少し普通のクリスマス〜妹と研究所はご立腹のようです〜

渡貫 真琴

少し普通のクリスマス〜妹と研究所はご立腹のようです〜

 余計なことを言ってくれたものだ。

 牧野陽斗は内心でそう毒づきながらSIG P365を抜くと9mm弾を躊躇なく発砲する。

 彼をライフルで狙っていた敵の頭が破裂するのを見るや疾走し、判断が僅かに遅れた後続の敵に飛び掛かる。慣性のまま膝蹴りで顎を砕くと、その相手の体を盾にマガジンが空になるまで撃ち尽くす。

 スライドがホールドオープンすると同時に、最後の敵がもんどりうって倒れた。

 間に合った!

 陽斗がガッツポーズしてスマホを取り出すのと、新手の敵が現れるのはほぼ同時。

「クソったれ!お前ら妹がどれだけ気難しいのか知らんのか!」

 死体からライフルをひったくり、スマホを肩と耳に挟み込む。

 陽斗の妹、牧野陽子の声がスマホから漏れ出した。

『遅い!』

 ぶっきらぼうな声色、機嫌はイエローゾーンといったところか。

「ケンクッキー結構並んでるわ。しばらく掛かりそう」

『……何か五月蝿くない?』

 敵の射撃が陽斗の潜む壁の角を削り取る。

 陽斗は牽制射撃を返しながら能天気な口調を装う。

「近くで工事やってるっぽいな」

 身を乗り出してきた敵の胴体を撃ち抜いて吹き飛ばすと、敵の一人が叫んだ。

「貴様!なぜ人類の敵に味方する!?」

 このままではバレる、そう判断してスマホを地面に落とした陽斗はライフルのセレクターをフルオートに切り替えて壁から飛び出す。

「俺がアイツの兄貴だからに決まってんだろ!」

 弾丸をバラ撒きながら距離を詰め、壁に身を隠した敵の懐に飛び込む。

 潜んでいた敵は三人。先頭の敵に頭突きをくらわせ、その隙にP365をマガジンチェンジ。

 銃口を向けてきた先頭の男の顎をP365で吹き飛ばし、体を蹴り飛ばして後続の敵に押し付ける。後続の頭を弾丸で吹き飛ばすと、最後の敵が彼らの体を飛び越えるようにして跳躍してきた。

 飛び蹴りが陽斗のP365を叩き落とす。

 不意を突かれた様に見えた陽斗は焦りの表情を浮かべる。

 もっとも、彼の焦りは後方から聞こえる妹の怒鳴り声によるものであった。

『ちょっと!何も聞こえないんだけど!』

 蹴りから派生した敵のコンビネーションをヘッドムーヴですり抜けた陽斗のカウンターが敵を撃ち抜く。動きを止めた敵に、陽斗の容赦ない回し蹴りがめり込んだ。

 吹き飛ぶ敵、転がりながらスマホを拾い耳に当てる陽斗。

「良かった!聞こえた!電波悪くってさぁ!」

『……銃声っぽいの聞こえてたけど』

「近くで花火大会やってるのかもな」

『クリスマスなんですけど』

「カップルは光るものなら何でも好きだからね」

『蛾か何かだと思ってる?』

 冷たい声の中に、隠しきれない心配の色を感じて陽斗は思わず微笑む。

「カップルなんて嫌いだ。

 一緒にクリスマスをやってくれる妹がいなけりゃ爆破予告をデートスポットに送りつけてるところだよ」

『なにそれ。

 お兄ちゃんも早く彼女作りなって』

「作ろうとして作れるもんじゃないの」

『作ろうとしてないくせに』

 作るはずがない。

 陽斗の優先順位に妹以上のモノがあってはならないのだ。

「機嫌直った?」

『別に、元から怒ってないし』

 陽子の怒りの発端は些細なことだった。

 毎年恒例のクリスマスパーティの買い出しに来ていた二人を目撃した陽子の同級生に、陽子が弄りを受けたのである。

 にやにやと「兄貴とラブラブじゃん」としつこく言い募る同級生に、はじめは無難に対応していた陽子もついにはへそを曲げてしまった。

「別に!仲良くないし!」と叫んでどこかへ歩いていく陽子を、同級生と陽斗は見送るしかなかったのであった。

『研究所のやつらに見つかってないよね?』

「心配してくれるのか?」

『うっさい、大丈夫そうだから切るよ』

 切断されてしまった通話画面を陽斗はどういうわけか嬉しそうに見つめる。

 スライドをわずかにずらして薬室の弾丸を確認すると、P365をコートの下に隠して、陽斗はケンクッキーへと向かった。


 クリスマスと言えばケンクッキーのチキンだという雰囲気が形成されたのは一体いつからなのだろうか。米国では貧しい人々の食べ物として認識されているらしいし、ケンクッキーの広告戦略の巧みさは目を見張るものがある。

 などと、とりとめのないことを陽斗が考えている内に、ようやく行列が進んだ。

 陽斗はスマホに目を落とすと、先程から遠隔操作していたドローンより送られている映像をチェックする。

 目を皿にして周囲を警戒している内に、陽斗のドローンは古びたアパートの一室に目を向けた。

 映像を何度か拡大すると、ケンクッキーの方角にライフルを構えた男が映る。

 ドローンが目撃されないように建物の裏に移動させた陽斗は、ドローンの下部に搭載されていた小型の四足歩行ロボットを切り離して狙撃ポイントまで操作する。

 機体下部の吸引機を利用して階段の踊り場の壁をよじ登り、敵の頭に照準をあわせたところでスマホの画面に通話の通知が現れた。

 相手はもちろん妹である。陽斗は間髪入れず通話を取る。

『まだかかりそう?』

「そうだね。

 受けるだけだから、列が終わったらすぐだと思うけど。

 どうかした?」

『雪、降り出したから。

 そっちはどうかなって』

 空を見上げると、紙吹雪のように大きくて白い雪が鼻先に落ちてきた。

 それは次第に数を増して、周囲に粉化粧を施し始める。

 これでは狙撃に影響が出てしまう。陽斗は気温と雪の影響を計算して照準を微調整し始めた。

「こっちも今振り始めた。

 ホワイトクリスマスだな」

『研究所から逃げた日も、雪だったよね』

「……そんなのは忘れちゃおうぜ。

 俺だって、あの頃とは違うんだし」

 言葉を現実にするかのように、陽斗はロボットの担いだライフルの引き金をスマホを介して引いた。

 舞い散る雪をかき分けて銃弾が敵を砕く。

「世界を滅ぼせるような超能力があったって、陽子は俺の妹だよ。

 ちょっと反抗期が抜けきってない、可愛い妹さ」

『……お兄ちゃんのくせにカッコつけないでよ』

 僅かな間があって、陽子の理不尽な悪態とともに電話は切れた。

 陽斗は、やはり嬉しそうに笑みをこぼした。


 ケンクッキーのクリスマスセットを両手に抱えて、陽斗は家に向かっていた。

 陽子が好む骨無しタイプのチキンも忘れずに購入し、意気揚々と帰路を進む陽斗が歩幅を緩める。

 一つ深呼吸をして、周囲を注意深く見渡す。

 雪の降り積もる音すら聞こえてしまいそうな静寂。

 すべてが死に絶えてしまったかのような静けさは、クリスマスにあまりにも不釣合いだった。

 空気が歪むような音を聞いた瞬間、陽斗はバク宙を三度繰り返した後、ケンクッキーの箱を抱えるようにして着地した。

 先程まで彼が立っていた地面は、何かが炸裂したように地面の雪が履けている。

「兄の方は未覚醒だと聞いていたんですがね。

 能力の発動が分かりますか」

 空中から一人の男が現れた。

 メガネを掛けた神経質そうな男は、陽子を生み出した研究所の出身者だった。

 陽斗も研究所にいた頃何度か見たことがある。毎日の様に起こる脱出騒ぎの中でも深刻な事態の場合、必ずこの眼鏡の男が姿を見せるのだ。

「妹と暮らしてるうちに、なんとなくな」

「あなたがここまで暴れなければ見逃しても良かったんですけどね。

 研究所はあなたを優先排除対象に指定しました。

 やりすぎましたよ、あなた」

「これからクリスマスパーティなんだよ、邪魔しないでくれ」

「気に食わないですね、その態度は。

 あなたに普通のクリスマスを過ごす権利があるとお思いで?」

「俺にはないかもな。今日だって血塗れだ」

 だけど、と陽斗は呟く。

「俺の妹にはあるよ。

 いくら殺しても守って見せる」

「彼女は世界を滅ぼす存在です。

 組織の出血も馬鹿にならない、ここで果ててもらいましょう」

 二人の殺気が膨張する。

 即座にP365を抜き放ち、陽斗はありったけの弾丸を眼鏡の男に叩き込んだ。

「そんな豆鉄砲で私を仕留めるおつもりですか!」

 眼鏡の男が力場を周囲に展開すると、放った弾丸が力場に衝突し、砕ける。

「そんなら、これでも喰らえ!」

 陽斗はP365から手を離すと何かを投げつけた。

 力場の強度を増してメガネの男は迎え撃つ。しかし、陽斗が投擲したものを受け止めた眼鏡の男は顔を顰める。

「これは……?」

 眼鏡の男が受け止めたものは、ケンクッキーの骨付きチキンだった。

 力場に食い込んだチキンは衣、油、肉、骨に分解され、力場をすり抜けそうになる。

 力場操作の能力は対象への認識が正確になるほど強力に作用する。チキンは力場の中でバラバラになり、眼鏡の男の力場操作に大きな負担をかけた。

「小癪な真似を……!」

 チキンを力場で防いだ違和感と、陽斗が能力者の性質を正確に把握しているという

事実に眼鏡の男は表情を歪める。

 間髪を入れずに陽斗は第二のチキンを投擲し、走り出す。

 眼鏡の男は力場を放出し、チキンを吹き飛ばした。

 しかし、投げつけられたチキンにわずかに遅れて飛翔したナイフがメガネの男に迫る。

 砕けたチキンの破片を巻き込んで、油に塗れたナイフを眼鏡の男はとっさに展開した力場で防ぐ。しかし、ナイフの半分は力場をすり抜け、男の眼鏡にわずかに食い込んだ。

 眼鏡の男が息を飲む。

 追撃を恐れ、陽斗の姿を探した眼鏡の男は小さな悲鳴を上げる。

 陽斗は既に肉薄していた。

 眼鏡の男は放射状に力場を放つ。回避不可能と判断した陽斗はバク転を合わせ、衝撃をいなしながら前方へと錐揉み回転で進む。

「うぉおおおおおお!陽子ぉおおおおおおお!」

 力場を喰らった陽斗もノーダメージではない。口から血を吐く。それでも前を向く。

 そしてなぜか妹の名前を叫ぶ。

 回転をそのままに、陽斗は力場に刺さったナイフを蹴り飛ばした。

 力場をナイフがすり抜け、眼鏡の男の眼球に突き刺さる。

 体一瞬震わせて、眼鏡の男は息絶えた。


 陽斗は外れた方を自分で治した後、横たわる眼鏡の男にマガジン内の全弾を叩き込む。

 足で死体を蹴り、眼鏡の男の死を確認してから銃を仕舞う。

 陽斗は数歩進んで膝に手をつき、血液混じりの咳を繰り替えした。

 クリスマスセットを拾い上げて数歩進むも、すぐにバランスを崩して倒れ込んでしまう。

 ダメージは深刻だった。

 さらに、追い打ちのようにスマホから警告音が鳴る。

 倒れたままスマホを取り出すと、周囲を見下ろすドローンから陽斗を包囲しつつある特殊部隊の映像が映し出されていた。

「駄目、か」

 咳き込んで、陽斗は大地に身を投げ出す。

 大地を覆う雪が、陽斗をも飲み込もうと降りしきる。

「ごめんな、兄ちゃん頑張ったんだけど。

 駄目だった……」

 研究所の特殊部隊は、既に目視できる距離まで接近している。

 陽斗の宛先のないはずの謝罪に、一つの声が応える。

「お兄ちゃんのくせに生意気」

 雪と共に、一人の少女が舞い降りた。

 人類進化研究所の最高傑作。感情の高揚によっては地球の自転すら操作可能な最強の力場操作能力者。そして、陽斗に対して最近反抗期気味の妹は、周囲の特殊部隊を一瞥する。


「邪魔なんだけど」


 その一言だけで、二人を包囲していた特殊部隊の肉体が水風船のように破裂した。


 まどろみから目を覚ました陽斗の眼の前に、陽子の穏やかな笑顔が覗き込む。

「クリスマス、終わっちゃうんじゃないかと思った」

「悪い、最後っ屁食らっちまった。

 チキンも冷めちゃったな……」

「そんなの、何度でも温め直せばいいじゃない」

 陽子が力場を展開しているおかげで周囲は暖かく、雪は二人を避けるように舞い落ちる。

 陽子は陽斗に膝枕をしたまま、力場のドームの中から雪景色を見つめている。

「どうして助けを呼ばなかったわけ?」

「陽子には普通の人生を送ってほしいから。

 それに――」

「それに?」

「普通の女の子みたいに、理由もなく反発してくれたのが嬉しかったから」

 それ以上陽斗は説明しなかった。

 普通の少女のように、理不尽に、非論理的に反発してくれることが、そんなふうに自分を信頼して甘えてくれる事が嬉しいだなんて陽斗自身も口にしたくない。

 この時間をプレゼントすることがどれだけ大変だったかなんて、わざわざ説明もしない。

 兄妹の愛情は複雑なのだ。

「嬉しいけど、もうしないで」

「できるだけそうする」

 少し普通じゃない兄妹の、いつもより普通のクリスマス。

 素直に素直じゃないができる時間を、二人は無言で楽しんだのであった。

 

 

 

 

 

 


 


 



 

 

 

 

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