第8話 失った左腕


 ふと洋三郎ようざぶろうさんは区切りを付けるように一旦声をめ、こちらの顔を改めて見ると、その上でまたお話に戻りました。語っている事が伝わっているか、そしてここから少し話が変化してしまうかもしれないが上手く説明できるだろうか、との思いだったのかと思います。

 私としては百面相、と言って見せた時の驚きから大変な経験をされた若い頃の思い出話へと移ったことで、只々お話しを聞いて頭の中でなんとかそれについて行くだけ、というさまであったのですが。

「それからですね、また少し話が、時間が飛んでしまうようになりますので混乱させてしまったら申し訳ないのですが、今は聞きたがって居られた一つ目の事柄、私が吸血鬼であると呼ばれる所の真偽とそれに関しての事情、をお話している途中にありながら、二つ目の事柄、左腕を失った理由やその周りの事、をお話しさせて頂きます。いえ、聞いて頂いた上でご理解頂けたらこれさいわいの限りでありますが、これらは私の中では繋がったお話なので、このような説明の仕方になってしまうのです。先に分かりにくくなるであろう事を承知でしか話せない不明と無礼をお詫びさせて下さいね」

 そう言ってまた少し間を置きました。

「失った左腕、の話です。お目汚めよごしとなるやも知れませんのでこの服の上からで、ほら、御覧下さい、シャツの上からでもお分かりになると思いますが、肩より少しだけ先で、綺麗に斬り落とされたもので御座います。本当に、今思い出しても見事な手際てぎわで」

 椅子に座ったままの状態で左側の肩の辺りをこちらへ向けて、また戻し、お話が続きます。

「何度かの手術で残った骨を落とすように詰め、塞いで縫った皮膚と肉が骨のあった辺りも覆って今では傷跡も殆ど見えないものですが、やはり目立ってしまいますよね、隻腕せきわんというものは。暮らしの上での不便はもう慣れてしまいましたが、人前に出ると気になってしまう事は今も御座います。この傷、というか左腕の喪失は、突然に斬り落とされてしまったものにるものです。そう言われても意味が分からないかと思いますけれど、その時は私自身も何が何だか分かりませんでした。その頃の私は、長くなったわずらいいの後遺症を抱えて療養する所を移り、お医者さんと看護の方々かたがたに診て貰いながら暮らしていたのですけれど、これもまた後から知った事、気付いた事になりますが、最初の頃に居た町の病院からひなびた地方の療養所へ移ると伝えられたのをそのままに信じていた私が移った場所、そのじつは療養ではなく隔離と研究を兼ねた施設の中であって、色々と調べられていたようなのです。病を負って後の体質と精神の変化、特に研ぎ澄まされた感覚や自分でも分からないような肉体の質的しつてきな変形とやらが主な研究対象としての注目点であったらしいのですが、これも私自身にはどこがどう普通と異なってしまっているのかよく分からないので、上手く説明出来なくて申し訳無いのですが、とにかくじつの所でそういった事が有り、私は実質じっしつ研究者から見ての研究対象となって居たようなのです。その時はそういった実状には気付かずに出された食事にお薬を飲み、日々問診と検査を受けて療養を続けていた、というのが主観としての思い出なのですが、そんな暮らしをする中で、ある晩、突如何者かが闖入ちんにゅうして現れたのです。こう言われても意味が分かりませんよね。私にも分かりませんでした。普段通り、いつもの病室で陽も落ちて暗くなってきたから寝ようかとベッドで布団をかぶっていた所に、声の掛かりも無く突然に部屋の扉が開いて、幾人いくにんかの人影が入り込んできたのが見えました。勿論もちろん、暗い中ですから何者なのかも見えません。けれども私は先に申しました後遺症の一つと言いますか、心身に生じた変化によって幾らかですがある種の鳥や獣などに似るように夜目よめくようになっておりましたので、少なくとも一つではない人影から瞬時に見ての印象としてはお巡りさんか軍人さんが数人なだれ込んできたかと感じ取ったのを覚えています。何故そのように感じたのかと申しますと、夜目よめくとはいえど、突然の事でもありましたから、その時朧気おぼろげにも見えたのは輪郭くらいで、その輪郭に佩刀はいとうしている刀の鞘が見えたからです。当時はお巡りさんや軍人さんなどの職にある方は、刀を帯びて居られましたから。あとは消防士さんか何かもそうであったかと思います。地方によって若干の違いはあるかもしれませんけれど。それでその鞘らしきもの、警察官か軍人さんがよく被るような帽子の輪郭も見えたように感じられましたが、先頭に立って入り込んできた人物は、私に向かって早足はやあしに歩み寄りながら腰の刀を抜き放ち、ああ、軍人さんかな、軍刀か、サーベルでは無くて古風な日本刀のようだな、などと刹那せつなに感じ取る私に対して振り上げ、斬り付けてきたのです。全てが突然でした。ですが、怖いというよりも驚きと混乱がこうじて、むしろ醒めたような心地ここちであったかと思います。その時の私は」

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吸血鬼の朝は早い きのはん @kinohan

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