建物へ乗り込むための通路である。
通る際にはモニター越しに「安全確認」がなさるのだ。
「やれやれ」
他者とのつながりを欲するわりに、随分とクローズドだ。
――どいつもこいつも。
ウィルはその理由を知っているし、ゆえに閉鎖的になるのも否定できない。
皆怖いのだ。
明確な、「否定された過去」からやってくる「残響」と接するのが。
しかし。
はたしてそれだけが、閉鎖的な思想の理由だろうか?
ウィルはトライクから降りた。
背負っていたボックスを、スケルトンのハンガーから外す。
「あんたたちの欲しがっていた薬品だ。抗生物質とモルヒネ、解熱剤のたぐいだろう」
施設内、どこかにあるカメラに向かって背負っているボックスを、親指で示した。
「それから、植物種子を保存してある。育てりゃ芋やなんかが取れる。さっさと受け取ってくれ。物騒な所に長居はしたくない」
自分がまだ厭世的なのは否定しない。ウィル自身、ローカルなつながりで満足している。
自分は半年前まで、自堕落的な暮らしをし、人とのつながりを持とうとしていなかった。
「飛脚、あんた、シールドランズから来たんだって?」
ノイズ混じりの声がスピーカーからした。やや焦り気味だった。
「ああ。信号は間違っちゃいなかっただろ」
「助けてくれ。医者がいる。薬も、もちろんだが……医者がいるんだ。助けてくれ」
「どういうことだ。落ち着け、なにがあった?」
ウィルはただごとではないと思った。
ボックスを投函口へ入れて、聞く。
「話してくれ」
「子供が――。産婦人科医が必要なんだ。回診に来てくれた医者が言うには難産になるみたいで、母子ともに危ういって。頼む、助けてくれ」
「子供……わかった、わかったよ。いいか、落ち着け。船に医者がいる。産婦人科医ではないが、腕のいい軍医だ。そいつをすぐに連れてくる。聞こえたな」
スピーカーの向こうで、すすり泣くような声とともに「ああ、ああ。急いでくれ。助けてくれ」と聞こえた。
「いいか、大丈夫だ。助かる。うちの船がここへ来ても攻撃しないでくれ。青い船だ。いいな」
「わかった。頼む」
ウィルは急いでトライクに跨る。
それから、彼自身は単方向かつ少文量でしか送れない、
『ムラ ナンザンアリ ボシアヤウイ グンイモトム』
すぐに双方向テレパスが可能なジーナが応対を開始。ウィルとリンクする。
「わかったウィル、すぐに船を動かす」
「頼む。俺が通ったルートは追跡済みだろう。そこなら安全だ」ウィルはトライクを加速。
ショートカットするため高台からジャンプ、裂け目を飛び越える。
着地し、更に走る。
トライクが加速、遠く、船が見える。
しかし。
ウィルは嫌な予感を抱く。
――死臭。
――腐った、血の。柘榴と彼岸花のような。
周囲が僅かに暗く……いや、色を失ったように、彩度と明度を失い始める。
一瞬、黒いノイズが視界に走った。
(なんだ。いや、なんだじゃない)
思わずトライクを滑り気味に横に倒し、急停止。
「どうしたのウィル? なぜ止まって……」
「船を止めろ、止めるんだいいな」
「なんなの、どうしたの?」
ウィルは言った。「霧が出た」
それから、「面倒なのに絡まれた」と舌打ち。
黒い霧が生じ始め、あたりを飲み込む。
――
その霧の中から、なお黒いノイズが走って形を成し始める。
それはさながら、あの世が強引にこちらに接することで生じるバグのように、空間をねじり、現れた。
深淵、というあの世からやってくる、死という確定的否定性の残響。
ジーナの震える声。
「エコー体の反応! まずい、ウィル、その付近にいる!」
「目の前にいるよ」
赤黒く淀んだ、――確定された死の因果を突きつける存在。
お前はもう死んでいる、という――実現性を失い、可能性の海に沈んだ「複数ある過去のうち、死が確定している因果」からやってくる残響体。
「ウィル逃げて! エコーは倒せない!」
ジーナが言った。
「いいや撃退はできる」
「馬鹿言わないで、ブランクが何年あると⁉︎ 食われたらおしまいよ!」
「食われたらおしまいなのはエコーに限った話じゃない。ネズミ相手にだって食われたらおしまいだ。どっちにしろもう気づかれてる」
ウィルは、拳銃を抜いた。安全装置を解除、スライドを引いた。
「こんなものは、嫌いだ。くそ、また握る羽目になった」
本当に撃つのか。
自分はまた、――たとえ過去に死んだ可能性であろうとも、何者かを撃つのか。
逃げ出したい。酒をかっくらって、安易な日々を……。
――ウィル、諦めないで。
最愛の女性の声が、今も、背中を押してくれるのかと。
ウィルは、毅然とトリガーガードから、引き金へ指を添えた。
「ああ――もう逃げない」
ウィルは発砲。火薬が炸裂する。特殊な圧縮ジェル弾が飛翔。
それが人型のようでありながら、いびつで不揃いな長さの手足をしたエコーに激突。
衝撃でジェル弾が反応を起こして、催涙ガスが破裂する――。
「お前たちだってガワは生き物だ。過去からやってきて、そして、可能性を求めて多くの血肉をツギハギしているんだろ」
「オォオオオオ――……」
エコーが――怯んだ。
ここまではいい。エコーのガワが生体組織であることと、それゆえに、特殊なガスを嫌うことは知られている。
故に、エコーの撃退は、理屈の上であれば比較的容易である。
それが、人間に可能かどうかは別として。
「ジーナ、こいつは俺に任せろ、車を出して村へ!」
「わかった、無茶だけはしないで!」
空薬莢が舞い、硝煙が上がり、鼻を突き刺す火薬と死の臭いが入り混じる。
エコーは怯み、下がり、呻く。
スライドストップが上がった。
「オォ――!」
勝機を得たと言わんばかりに、エコーがこちらへ歩き出した。
やつはウィルがさっき飛び越えた裂け目の手前で、「お前を奈落へ落としてやるぞ」と言わんばかりに、真っ赤な口を、割ったアケビのように吊り上げた。
「弾切れか。……いいか、これは映画じゃない」ウィルは言った。「準備を万全にするのが、飛脚の常識だ」
予備マガジンを叩き込んで、再び発砲。
過剰なくらいに催涙弾を叩き込む。そして十五発撃つと数秒でリロードを済ませて、また、ぶち込む。
「俺が諦めることを、諦めろ」
まだ、撃つ。撃って撃って、撃ちまくる。
エコーがのけぞり、下がり、怒号のような悲鳴を喉から迸らせる。
――新たな生命の、その自由な未来を否定させてたまるか。
がち、と弾切れ。予備弾倉を探る指が空をひっかく。
「くそ」
銃を戻すと――今度は、スタンロッドを構えた。
「お前たちは死なないんだってな。自分の死も否定しているのか」
ばちばちっ、と帯電するロッド。
ウィルは飛びかかり、それで、相手を撃った。
人間なら一撃で麻痺し、無力化できる威力。しかしエコーは一瞬怯むが、すぐに反撃してくる。
ウィルの顔面を、エコーの裏拳が鞭のごとく打った。
「お粗末な殴り方だ」
何度も何度も打擲。
ロッドのバッテリーが尽きて、だがそれでもウィルは諦めない。
エコーが繰り出した、のっそりとした反撃の腕。空気を叩く薙ぎ払いを屈んで、二撃目、エコーの右腕がウィルの頬桁を殴りつけた。
「殴り方がなってねえんだ、てめえは」
ウィルは拳を固く握る。親指で指を留めるように固定、拳骨部分で確実に相手を打つ。
頑丈な作業手袋に包まれた右拳がエコーの顎をぶち抜いた。
赤黒い血肉が弾ける。
ウィルはすぐに腕を引き戻すと、左でレバーを打ち、右のアッパーカットをみぞおちにねじり込む。
エコーがたまらず下がった。
そこへウィルは、肩から突進。
相手の死臭がする腹を抱え込んで、そして、
「うらぁ!」
ウィルは、高台から裂け目へと、エコーを突き落とした。
亡者の雄叫びのような声が反響して、下の方から、それはずっと続く。
「よし……ジーナ、安全確保」
「まさか……相変わらずねあなた。エコーを殴るなんて……怖くないの?」
「怖いさ。諦めて逃げるほうがもっと怖いってだけだ」
エコーは決して倒せないが、撃退はできる。けれど、それを「殴りまくってタックルで落とす」ことで果たす人間は、まずいないだろう。
ウィルは手足に引っ付いた、粘っこい腐った血を、体を揺すって落とす。
エコーの血は、ネクロスブラッドとも呼ばれ、それは深刻な精神的な汚染を引き起こす。
意識障害、精神失調、さらには激しい自殺願望・自殺企図。最悪、殺人衝動を招く。
しかし、生きる意志がそれに打ち克てば、汚染を克服できる。
ウィルのポーターズ・スケルトンにへばりついたネクロスブラッドがパリパリに乾き、剥がれ、蒸発していった。
「ふん……」
彼の生きる意志は、まさしく死を跳ね除けた。
「……ジーナ、あとで君を交えてギークマンと話したい」
「急ぎ?」
「ああ。俺の考えが正しければ、ひょっとしたら、俺達人類はエコーを倒せるかもしれない」
「ここにいたのかい」
ギークマンが、病院の外にある公園の喫煙所に入ってきた。
「院内禁煙だからな」
「そっか。僕も一服」
白衣に、バンダナ、丸い瓶底メガネ。この男はあくまで科学者であり技術屋だ。軍医は別の人間である。
が、医療にも明るいこの男が助手として出産に立ち会ったのは言うまでもない。
昼過ぎ、午後三時。
喫煙所の外からはアブラゼミの声がしている。
「どうだった」
ギークマンは
「母子ともに健康だ。ウィル、君が早々にエコーを倒してくれたおかげだ。あと数分――いや、十秒遅かったら、まずかった」
ウィルもいいねで応えた。
「倒してはいない。落としただけだ。親子が無事で何よりだ」
「ぜひ君に、抱っこしてほしいと」
「……ああ」ウィルは、紙箱から出しかけた煙草を戻した。「わかった」
「ウィル、君の、遺伝的な……その」
「いやわかっている。俺の不妊症は治せないんだろう」
「諦めない、僕は。君を治してみせる。ワトソンもそう言ってる」
ウェスリー・ワトソン。シールドランズ専属軍医だ。
「ありがとう」
ウィルはそう言って、喫煙所を出た。
公園にはリハビリ中の患者や、老人がいる。それから運動場では若い子供がバスケットボールに興じていた。
ウィルは子の可能性を持ち合わせていない。
それは遺伝的な欠陥である。生まれつきの病であり、治すすべは存在しない。
だが。
――各地を旅していけば、医療技術を開示してもらって、不妊治療に繋がる技術を得られるかもしれない。
ジーナはそう言った。
そして……自分は、畢竟馬鹿なのだろう。諦めきれなかった。
「おじさん、バスケ一緒にする?」
十二歳くらいの少年が声をかけてきてくれた。
「ああ。少し混ぜてくれるか」
ウィルは子どもたちに混ざり、ワンゲームほどバスケに興じた。
それからウィルは院内へ戻った。
親子の病室には、なんの奇遇か、「ウィリアムズ」という苗字がかけられている。
「…………」
入っていいのだろうか。
「あの、お見舞いですか?」
看護師の女性が声をかけてきた。
「ああ……」
「あなた、ストランドさん?」
「そうだ。汚染除去は済ませている。ひょっとして汗臭いかな、はは……」
「いえいえ。是非お会いになられてください。お礼をしたいと、ずっと」
ウィルは意を決し、病室のドアをノック。
「入ってもいいかな。俺は、」迷ったが、素直に名乗った。「飛脚のストランドだ」
中から「どうぞ、ストランドさん」と声がした。
ウィルは中に入る。
母親に抱きしめられる赤ん坊。それを見守る父親。
立ち会った女軍医、ウェスリーと、それからジーナもいる。
「無事で何よりです、ウィリアムズさん」
「そんな、全部あなたのおかげです!」旦那のほうが、そう言ってウィルの手を両手で握った。そして、涙を流して何度も「ありがとう」と繰り返した。
「子供を、守ってあげてください。そのために必要な物資があれば、俺達が運びます」
ウィルはそういった。
それから赤ん坊を見る。
「君の、名前は?」ウィルは優しく聞いた。
婦人は、「ウィルヘルミナ」と答えた。「この子は、ウィルヘルミナというの」
「いい名前です」
――なぜ自分はまたこの仕事をやっているのだろう。
今はっきりとした。
――生きる意志を繋ぎ、次への可能性を守るためだ。
ウィルはそう自覚し、そして、窓の外を見た。
「…………」
そのためにも、エコーを倒せるかもしれないという己の仮説を証明せねばならない。
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エコー・ザ・ランズ 星咲好一 @HoshizakiKo-1
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