第3話 ギラギラでファビュラスな城

 桶狭間の勝利から数年。

 織田信長の名は、東海地方に轟き渡っていた。


 次なる標的は、美濃(みの)。斎藤龍興が守る難攻不落の要塞、稲葉山城である。

 標高三百メートルを超える山頂にそびえるその城を、信長は麓から食い入るように見上げていた。


「……素晴らしい」

 信長がうっとりとした声で呟く。

「見ろ、オレ(影)よ。あの圧倒的な標高。遮るもののない天空。あそこならば、日の出から日没まで、余すことなく太陽光(ソーラーパワー)を浴びることができるぞ」


『……まぁ、日当たりは良さそうだけどさ』

 足元の影が、気だるげに応じる。

『山城は不便だぞ。コンビニないし、Uberも来ないし。水汲むだけで一苦労だ』


「黙れ。平地では建物の陰に入るとお前が見えなくなるのだ。だが、あの山頂の天守閣ならば……月光すらも独り占めできる。まさに天空のスタジオだ」

 信長の瞳には、天下統一の野望ではなく、理想の照明環境しか映っていなかった。


「猿! 猿はおらぬか!」

「ははァッ! ここにおりまする!」


 信長の呼びかけに、小柄な男が泥だらけになって飛び出してきた。木下藤吉郎、後の豊臣秀吉である。

 彼は信長の「草履取り」から出世した男だが、主君の異常な「光への執着」を、「凡人には理解できぬ神の感性」と崇拝している狂信者でもあった。


「殿! この藤吉郎、ついに城への裏道を発見いたしました! あそこを通れば、敵に気づかれずに本丸へ火を放てまする!」

「火だと? 馬鹿者!」

 信長が藤吉郎を蹴り飛ばす。

「城を燃やしてどうする! 煤(すす)で壁が黒くなったら、光の反射率が下がるではないか!」

「も、申し訳ございませぬゥ!」

「火は放つな。代わりに鏡を持て。敵の目をくらませ、その隙に制圧するのだ。傷一つつけずにあの『天空のスタジオ』を手に入れるぞ!」


 こうして、世に言う「稲葉山城の戦い」は始まった。

 史実では激戦とされるが、信長視点では「新居の内覧会」のような勢いであった。織田軍は怒涛の勢いで攻め上がり、ついに斎藤家を追い落としたのである。


          *


 攻略から数日後。

 山頂の城、広間にて。


 信長は上機嫌だった。

 障子を全て取り払わせ、磨き上げた床に座る彼の周りには、金屏風が乱立している。計算し尽くされた光の反射によって、信長の足元の影は、かつてないほど濃く、鋭利な輪郭を描いていた。


「どうだオレよ。この解像度は。4K画質にも劣らぬだろう」

『……まぁ、悪くないな。声もクリアに聞こえる』

 影も満更ではなさそうだ。


 そこへ、重臣たちが集まった。柴田勝家、丹羽長秀、そして木下藤吉郎らが平伏する。

「殿。この城、および井ノ口の町の名を改めたいとの仰せですが」

「うむ」

 信長は扇子を広げ、厳かに宣言した。


「今日より、この地を『岐阜(ぎふ)』と改める」


 家臣たちがざわめく。

 博識な丹羽長秀が、感嘆の声を上げた。

「おお……! 古代中国、周の文王が岐山(きざん)より起こり、天下を定めたという故事にちなんでおられますな! なんと高尚な!」

「さすが殿! 王者の風格!」

 家臣たちは涙を流してひれ伏した。


 だが、信長の脳内では、全く別の会話が繰り広げられていた。


『おい信長。今の説明、絶対後付けだろ』

(ふん。当たり前だ)

 信長は心の中で影に答える。

(いいかオレよ。岐阜とはな……『ギラギラしてファビュラス(Fabulous)』な城、の略だ)


『……は?』

 影が絶句した。

(南蛮の言葉で、ファビュラスは「信じられないほど素晴らしい」という意味らしい。この溢れる光、まさにギラギラでファビュラスではないか)

『お前……そのうち家臣に刺されるぞ。あと語彙がルー大柴みたいになってんぞ』


 信長は影のツッコミを無視し、さらに新しい印判(ハンコ)を家臣たちに見せつけた。


「さらに、余はこれより新たなスローガンを掲げる。見よ!」


 そこに刻まれていた文字は――『天下布武』。


 再び家臣たちがどよめく。

「天下に武を布(し)く……! 武力を持って天下を平らげるというご決意ですな!」

「我ら一同、どこまでもついて行きまする!」


 熱狂する家臣たちを見下ろしながら、信長はニヤリと笑い、足元の影に囁いた。


(……と、思うておるようだが、違うぞオレよ)

『今度はなんだよ。嫌な予感しかしないけど』

(布武とは、『天下に布(ぬの)を敷く』という意味だ)


『布?』

(そうだ。戦場において、地面が土や草では光を吸収してしまう。そこでだ。天下全土の地面に白い布を敷き詰めれば、どうなる?)

『……巨大なレフ板効果で、どこにいても俺(影)がクッキリ映る』

(正解だ!)


 信長は狂気じみた瞳で、印判を握りしめた。

(ワレは本気だ。京へ上り、将軍を擁立し、日本の地面という地面を白い布で覆い尽くしてやる。そうすれば、夜でも月明かりだけでお前と語り合える素晴らしい世界が来る!)


『……エコじゃないなぁ』

 影は呆れつつも、主人の壮大すぎる(そして方向性の間違った)野望に、微かな笑みを浮かべたようだった。

『ま、退屈はしなさそうだな。付き合ってやるよ、そのファビュラスな天下統一に』


「うむ! 行くぞ家臣ども! 次は京だ! 京の都を、日本で一番明るい街にするぞ!」


「「「オオオオオ!!!」」」


 主君の真意など露知らず、織田軍団は熱狂の渦に包まれた。

 魔王・織田信長。

 その「天下布武」の正体が、「全国レフ板化計画」であることは、歴史の闇(あるいは光)に葬られたままである。

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